「明日の夜になるんですけど、そちらに行っても構わないだろうか?」
 紫龍はあんまり約束をしない。いや、それ所か、むしろ避けるように接してくる。偶然のフリをして逢いに行っても困った顔ばかりする。その彼が明日のアポを入れてくる。

 別れ話かなとちらっとかすめたが、―――そんなはず決してないのだが―――だが、タネは簡単に割れた。単にシュラの誕生日―――もう二月も過ぎてしまったが、というだけであった。日本の辛口の白ワインを持って来た紫龍は、借りた台所に籠もるとカルパッチョやら、自宅でわざわざ煮込んできたポトフや焼きたてのパンを並べ、ついでにシュラの足下の、ソファの足に寄りかかる。

「一応、気を遣ったんです。他の人とブッキングすると悪いですから」
「ブッキングなんてするはずないだろ。お前しか居ないんだから」と、云う代わりにシュッは答えた。
「この年になると誕生日なんて、あんまり嬉しくないんだよ」
 かちんとグラスがそらぞらしく重なる。

「イベントとして重要所為がないんだよな」
「年取りたくないのか?」
「もう24才だし……、大人だし。嗚呼、丁度、お前と10コ違いだなあ」
 一つ目のパス。と、気付かれないように紫龍は素早く話題を変える。

「だが、俺の時は盛大に祝ってくれただろ?」
「だって、嬉しかったろ、お前。―――あの夜は特に可愛かったし」
 パス二。子供はカワイイという言葉に過剰に反応を占めす。その言葉は紫龍が目指すものとは相反しているからだ。最も大人に云わせたら、そんな些細な言葉を気にする所がカワイイ。

埋まらない年齢差、後、5cm伸びればいい身長、体重はもっと増えないだろう。紫龍はずっと自分を追い続けなくては行けない。最もこの肉体関係は例え、紫龍が屈強な―――考えたくもないが、体を手に入れたとしても変わらないだろう。なぜなら、シュラは知っているからだ。

 男は隣のソファで紫龍の手から手持ちぶたさに遊んでいた空っぽのワイングラスを取り上げると後ろからそっと抱きしめる。温もりに過敏に反応し、それだけで紫龍は動けなくなってしまう。
「―――シュラ」
 でも、まだ声はしっかりしていた。この状況に流されないようとしている。

「俺はこんなことする為に、来たのではない」
「……じゃあ、何しに来たんだ?」
「だから、お祝いに」
「わざわざ?二ヶ月も前の話しなのにか?―――」

 シュラが逢いに来た時と同じ困った表情に、尋ねるというよりは耳元を甘く噛む。それだけで冷たいだけのはずのソコが赤くなると、紫龍は必ず泣きそうな顔になる。自分の中の情欲に恥じているのだ。
「―――云ったろ。お前はもっと好きなことをやっていいって」

「だが……」紫龍は小さな声で答えた。
「…いけないことだ」
「いけない?どうして?」
「だって……」女神に背く行為だから。男同士の、恐らく人類に与えられたタブーだから。禁じられた遊びだから。

 紫龍が必ず口にするが、どれも真実から程遠いことを他ならぬ本人が判っているから、どんどん重く唇にシュラは口付けた。軽い、ただ触れるだけの短い口付けを何度も繰り返す。唇が重なっていく。半分だけ包んでみたり、舌でつつき廻したりする。

―――本当はもっといかがわしいことをしたいのだが、紫龍は行為に自体にそれ程慣れているわけではないから、もうちょっと後の楽しみにとっていく。どのみち紫龍は男からは逃れることは出来ない。彼は自分に逆らえないのだ。それはシュラが子供の命の恩人で、未来を繋いだからでも、ましてや聖剣を授けたからではない。

 口付けの陶酔に紫龍の目が閉じられる。その瞼に口付けをして、シュラは囁く。
「ほら、キスの合間は名前を呼べって教えたろ。それとも、もう忘れちゃったか?」
「だから、俺はっ―――あんぅ」
「おやおや、もう降参か?たまにはもう少し、俺を手こずらせてみるんだな」

「しゅらぁっ」
 だが、少し怒気を孕んだ声も男の唇の中に消える。
「何だ、紫龍?」
 蝶のようにひらひらと、ゆるゆると飛び回る口付けは捉えるのが難しい。

いつのまにか白いシャツのボタンが一つ解かれ、シュラの大きなてが紫龍の肌に触れる。彼の下腹部をまさぐり、ヘソの周りを攻めていく。5本の指を代わる代わる使って、円を描いていく。何度も繰り返していると、肌が泡立つのが判った。その指を少しずつ下に降ろしていく。

声はまだ漏れてこない。しかし、それも時間の問題だ。紫龍の力はすでに抜けきりシュラに委ねるしか方法はないのに、瞳だけは―――茫然と、遙か遠くを見ていた。
「―――なぜなんだろ?」
「何が?」

「どうして、俺はいつも、お前の好きにさせてしまうのだろう」
「それはお前が俺に恋をしているから」
 一番シンプルで、だからこそ難しい答えに茫然と成った隙に、シュラはきつく閉ざされた紫龍に中をこじ開ける。

「……なぜ、だ?」
「なぜって……?」
「好きになんて、なるわけないじゃないか?」

「どうして?」
 痛みか、それすらも感じていたいのか、千切れ千切れに紫龍が呟く。
「貴方は、嘘を―――つく。魔羯宮と、ハーデス城、二度も。俺を、一人にしたくせに……」

 シュラは一瞬、動きを止めて紫龍を見た。まだ入っている固まりのせいか、紫龍は体を震わせながら目に涙を浮かべている。その瞳に口付けをして、囁く。耳元に低い小さな、彼しか聞こえない声で真実を告げる。

「―――それでも俺がいいんだろ」
 返事の代わりに紫龍はシュラの首筋に手を回した。
「……もっと」

「何だ?」
「強く突いて」
「仰せのままに」

「……ああん」やっと声が漏れる。紫龍の手がシュラを引き寄せる。掃き出される荒い息。合間に繰り返される好きという言葉。繋がったままになっているシュラのちょっとした動きに翻弄される。翻弄している。身を震わせて、シュラをきつく締め上げる。もう二度と自分の側から離れることを許さないように。



 確かに紫龍はシュラに恋をしている。恋という言葉を無自覚のまま、その想いに身を委ねている。だが、男は知っている。この甘い温もりだけでは走り出す子供のイマシメにはならないことを。

―――それでも、男は恋している。身勝手で生意気な愚かな龍に。





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