その声はラジオのアナウンスよりも数倍無表情で、いつもよりもずっと、

とらえ所の無い風であった。

「俺、マーマと寝たことがある。もちろん眠る方じゃなくて、寝た方だ』

『そおなんだ』なんて答えていいのか判らず、紫龍は相づちだけを打つ。

『うん』と、これ又、氷河は素直に頷く。

そこだけ切り取ったら、まるで三才の何も知らない無邪気な子供だ。

『それも幼児虐待というより、俺もマーマのことを愛していたんだと思う、だ

から、抱き締めて、キスをした』



「―――って、何を見ているんだ?」

「わっ」耳元に吹き掛けられた息に、落ちそうになったリモコンを慌てて拾

いながら、紫龍はにべもなく言い放った。

「驚かすなよ、氷河」

「それはこっちの台詞だっつーの」

 ばちっと電気を付けながら、氷河はやれやれと息を吐く。

「二週間ぷりに家に帰ったら、真っ暗のなか、青白い光だけ見えて、ぼそ

ぼそ変な声がするんだもんな」

「変な声ってお前の声だろうが」

 それを云われるとかなり辛いものがある。この『世界が終わろうとしてい

る』は近親相姦で母親と出来ていた子供が、新しい恋人を見付けるまで

の話で、SMまがい在り、もーほー有り、強姦あり、幼児虐待場面有りと、

際どいことは全てし尽くしたはずなのに、全体に流れる詩的シーンとでも

いうのだろうか、夕日の光彩、葉ずれの幅きから、箸の上げ下げ、

流れる髪、一筋まで級密に計算され撮られたフィルムは、

情緒的雰囲気がその手の行為を美しく、時には便しく描き出し、

その手のお姉さまのみならず、一般の人問までにも高い評価を受け、

新人賞、映画賞総まくりの氷河の芸能界デビュー作であった。

普通、これだけ華々しいスタートを飾ると中々、次の作品を越えられない

ものであるが、その後は念願の歌手活動に専念している為、

幻の作品として今でもファンのなかでは人気は高く、

続編を望む声も多い。が、あれを一生の恥辱としている氷河としては、

もう映画はこりごりだが紫龍が望むなら話は違ってくる。

「こんなにこれ面白いか?」

「ううん」と、紫龍は素直に頭を振る。

「ストーリーもずさんだし、やたら無意味な所にHばかりだし、

登場人物は皆、何処かにいっている人だし……」

「俺もそう思う」

「お前が一番、切れているんだって。でも……此処の所の」

と、紫龍はリモコンを操る。すると画面一杯に氷河の金糸が広郁る。

「この微笑みが好きなんだよね、照れ臭そうなんだけど、

何か南の島の青い空に溶けてしまいそうで」

 紫龍の知らない氷河の微笑み。

「それから、此処の真っ白いご飯を『いただきます』する所も結構、

お気に入りなんだよな。こっちまで幸福になりそうな表情をしているだろ」

「ああ。これな」氷河は答えた。

何かTVで自分の顔を見るのは妙な感じがする。

「恋人といちゃついていて、H寸前の表情という監督の指示に従った

だけだが」と、氷河はちょっと意地悪い顔付きになる。

「もしかして、お前この映画の女たちに妬いているんだな」

「そうかもしれないな-」と、妙にあっさりと紫龍は肯定した。

「台詞もそらで唱えられて、キスのタイミングも表情も目を瞑っても

判るのに、お前はあの子にはキスをしても、俺にはしてくれない。

俺は見つめてもお前は答えてくれないから、

ちょっと、むかついているかも」

「……」

「何だかお前が遠くにいってしまいそうで、

何度も見てもお前は俺だけの物にはならないから……」

 それはキスをしても抱き締めてもいつも氷河が思っていたことであるが、

氷河は何も云わずに、そう云った紫龍の唇に触れる、

 優しく、強く、しっとりと。映画のように。見上げれぱ優しい地球が紫龍を

包み込んでいる。宇宙から地球を見ているそんな感覚。

いつのまにか消えてしまった灯りで、

消し忘れたTVの光だけが青い光を作っている。

まるで海のそこにいるみたいに、全てが揺らめている。

『どうして、マーマは俺に一緒に死ねって云ってくれなかったんだろうな。

やっぱり、マーマが好きだったのは結局、

ただの父親で俺じゃなかったからかな』と、ビデオの中の氷河が云った。

そうして、溢れる雫を現実の氷河は優しく、抱き寄せた。

『違うよ、氷河』耳元に聞こえる声は、音もなく降りつもる白い雪だ。

『お母さまは確かに氷河を愛していた。だから、お前の命を奪うことを出来なかった』

 擦れた息淋とぎれとぎれに耳に入る。

『でも、俺はお母さまに感謝している……」

 氷河が体のなかに入ってくるのが判る。ひどくゆっくりと、繁龍を試すように。

そして、紫龍はその受難を優しく受けとめる。恋人と一つに成れる至福の時。

今だけは誰も何も二人を引き裂くことは出来ない。この瞬問だけは。

『……だって、お母さまが氷河を天上に連れていったら、

俺は氷河に逢うことさえ許されなかったんだから』

その痛みに廻した背中に爪が立つ。

「うくっう」と、悲鳴とおぼしき声が水を裂く。

 紫龍と、どこかで呼ばれる声がする。

それは遥か天上から聞こえる天使が呼ぷ。

気が付くと、いつものように優しく自分の黒髪を撫でている氷河が居た。

「永遠にこのままでいれたら、いいな」

「そうだな」と、紫龍は体をずらして氷河に寄り掛かる。

すると、氷河がちょっと怪訝な顔をする。

「何だ?」

「いや、こーゆー時、答えをくれないと。本当に仕事をさぼってしまいたく成るだろう」

「なぜ?」と、紫龍が答えた。

「だって、俺もそう思うから」

 それもきっと映画の1シーンのように。




        時期的には「お前を殺しちゃうかもしれない」位かな。94年以降だと思います。
        その割には文章がかっとんでる。泣きたくなるよ。(;´Д`)

        なぜ芸能界なのといえば、うそちん3の後に控えている「世界が終わろうとしている」
        の宣伝と、(こんな前からしていたのか)冒頭の台詞をマジメに云わせてみたかったけど、
        本編で云ったら、洒落にならんと思ったからでしょう。
        十分、引かれた方が多そうだと思いますが、すいません。
        
        後、映画とか芝居に妬く役者のコイビトというのも、書いてみたかったんでしょう………って、
        まんまっすね。すいません。今なら、もっと旨く書いて上げられる
        んだろうなというか、そうじゃなきゃ困りますよね。(^▽^ケケケ

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