「おっ、漸く起きたか?おそようさん」
「おはようございます〜」

 ベットの上で三つ指突いて、朝の挨拶だけはきちんと。舌は回らないが、深々と頭を下げるが、頭はそのまま枕に吸い込まれてしまった。

「・・・・大丈夫か、お前?」

 随分親しげな声が降り注いでくる。甘いテノール、よりもちょっと低め。何処かで聞いたことのある声だし、語彙の感じから、身近な人だと推察される。―――だけ。判らないけど、・・・一輝や氷河や瞬や星矢ではないのは簡単に知れた。彼らが自分より早起きなはずがない。辰巳がちらっと頭に浮かんだが、彼がこんな優雅なことをしてくれるとは思えない。老師でもない。ムウかなと思ったが、彼はこんな言葉を使わない。後、一人すごく大事な人を忘れていると思ったが、紫龍は考えを放棄していた。

頭をそんなことに使っては勿体ないと思ったのだ。危険かそうでないか、見極めないと死に直結する。判っているのに、今は日溜まりのネコみたいに、毛布やタオルケットのことしか考えられくて、布団の方にすりよると、くすっと優しい笑い声がした。

「もう少し寝てろ。―――腹減ったら、ちゃんと台所に来るんだぞ」
「ふわ〜い」

旨く返事は出来なかったけど、又、頭を撫でて貰えた。そういえば髪の毛に触れてくれる人って何年ぶりだろ。彼の指は思っていた以上に優美だ。ギターとか、そんなものをつま弾く方が相応しいかもしれない。その手が気持ち良くて、自然と瞼が又、重なる。

「しょうがないな」と、云われる。

そんなコトを云われたのは初めてだった。だって、今まで邪魔にならないように生きてきたから――――――。孤児である自分が、食事にありつけて、寒さを凌ぐ程度の衣服と寝る場所を与えられる。身分相応と大人達が押しつける言葉に紫龍は異を唱えるつもりはない。その通りだと思うからだ。その分、ちゃんと人の役に起たないとイケナイ。決して、迷惑にならないように。でも、文句を云っているくせにその人はどこか嬉しそうだった。

「そうだ、卵料理なんだけど何がいい?目玉焼き?それともボイル?オムレツ?スクランブル?」
「……ホットケーキ。あんまり甘くないの」

 ちょっと驚いているのが伝わる。もちろん、云ってしまった自分もだ。ホットケーキなんて、沙織さんの好物。きつね色のまんまるのそれは、美味しそうだなとは思うけど、蜂蜜とか、マーマレードやジャムは甘すぎて、自分の口にはちょっと合わない。甘くないホットケーキってあるのかな?作れるのかな?怒らないのかな?大丈夫?
彼は、すぐに又、微笑んでくれた。見なくても判る。今日のあの人は随分、優しい。いや、いつも優しいけど、もっと優しい。甘やかしてくれる。普段、一緒にいるデスマスクが見たら、きっと不平を漏らすほどだ。

「あのガキと居ると目尻下がり放しだぞ、お前」
「中和されて丁度いいだろ」
「お前、騙されているっ。アイツ、お前の前じゃネコ被っているけど、人の聖衣、剥くような奴だぞ」

 ガキではないし、お前に云われる筋合いは無いと思いつつも、騙されているとは思う。自分には優しくしてもらう価値なんてないのだ。なのに、あの人は笑っていってくれたのだ。

「羨ましいんだろ」

 昨日、思わず聞いてしまった会話を思い出して、ますます目が開けられなくしまう。
タヌキ寝入りではない。影がゆっくりと近付いてきて、頬にキスをされたから。おでこと額に、まぶた。終わったらと思ったら、頬に繰り返される。たくさん、たくさん。ふわふわと、気持ちいいだけのそれ。名残惜しそうに、でも、彼がゆっくり離れていったのは、自分が眠りについたのが判ったから。最後にもう一度、頭を撫でて。だから、羊の数なんて数えなくたって紫龍をもう一度、眠りに誘ってくれる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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じゃない、紫龍はがばりと持っていた毛布をはね除けると、台所まで一気に駆け下りた。

「シュラ、」

「おっ、やっと目が覚めたか、おはよう、紫龍」
「…………って、何をしているんですか、シュラ」
「何って」

青い四角を組み合わせたエプロンを着たシュラは、微笑んで見せた。

「卵を割る所。ホットケーキ。リクエストしただろうが」
「いいんです、そんなことは〜」

 がばっと光速の動きを凌駕する勢いで紫龍の手元にボールと泡立て器が手に入る。

「貴方がわざわざなさらなくても、、、」
「って、お前のリクエストだろうが」
「ですからっ、それはいいんです」
「いいのか?」と、シュラは赤いボールをじっと見つめて、瞬間、途方に暮れた、フリをした。

「じゃあ、3時のおやつにしてやろう。バナナ潰して入れると旨いって。じゃあ、生クリーム泡立てるかあ。やっぱハンドミキサー買おうかなあ。アイスもバニラじゃなくて、チョコチップとかの方がいいか?それと、朝飯の卵はどうする?って、一日、三個じゃ多すぎか?まあ、たまにはいいか、聖闘士だし。三時がホットケーキじゃベーコンエッグでいいな。ちなみに何で3つかというと、ホットケーキに二個入れるからなんだけど、、ま、お前、肉食った方がいいからな」

「あの、シュラ、ですから……」
「何だ、ベーコンよりソーセージの方がいいか?練習も出来て一石二鳥だしな。って、ちょっと細いけどな、、、って何、云っているか、判るか?」
「判りません。だけど、やっぱりいけないことです」

「卵は一日、三個は多いか?やっぱり?じゃあ、ソーセージだけにしておこうな」
「俺が云いたいのは貴方が俺の食事を作る必要なんて無いって云っているのです」
「何で?」と、云いつつシュラはフライパンにソーセージを置いた。

「あっ?ソーセージ、ボイルがいいか」
「ソーセージでも、ベーコンでも、カリカリでもボイルでもそんなことは、どうでもいいんです」
「何でだ?ゴハンは美味しく食べた方がいいって、老師に習わなかったのか?」
「習いました。けど、俺が云いたいのは黄金聖闘士の貴方が、青銅聖闘士の俺に食事を作る必要は無いと云っているのです」

「別にどっちが支度してもいいだろう。俺だって作れない訳じゃないし。。それとも俺の味付け合わないか?」
「そんなことありません。むしろとっても美味しいと思います」
「じゃあ、問題ないじゃないか」
「俺は貴方に甘やかして欲しく無いんです」

「朝飯作ったのって、そんなに大事か?」
「だって、アナタは黄金聖闘士で、年長で、命の恩人ですよ。礼を欠きます」
「それまで人のベットの半分以上を占領していて、何を云うか」
「だから!きちんとしたいんです。しなくてはいけないんです」
「ほへえ、その格好で?」

 漸く気が付いた。昨日、紫龍はシュラと同じベットの中であった。少なくとも寝間着に着替える必要の無いことをしていた。明け方、シュラがシャワーを使うかと聞かれた時に後でとか、うーんと答えたが、その後の記憶は見事に欠落している、というか、今に至って、紫龍は一糸纏わぬ、生まれたまんまの姿であった。

「うわっ、うわー、すいません」
 慌てて椅子の陰に隠れる。シュラを見ながら躰を隠せるモノが、他になかったからだ。

「つうか、今更、気にすることじゃないだろう」
「アナタも今更、嬉しそうにしないで下さい」
「じゃあ、真面目に答えてやろう。どっちにしろ明るい所でやったこと、あっただろうが」
「無いワケじゃないですけど、アレは不本意なことでしたので、無かったことにして下さい」
「ケッコウ、のりのりだったくせに」

 真っ赤になった紫龍からは、それ以上の反論は出てこない。シュラは苦笑いをして、これ以上、遊ぶのを止め、エプロンを紫龍に手渡した。

「コレでも着ていろ。むしろ、コレを着ているなら、台所、代わってもいいぞ」
「―――シュラ、その前に、下着履きに戻ってもいいですか?」

 シュラはに楽しそうに答える。

「だって、甘やかさなくていいんだろ」
「それとこれとは、違います」
「俺の中では同じなんだけど。つうか、お前、どうして、そんなに甘やかされるの、イヤ?」

 子供は皆、甘いモノが好きなはずなんだけどなというシュラに、紫龍は子供ではありませんからと、返答した。

「大体、良くありません」
「何が?」
「虫歯になります」
「歯を磨けばいいことだろ。適度に甘いモノは脳味噌を作るんだぞ」
「でも、俺にはこれ以上、必要在りませんから」

「賢いから?」
「莫迦になってしまうからです。アナタだって、―――困るでしょう」
「そうだな」と、シュラはしみじみと同意した。
「キャンディー一つでデスマスクに懐かれて、裏山に連れて行かれると困るもんな」
「お言葉ですが、いくら何でも、そこまで愚かにはなりません、絶対に」
「本当に、絶対、平気だと云い切れるのか???」

 紫龍は絶対なんて、後で嘘になってしまうような言葉を、どんなに確率が低いことであっても使わないから、自分で墓穴を掘る羽目になる。その穴を埋める素振りをして、広げているのはシュラである。

「じゃあ、やっぱりびしびし鍛えた方がいいんだな」 
「それは、もちろんそうです」
「では、当然、手加減もしないしな」
「手加減って、、、組み手の時ですか?」
「だったら、気が付くだろ。お前」

 その通りだし、もしも、真実なら、二度と紫龍はシュラに触れさせないだろう。だから、ますます?に彩られる紫龍を、ひょいっと小麦粉の袋みたいに肩に抱く。

(えっ?)まだ、何が起きるか判らない紫龍にシュラは優しく教えてやった。

「だから、Sex。お前、あんまり慣れてないみたいだったから、慣れるまでとは思ってな。一応、セーブしていたつもりなんだが、、必要なかったみたいだな。悪かった」

えっ?Sexでセーブ??
 保存?何処に?違う、意味が繋がらない。
ギモンは質問になる前にぽすっとベットに放り込まれる。反射的に身を隠そうとしたが、それより早くシュラの手が紫龍のエプロンの腰ひもに掛かった。にこにこと。今まで見たどの彼よりもご機嫌だ。何か恐い位だ。

「あの、例えば?」

 そうだなと前置きして、考えている素振りをしながら、シュラの指先はさっきから紫龍の胸元を弄くっている。紫龍は止めてとは云えないで、普段より真面目なシュラをじっと見ている。見るしかできない。やがて、紫龍の息づかいが荒くなる頃、シュラはやっと教えてくれた。指先は相変わらずのままで。

「全部入れちゃうとか、お前、すぐ痛がるから、あんまり動かないようにしていたけど、
それも解禁とか、正常位もいい加減、飽きたからなあとか、色々?」

全部、入れる?何を?
動く?何を?
正常位?何のこと?

「……シュラ、何を仰っているかよく判らないんですけど」
「平たく云うと、お前、明日、当番か何かある?だったら、至急仲間に電話した方がいいぞ。明日、足腰起たなくなっているからな」
「それは、困るんですけど……」
「じゃあ、足腰起つ程度に手加減すればいいな」シュラは少しだけ怯える顔の鼻筋と瞼と頬と唇にキスを送る。

「大丈夫だ。むしろ倍は気持ち良くなる感じ。―――俺の云うこと、信じられない」
 ベットについて居た震える手を取り上げて、シュラが口付けをくれる。かじかんでいる手を温めるかのように。何度も。掌がやっと開かれる。ぺろっとソコを嘗めて、シュラの唇が腕を伝ってくる。目の前にシュラの顔が迫ってきた。

「あの、」と、口付けで言葉と強固な意志が奪われる前に、紫龍は慌てて云った。
「一週間経ったら、沙織さんのお供で聖域に来て、しばらくこちらにご厄介になることになると思うんで、その時でしたら」
「何をしてもいいんだ?」

 こくん、と紫龍が頷いた。良くできましたというように、頭を撫でてくれたシュラがにっこり笑う。
「でも、それって今はオアヅケを食らわせられるって、ことだろ」
「ええ、まあ」
「忍耐しろと」
「そう、、、、なりますね」
「それって、甘えていることにならないか?」
「―――――――――――――――――――――――――――――あっ」

 それ以上は回路がショートしてしまった紫龍の額にキスをする。ネジを巻くみたいに、紫龍の焦点が再びシュラを見つめる。男はくすくす笑った。

「では後、10分で支度して、台所に来いよ。朝メシを準備して置くから」
「あっ、はい、じゃないです……、シュラ!!」
と、聞こえてくる珍しい金切り声を無視してシュラは駄目押しをする。

「あんまり遅いと食事、ここに持ってきて、フォークで口まで運んでしまうぞぉ」

 動きが止まって、きっと紫龍はシュラを睨み付ける。だが、それも一瞬で、ばたばたと小ネズミが動き回る。そのことを確認してから、男は寝室のドアを閉めた。

 本人に云われる迄もなく甘やかしているという認識はあるし、戦士としての子供に悪い影響を及ぼしている自覚もなきにしもあらずだ。それでも、このひたすらに加糖することを止められないのは、子供のスキを見つけて、甘やかすと、他ならぬ紫龍が落ち込んだり、困ったりするのが見ているのが面白いからだ。飴をムチに変える子供に丁度イイ刺激になるからだ。

断じて、それ以外の理由は無い。

 犬のように忠実なくせに、野良ネコのように懐かない子供が、(いくら疲れて帰れなかったからだとしても)人のベットを2/3占領して、人の腕を枕にして眠りくさったりとか、普段なら大人が起きる迄に身支度と朝食の準備を済ませ、コーヒーまで煎れてくれる子が、寝ぼけてくれたりとか、親密度が1000も越えないと発せしないレンアイベントの一瞬を捉える為では決してないのだ。

だから、さっき紫龍の寝顔をずっと見てないで、市場で買ってきた苺で飾り付けられたホットケーキを見て、どんな顔をするか、呆れて口を尖らせるのか、ぱっと瞳を輝かせた自分を慌てて叱咤するのか、、、驚いたフリもしないで、手を合わせるだけなのか、、、少しだけシュラという人間に慣れてきた紫龍はもう他人だけとは違う顔を男に見せる。

その予測が付かない楽しみに男は洩れてしまった微笑みに気が付かないまま、ひとまず起きてくる子供のために熱い紅茶を用意するのであった。


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