ああ、昨日は俺の誕生日だったと云った時にはもう、12時をとっくに廻っていた頃だった。
アルコールが程良く廻っていて、さらにくすぐったいだけの氷河の唇が、離れたり、強く痕が付けたりを繰り返す。
「止めろっ」とか、
「ひょぅが」とか口にするのは止めて欲しいからではなく、まだ、起きていたいからだ。

眠ってしまうのが惜しくて、この酩酊をいつまでも楽しんでいたい。
けれども羽布団と氷河の肌と洗い立てのシーツは柔らかくて、気持ち良くて、瞼は勝手に閉じたり、開いたりを繰り返す。
その感覚が段々、狭まってくる状態で、もうすぐ氷河に包まれたまま眠る時間は、
パステル色だけの絵本を読んで貰っているようで、そのページを継ぎ足したくて、
洩れてしまった言葉は紫龍の数少ない思い出話に、
無防備な肌にまとわりつくのに一生懸命だった氷河が不意に顔を上げた。

「誕生日って、10月4日だろ」
「うん、でも、その前は2月11日だった。その、五老峰に行くまでは」
「えっと、どうゆうことだ」
「施設は特定できない子供はその入館した日が誕生日に当てるから」
「ああ、そうなんだ」
「うん、そう」
「……」
「……」
「……それで?」
「何がだ?」

 無邪気に問い返されて、氷河はちょっと言葉を選んだ。希望の色を添えて。
「ともかく良かったな。ちゃんと判って」
「ああ、老師がな。天秤座を纏えるから、真実の誕生日はこうではないかと……占星術とかで、
計算して下さったから。何でも人の一生は星の導きで、既に生まれた時から決まっているから、
そこから逆算も可能なんだと」
「へえ、そんなことも出来るのか?」
「スゴイよな」

 紫龍としては同じように感心して欲しいのに、氷河は何だかさっきより難しい顔をしている。
どうしたのかと尋ねるより早く、氷河に先手を取られた。
「で?」
「えっ?」
「いや、お前はそれでどうしたんだ」

 正直な所、氷河がこれほど食い下がるとは思わなかった。
眠いのばっかり先に立ち、他に何も考えられなかった。それに―――、
「ああ、そうなんだなって思った、、だけだぞ」
「そうなんだ」
「……えっと、おかしいか、それ?」
「いや」

 はっきり否定されて紫龍は困ってしまった。
他の誰とも違う付き合いをしているせいで、氷河のことは随分と判るようになった。
だが、それはあくまでつもりだったらしい。
氷河が今、怒っているのか、それとも哀しんでいるのか、そんな簡単なことさえ紫龍には判らない。
会話の流れから原因は自分のはずだが、検討もつかなかった。

「―――じゃあ、何でお前は辛そうな顔をしているんだ」
 と、最後までちゃんと云いきるより前にもう一度、躰がひっくり返された。
「……って、眠いんだけど」
「眠ればいいだろ」と、云ってるくせに氷河の指は先刻と目的が明らかに変わっている。
唇が、紫龍の眠りかけていた情欲に火を付けた―――――――――――――――――――って、

何で今、そんなことを思い出すのだろう。
ナイトテーブルを手ぐさりで捜して腕時計を見つける。まだ12時を少し廻ったばかりだった。
丁度、同じ時刻。一年前と違うのは全然、寝付けないのと氷河が居ないことだった。
ふぅと諦めて電気をつける。
眠れない夜はじたばたとあがいても無駄だ。
そうだ、子供の時だって、時々、寝付けない日があったではないか。
明日の訓練に響くから体を休めようとするのに、目が冴え冴えとして闇を睨み付けるしかなかった時。

あの頃はどうやって眠ったんだっけ。


――――――――――――――――――――――――――5年も経ってないのに、どうしても思い出せない。
一人で眠っていた頃のことを。二人で、氷河と夜を過ごすようになってからは、、、どうだったんだっけ。
―――そう云えば、眠れなくなったというのが無くなった。

大体、氷河は宵っ張りだし、
寝ていれば紫龍のことを見ているだけで何も―――せいぜい髪の毛を撫でてくれるだけだが、
本を読んでいたりすると、どうしてか始まってしまう。

「氷河」と、窘めても、
「待っていたんだろう」と、どんどん進んでいく。
 誰も―――ヒトコトだって、待っていたなんて云ってないのに、
いつも―――氷河が勝手にしたいようなことをして、自分を引きづりこむ。

今更、淑女ぶるつもりもないが、Sexする以外に愛情を確かめる方法は他にあると思うのだ。
手を繋ぐとか、―――って、やってるか。
一緒に出かけるとか、―――今、置いて行かれているけど。
話をするとか―――氷河が一方的にしゃべって、主に聞いているだけだが。

―――って、違う。今、紫龍が問題にしなくてはいけないのは眠る為の方法であり、
氷河が居ないことを論じているのではない。
判っているのに、結局、元に戻る。
―――どうして、居ないんだろ。

 もちろん、理由は聞いている。
「シベリアに行く。2、3日で戻ると」
 
学校も休みだし、別におかしな所は無い。北欧の守りをしているカミュの代わりに氷河が任務に就くこともたまにある。
でも、前の時は強引に誘われたのだが―――、いや、それだって、二回に一回はちゃんと断っているし、
慌ただしく出発することもあるのだから、別におかしいことではない。
だけど、唐突にその考えは頭に浮かんでしまった。

―――誕生日なのに、側にいてくれないなんて―――、紫龍はがばっと起き上がった。
自分で思ってしまったことにびっくりしてしまった。なぜなら、年に一度の誕生日はもう、終わっていたからだ。
10月4日も、1月23日の氷河の誕生日も、どうしても、二人になりちからと、うまく日程を合わせて二人でシベリアで過ごした。

「別にわざわざココまで来なくてもいいじゃないか?」
という紫龍のギモンに氷河は笑って答える。
「ココまで来ないとお前をヒトリイジメに出来ない」

今日は誕生日だから―――と、氷河は云った。フタリキリで居たい。
「莫迦」と、云ってみたが氷河は恐らくお見通しだろう。
その言葉には、氷河への嗜めと他ならぬ、どうしても心が浮き立ってしまう自分への戒め。

だが、それ以外のキモチもちゃんと混じっていることを。
紫龍が決して面に出さないようにしているキモチを氷河はビミョウに感じ取る。
幾分、氷河の希望も入っているが。そして、すぐに実戦しようとする。

他の家族の目なんてお構いなしに。沙織が拗ね、瞬が邪魔をし、星矢が引っかき回し、一輝が呆れる。
皆には云ってないが、そんな時間が楽しい。
自然と気持ちが温かくなっていく。愛おしいと思いながらも、氷河と二人で居ることは全く違っていた。
楽で自然だった。

その家族に策を巡らさず、氷河が罵倒されることなく、偶然にも頼らず、後ろめたくもなく、
フタリキリになれるのは、誕生日が特別な日だからだ。
だが、2月11日はもはや誕生日ではない。昨日はただ、自分が―――

「すまない、紫龍」
「!!」気配すらなかった。
唐突に、(少なくとも紫龍はそう思えた)氷河が現れた。
青いダウンジャケットは出かけた時と同じ格好。
まるでビデオテープを巻き戻したように、氷河はそこに立っていた。違うのは手の中にある小さな植木鉢。

「雪で空港が封鎖された。それで遅れた」
 掌を開かされて、植木鉢ごと白い花が紫龍の上に渡される。スノーホワイトと、氷河は云った。
「誕生日にこの花を渡されたモノは幸福なハナヨメになることが出来る」
「ハナヨメって、、、―――俺はなれないだろう」

「便宜上だ。単なる。マーマも好きな花だったから、お前に見せたかっただけだ。
冬しか咲かないんだが、今年は暖冬で随分、奥まで行ってな。ともかくお誕生日おめでとう、紫龍」
「その気持ちは有り難いが、―――今日は、もう昨日だが俺の誕生日ではなく、単に……、
俺が誰かに捨てられた日だから、受け取ることは出来ない」

「―――本当は、そんな風に考えていたのか?」
「ただの事実だ」

 強がりではない。その証拠に紫龍は氷河に微笑んでさえ見せた。
全てを当たり前の事実として受け取る。
そうすれば、自分の心も傷つかず、強くいられる。
生まれたことが選べないように、捨てられた事実も書き換えられないから、同情も要らない。
なのに氷河は云うのだ。

「でも、お前、何も云わなかったろ。
俺が、すまないと云ったら、本当に俺が悪くなかったら、お前は俺に謝らせもしなだろうが」
「そんなのヘリクツだ」
「だが、事実だ。違うか?」
「―――ちがう、絶対に違う!!」
「でも、一人では居たくなかっただろ」

 それは唇が微かに震えただけの音だったが、うんと、答えてしまったことに紫龍は酷く狼狽した。
「嘘、ゴメン。氷河。今の無し……」
「紫龍、キスしていいか?」
「えっ?それって関係ないだろうが。そもそもお前が―――」
と、云う前に唇が塞がれた。逃げられる時間はいくらでもあったのに、紫龍はそうしなかった。
氷河を見ているしか出来なかった。唇は紫龍の眦に移動した。柔らかい舌が涙をすくい上げた。

「本当、判っている。お前は何も悪くない。その、プレゼントを用意してくれただけなんだし、
そもそもこの日を誕生日だって云ったのは俺の方だし。
お前は何時も俺のことを考えてくれるよな。
―――俺が一人に成りたい時はちゃんと、放っておいてくれるしな。
―――感謝はしている。本当、だからお前はもっと俺のコトなんて考えないで好きにしてくれればいいから―――」

 もう一度、唇が塞がれた。今度は簡単に離れてくれなかった。
紫龍はそのままで、ずっと氷河を見ていた。彼は明らかに怒っていた。
「好きにしてイイって、云ったろ。だから、好きにしている。
だから、お前も俺に過剰に期待してもいいぞ。俺は必ずお前に応えるから」
「必ずなんて、絶対にムリだ」

「絶対にムリだなんて、それこそどうして絶対なんて言い切れる。ヘリクツじゃないか」
 それこそヘリクツなのに、それ以上の反論はなぜか出来なかった。
その動かない唇を氷河は何度も温める。溶けて、紫龍の思いが溢れるまで。繰り返す、想いを。
「お前を一人にしない為に俺が居るんだから」
「―――それじゃあ、お前にばっかりメイワクをかけているみたいだ」

 顔が涙で半分、濡れている時も紫龍はいつもの意地っ張りだった。その愛しさに氷河はぎゅっと紫龍を抱き寄せる。
「俺もちゃんとお前に貰っている」
「カラダなんて云ったら、怒る」
 云わなくて良かったなんて、おくびにも出さず氷河は微笑む。
「お前に必要とされているという誇りだ」

「ほこりなんて、払ったら、すぐ消えそうだ」
「消えない。―――知っているだろ」
「ああ、そうだな」
 言葉で知ったのは今が初めてかも知れない。
だけど、このキモチがあったからこそ、紫龍は素直に目を閉じて、氷河を受け入れることを選んだのだろう。
今、こうして氷河に包まれて、全てを許せる気持ちになれるのだろう。

「―――俺、思い出したことがある」
「うん?」
「老師に、正しい誕生日を教えて下さって、ありがとうございましたと御礼を云ったら、少し哀しそうなお顔をされていた」
「……そうか」
「どうしてか判らなかったけど、何かそんな顔させたのが自分だって思っていたけど、
その理由が判らなくて、ずっと引っかかっていたけど、……うん、今ならちょっと判るな」

「少しだけか?」
「まだな……って、何しているんだ、氷河?」
 折角、摘んだ白い花を紫龍の髪に挿しながら、氷河は平然と答えた。
「コレ、付けて初夜を行ったハナヨメは子宝に恵まれるそうだ」
「先刻と云ってることが、ビミョウーに違うし、大体、ムリだし、子宝」

「絶対、なんてコトはないんだろ」
「大莫迦」と、云いながらも、それでも素直に身を任せられるのは、
目が覚めても、もう本当には一人じゃないと知っているから……。





 そして、白い花に見守られながら、何度目かの二人の蜜月が始まる。



             Fin




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