いいワインが手に入ったからということで、試飲会という名のホームパーティにしたのは内輪だけでこっそり祝いたかったからだ。
いつものメンバープラス小さなおまけが、―――呑めないからおまけで十分だというのは、おまけの天敵の称号を欲しいがままにしている男の弁で、
残りの二人にとっては愛らしい貴賓、スペシャルゲストは、誰よりも真っ先に来て会場を飾り付けしていてもおかしくないはずなのだが、
しかし、アフロディーテとシュラが腕によりを掛けた前菜と、デスマスクが作ったピザのチーズが冷めて固くなってしまっても、まだ現れる気配さえない。
「お前、探してこい」
 案の定、白羽の矢が立った男は、しかし、最後の抵抗を試みた。
「何で、俺が?」
「タバコの本数が減っていいぞ」
「それに、帰ってきた時に俺が居なかったら、気にするだろう」

「俺なら、いいのか?」
「君が戻るまでこっちの瓶は死守しておくから」
「って、空けている人が居るんですけど〜」
「―――そもそも、なぜ、いらっしゃるのですか?猊下?」
 散々その存在を無視しようとしたがシュラは諦めたようであった。煙草をくぐらせながら、寛いでいる上司に鋭い視線を向けている。
「何でって、いいワインが手に入ったって聞いたからってのもあるけど、ほら、たまには部下とコミュニケーションを取った方がいいかなと」
「セクハラで訴えられてもよろしいので」
「まあまあ、シュラ」と、アフロディーテが間に割ってはいる。
「ですが、以前にただタカリに来た時よりは随分、ましになりましたね。以前のただタカリにいらしただけより、
ロマネコンティなんて高いだけのワインを手土産を持ってくるようになっただけでもマシというものですよ」
「と、アフロディーテもこう云ってくれているし、何より、まだ始まらないんだろう。だったら、それまではいいじゃないか」

 どんな理屈だ。おまけに猊下が今、開けた赤ワインは本日の目玉その2だ。それをこれみよがしにグラスに注いで一気に呷る男をシュラが冷たく一瞥している。
いらだちを隠そうともしない。理由は明白だ。紫龍が今、居ないことではない。教皇が居ると子供が一瞬、困った顔をするからだ。デスマスクは立ち上がった。
「そっちは絶対に開けるなよ」と、捨て台詞を残してみたが、多分、ムダだろう。その至福の一杯を棒に振らせた犯人は、くれなずむ図書館に居た。
まだ、本を前に夢中になっていたのだったら、いくらでもケンカを売ったり出来るが、黙々と本を書棚に戻していたのだ。図書委員でもないのに。
「おい、ガキ!閉館時間は過ぎているし、パーティにも遅れて居るぞ」
「ああ、すまない。その、終わらなくて」
 見れば傍らに、本が山積みになっている。
「なんだ、こりゃあ。大体、お前、図書委員じゃないだろう」
「そうではないが……」この時点でも口が重いのでピンと来た。
「誰に頼まれたんだ?」

「別に誰というわけでは……」
「どうせ教皇か名誉教皇に押しつけられたんだろう。いつものごとく」
「いつものごとくは余計だ」
「語るに落ちているじゃん」
 紫龍が何も言い返せないことをいいことにデスマスクは続けた。普段、自分の揚げ足ばかりを取る子供に、上から目線で説教を出来るのは気分がいい。
「教皇の勅命だからって、図書館の職員が無いお前が本を片付ける必要も無いだろう」
「貸出期限が切れたモノばかりだから、一刻も早く書庫に収めなくては次に待っている者に申し訳が立たないからと」
「奴ら相手に文句を云う莫迦も居ないだろう」

「だからこそ、貸出期限は二週間という規則は守らなければいけないと仰っていたぞ」
 確か、一人が貸し出し出来る本の数は5冊と決まっていたような気がするが、それは度外視らしい。
「手伝う」
「あっ、いや、頼まれたのは俺だし、その黄金聖闘士にそんな………」
「シュラには、風呂掃除させているんだろう」
「それとこれとは」
「お前が来ないとメシが始まらないんだよ」

「すまない」と、心底申し訳なさそうな顔に却っていたたまれなくなる。
あの二人はこんな表情を知らないのだろうか。いや、名誉教皇はさておき、教皇は面白がってやるだろう。
13年ぶりに自分たちと対峙している彼は輪をかけて性格が悪くなったようだ。
それを止める手段を自分たちは持ち合わせて居ない。しわ寄せは故に一極集中。罪の無い子供が被ることになっている。
更にやっかいなことに、その被害者はこのゆゆしき事態を、日本人の性質か、
それとも持って生まれた性格か、謙虚な心で自分の所為だと思い込んでいて、この自分に対してもすまなさそうな顔をしている。

 なんか何時もと立場が逆だなとデスマスクは思った。居心地が悪かった。シュラにもこんな表情を見せるのだろうか。
思わず聞いてみたくなったが、止めた。
奴が抱きしめようが、冷たく突き放そうが、そのどれもが自分の知る男とはかけ離れているようで、それでいて違和感は感じられない。
 紫龍はまた、黙々と本を並べ替え始めた。やたら、時間が掛かっている所をみると、乱雑に収められている本を一冊、一冊丁寧に分類別に直しているらしかった。
どうやら、すべてを見越されているようであった。
本日の目玉その1のワインも自分たちが帰る頃には空になっているだろう。

デスマスクは今度はこっそりため息をついた。つもりだったが、紫龍にはバレバレのようだった。
「お前は先に戻っていてもいいぞ。その、折角のシュラの誕生パーティなんだからな」
「だから、お前が居ないと始まらないんだよ。元々、二人でやるはずだった所に俺らが便乗したんだからな」
「でも、俺が居なかったら三人でやるはずだったんだろう」
「後一人、猊下がくっついてくるけどな。呼ばれもしないのに」
 その男の存在に一瞬、手を止めた子供は、
「ちょっと聞きたいことがあるのだが……」と、酷く真剣な表情をする。

「何だ?」
「いや、俺の気のせいなら、そうだと云ってくれ」
「なんだよ、はっきり云えよ。気持ち悪いな」
「俺は教皇に何かしてしまったんだろうか?」
「あん?」
「その、よく用事をいいつけられるのだが、それがイヤとかではないのだが……、その」
「わざわざ、今じゃなくてもとか、取るに足らないからとか、」
「言葉は悪いがニュアンスはそんな感じだ。それって、やはり、俺が何かしてしまったからなのだろうか?猊下に聞いても教えてくれなかったが………」

「って、えっ?直接、聞いちゃったんだ?」
「笑っているだけだったけどな」
 その光景が目に浮かんで、今日、何度目かのため息が自然と漏れた。
イイコなのもココまで度を超すとイヤミに思えてくる。案外そこいらヘンも、どんどん手の込んでくる猊下のイビリを増長させている原因の一つなのだろう。
「どうした、デスマスク」
 小僧が自分の名前をちゃんと呼ぶのも気にくわない。
「何で、わからねえの?原因はお前じゃなくて、シュラだよ。奴がお前がらみで取り乱したり、イライラしたりするの所を見たいんだよ」
「なんでだ?」
「そりゃあ、猊下が悪趣味ではた迷惑な上司だからじゃないの?」
「あー、いや、・・・それで、何で俺なのかな」
「このバカチンが〜」と、思わず手が出そうになった。
 
紫龍本人の自覚は薄いが女神の帰還に一役買った青銅の神聖衣持ちの子供達はちょっとした有名人だった。
その中でも前聖戦時代からの生き残りの古豪の黄金聖闘士を師に持ち、
前教皇の愛弟子である修復師に愛でられる子供を、
罪は不問にされているとはいえ偽教皇派だった己の側に置くというのは、
それにまつわる全てのやっかいごと―――有り体に言えば、地味なイヤミとか、些細なイヤガラセ、つまらないイタズラ等etc全て引き受ける覚悟をするだけではない。

13年前に犯した己の罪と常に向き合うということだ。少なくともシュラはその責を全うしている。このガキを女神の如く奉っている。
小石を投げられた程度の傷でも全治何ヶ月かのように扱うから、男の苦悩はつきないのだ。
アイオロスがしたいのは、シュラへ自分をアピールするということに他ならないのだ。
「この程度のイヤガラセで13年前の教皇殺しの罪を不問にしてやっているんだ。むしろ、ありがたいと思わないと」というのはあくまで本人の弁。
 本音はとっとと自分をムシして幸せになった男へのささやかな復讐といった所だろう。
鉄面皮は自身に纏わり付くハエは払うことは出来ても愛しい恋人の笑顔を曇らせる事象には本人以上にいらつき、心を痛めている。
何より、恋人を手放せない自分をにも関わらず本人が全くそのことに気がついてないとしたら、鈍すぎるのも限度がある。

コレでは男の苦労が全く浮かばれない。勿論、基本的にデスマスクはシュラどうなろうと構わないと思っている。
が、同じ苦労を分かち合った同僚として、たまには説教めいたことでも云ってやろうかと口を開いたデスマスクは、
そのままあんぐりと開けてしまった。紫龍は真っ赤になっていた。
「もしかして、教皇もご存じなのだろうか?」
「あん、何を?」
「その、俺がシュラとお付き合いをさせてもらっていることを」
「えっ?お前なんだと思っていたんだ?」
「いや、だって、シュラが話したなんて知らなかったから」
 その聞き慣れない単語を租借するのに時間が掛かってしまったのは、仕方がないことだろう。

「何で奴が話したと思うんだ?」
「だって、ご存じだから。―――違うのか?」
「んなの、見れば判るだろう」
「そうゆうものなのか?でも、特に人前でべたべたとかしてないぞ」
 そう思っているのは本人だけだと告げたところで、一笑されるのがオチだろう。
「まあ、判るんだよ。この年になると、その二人の空気みたいなのがまろやかつうか、コクがあるつうか、………てゆうか他人なんて関係ないくせに」
「そうだが、なんか、やっぱり嬉しいなと思って」

「……奴は何も云わないのか?好きとか、愛しているとか」
「ああ、それは……、いつも云ってくれるけど、でも、俺が信じているのと、他の人がそう思えるのって、ちょっと違うだろう。
言葉が形になったみたいで、目に見えるようになるのが、不思議で、後、ちょっと嬉しいなと」
 こうなると理解不能だ。恋人の誕生パーティに行けず、居残りをいいつけられているのが?
「お前、莫迦?」という本音がダダ漏れしなかったのは、不意に男の言葉を思い出したからだ。

「あの子を想うのは、神を信仰するのと同じことだ」
「酒場の姉ちゃん相手にするワケには、いかないってことか、あの朴念仁は」
「まあ、そんな所だ」 
 グラスを傾け、思い出したように呟いた。
いつもとは違う、コーハイの尻ぬぐいの任命に対してみせる苦笑でも、教皇の無理難題を拝命する冷笑でもなく、ごく自然の柔らかい微笑みが密やかなヒミツをもらす。
その意味するのは己の思いの深さを物語っているかと思ったが、どうやら間違っていたようだ。

 神は人が願うほどには愛を与えてくれないものだ。いや、誰か一人に心を許した時点で神はその資格を失う。
その禁忌を犯した、そして、破らせた己をこの男は自画自賛しているのだ。ようはノロケだ。
うっかり感動した自分が莫迦を見た。いや、それ以上に阿呆なのが、
「お前さあ、そんなに奴のこと、好きなのか?」
 人でなしで、女に対してベッドの上でも失礼極まりない、基本ネクラな鬼畜、色々病んでいて、
腹黒くて、面倒な人非人な、(あっ、2回も云っちゃった)背徳の男を。

 その回答は予想を遙かに超えていた。子供は前後左右を見渡している内に頬が見事にピンク色に染まっていく。
処女ではあるまいし。そして、小さな小さな声が、
「うん」と、一言だけ。
 もう何も云う必要ながなかった。勝手にやってろてなもんだ。
知らないでいられるということは、幸せなことなのだ。そして、子供と愚者が語ることは常に真実になる。

だから、男は、
「いいこだな」頭を撫でる代わりに、子供の頭の上に本を落とすだけにしておいた。


 最も宮に戻ったら、どうやら死守することに成功したとっておきの一本は、なぜか図書室の一件がばれていて、
「手元がおぼつかないのは、酔っているからじゃないのか?」と、正論で武装され、
子供の好きな林檎のコンポートと、牛肉の赤ワイン煮にされてしまい、もう二冊位落としておけば良かったと後悔するのはもう少し後。

誕生日おめでとう!乾杯と、
4つのグラスが重なってシャンパンの泡と笑顔が弾けた、後のお話。



                                                     −Fin









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