■Fifteen_candles■
                                                                                                             

  カレンダーに花丸を付けてしまうほど誕生日に固執しているわけではないが、それでも祝ってくれる人たちの存在はこの日を自分が産まれてただけの日から、一年に一度のかけがえのない節目に変えてくれた。
 最初のおめでとうの乾杯と、間のプレゼントの授与と15本の蝋燭がついたバースディケーキとシャンパン、それからクリスマスみたいなチキンと、ちょっと勘違いしているかもしれない北京ダックと、どこか見当違いのお頭付きの鯛というともかく豪華な料理がなければ普段の宴会と一緒だとしても、晴れがましくて、ちょっぴり恥ずかしい、くすぐったい気持ちのままで、パーティの間中、紫龍はいつもより笑っていたし、饒舌だった。もちろん、たった一日、数時間で何もかもが変わってしまうなんて、あるはずがないと判っているくせに、同時に少しだけならそんな奇跡を信じられた。

だから、そんな目を覚ました時、あまりにも何時もと同じ朝、いや昼に近い時間であることに紫龍はショックを覚えた。すっかり馴染んでしまったベットの中なので、紫龍はもう一度、まばたきをする。隣り半分はすでに冷たい。窓から零れるのは柔らかな光は朝を告げてくれているが、紫龍の中では記憶が繋がって居なかった。ベットに入ったことも、パジャマに着替えた記憶えもない。まあ、この辺りはありがちなことになっているが、しかし、いつもと事情が違う。昨日はここ磨羯宮で一足早い誕生会を催して貰っていたのだ。

「起きたか、紫龍。おはよう」
 朝の挨拶までいつも通りであることに落胆している紫龍に、シュラが顔を覗き込む。
「ナニ落ち込んでいるんだ?それとも、飲み過ぎて気分が悪いのか?」
「あっ、気分は平気です。ただ、・・・・あんまり覚えてないんです」と、紫龍が控えめにうち明けると、仕方がないなとシュラは答えた。
「ワインとウィスキーとウオッカと入り乱れていたし、お前、いつもより呑んでいたし、返杯に律儀に答えていたからな」
「あの、何か、変なことやらかしました?」
「いや、お前は酔ってもイイコだったぞ」

 その台詞に含まれた小さな棘は気が付かないフリをし、紫龍はそれから?と、確信に迫っていく。
「それから?そうだな、11時50分だったかな。とうとうダウンしたから、ベットに連れてきたんだが……、紫龍、もしかして、あんまりじゃなくて、全然覚えてないのか?」
 そう改めて云われて紫龍は、
「すいません、本当はそうみたいです」と、答えた。
「みたいって……」
「記憶が一部飛んでいるみたいで、……いえ、その、ちゃんと最後に皆さんにご挨拶したのかなあと」
「したぞ。おやすみなさって、頭下げていたのをそのまま運んだから」
「そのまま?」

「こう、両手で抱えて、ハネムーン抱きにしようとしたら、イヤだって暴れるから、肩から担いだんだぞ。気持ち悪くないかって聞いたら、ラクチン、ラクチンって、喜んでいたし」
「シュラ、話し作ってませんか?」
「信じたく無ければ信じなくてもいいが、ああ、アフロディーテがケイタイで写真を撮っていたから後で見せて貰うといい。――――じゃあ、これ覚えているか?リタイアする時、皆に手を振っていたぞ。ばいばい、又来週って」
 多分、兄弟か誰かに釣られたと思うのだが、

「又、来週って……」
「何かあるのか?」
「いえ、特には。――――あの手を振ったのって、もしかして、老師にもですか?」
「正確にはあそこに居た全員にな」

 今度こそ本当に黙りこんでしまった紫龍の頬にシュラは優しくキスをする。
「気にするな。どうせ、皆、覚えてないから」
「いえ、それとこれとは……」
 その言葉に紫龍はますます沈んでいく。その顔をそっと両の手で包み込み、自分に向かせる。
「そんなに落ち込むことじゃないだろう。今日は折角の誕生日なんだから」
「折角の誕生日だから」と、紫龍は答えた。
「酔っぱらった記憶でスタートというのはいかがなものかと」

「そうゆうこともあるって。長く生きれば生きるほどな」
「それに、四日の日にちゃんと起きてたかったのですが……」
「起きてたかったって、……起きているじゃないか」
「いつの間にか15才になっているのではなくて、……こう明日が今日になる瞬間というか……」
「時計の針が12時を差す時?」
「一度、ちゃんと見てみたいんですが……、これが中々どうして、適わないんです」
「……お前って、」しみじみとシュラは云った。
「時々、子供に返るよな。もう妖精の仲間には入れないくせに」
「まだ、15才ですから。それに誰の所為ですか!」と、口を尖らせるとシュラはおかしそうに笑った。紫龍がむっと怒った顔をすると、シュラは頭をくしゃくしゃと、いつもと違うように撫でてくれる。
「いやあ、すまん。ほら、普段はコドモじゃないって言い張っているから」

「それは、だって、いつも思ってますから。――――早く大人になりたいって。きちんとした大人になりたいのはコドモだからです」
「では、今日は特別な日なんだ」
「シュラだって、誕生日にはアレしてくれ、コレしてくれを連発してませんでした?」
「そうだっけ?」
「そうでした!」
「じゃあ、お前は今日は何をして欲しい?」
「何って……」
 瞬間、考えられなくて、宙に浮いた唇はシュラのそれに塞がれていた。啄むような優しいキスが何度となく繰り返される間に、いつの間にか紫龍はシュラに抱き留められていた。
「これは……」と、キスの合間に紫龍は云った。
「シュラのしたいことでは?」
「お前はしたくないの」
「朝ですし、顔も洗ってませんし……、それに」と、紫龍は一度、言葉を切った。

「何だ?」
「まだ、15才になってから、おめでとうも云ってもらってませんから」
 云ってから顔が真っ赤になったのが判った。シュラはそれこそ切れ長の鋭い目をまん丸にして紫龍を見ている。自分だってぽろりと出た台詞が信じられなかった。なぜなら、
「おめでとう」は14才の最後の夜、そして、パーティの最中、さんざん、たくさんのキスと一緒に告げられたのだから。なのに、十月四日、わざわざ今日の分を請求するとは。
まるで、3つのコドモのようだ。いや、本当は15才なのだから、もっとタチが悪い。シュラは呆れてモノも云えないに違いない。

「あの、シュラ、ごめんなさい」
「そうだな」と、シュラは今にも泣きそうな紫龍の柔らかい頬に触れた。
「お前、本当に酔っていたんだなあ。ちゃんと、もう、云ったぞ」
「えっ?」
「パジャマに着替えさせている最中。鐘が鳴って今日になって、おめでとうって云ったら、いきなり正座をして、ありがとうございますって、三つ指ついたんだが……」
 えっ?と、紫龍が奇声を発した。
「三つ指って、どうしてですか?」
「俺に聞くのか、それを。仕方がないなあ」
「わっ!!」
 いつの間にか、紫龍はベットに倒され、シュラに覆い被されていた。
「シュラ――――」
「15才の誕生日おめでとう、紫龍」と、シュラが唇を塞いだ。
「いくらでも云ってやるよ。お前が忘れても、俺が覚えているから」



「ありがとうございます、シュラ。あの、でも……」と、頬を少し染め、三つ指を突いたのは、
「おめでとうございますって、云ってもらったから、御礼のありがとうございますじゃないですよ」
「じゃあ、何だ?」耳元で聞こえる声にくすぐったそうに身を捩りながら、紫龍は嬉しそうに答える。
「シュラが居てくれての、ありがとうです」と、深々と頭を下げる様はやはり酔っているのだろう。いつもより口調が舌足らずになっている。
「シュラが側にいてくれて良かったです。いじょう、おわり」

 そのままシーツに懐きそうな紫龍を一回転させ。枕の上に頭を置くと、シュラはそのまま膝を突いて、寝っ転がった。居間で行われているらんちき騒ぎが少し気になる――――紫龍を退場させようとする時もブーイングのアラシだったのだが、誘惑にはあらがえなかった。
「じゃあ、俺がプレゼントなんだ」
 普段なら赤い顔しながらも怒って否定するような台詞も、声を発てて喜んでいる。
「では、誰からの?」
「俺からの」
「うーん、それは違うかな」と、紫龍がとろけそうな笑顔で答えた。
「じゃあ、何だ?」
「きっと、天の遠い所からだ」
――――それは俺の方だとシュラは思ったが、云わずにおいた。漸く寝付いた紫龍の邪魔をしたくなかったからだけではない。この腕の中にある幸福が簡単に言葉でくくれるはずなんてないし、ましてや紫龍以外の何かに、自ら奉じる女神だとしても、感謝するのはやはり見当違いのように思えた。祈りも誓いも一人にだけ届けばいい。
 ありったけの敬意とあふれんばかりの衝動と、忘れていた情熱と眠っていた慕情、その全てを込めて、この身を捧げよう。殉教者のように、キャンドルに灯りをともす。全てはこの子だけの為に。

「15才、おめでとう、紫龍。愛しているよ」
「ありがとうございます。俺もシュラが……」

 戸惑いながらも、告げた唇に落とされた口付けを紫龍は今度は拒まなかった。



Fin









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