思った通りというか、大人げないというか、
教皇は執務室にある大きな皮張りのソファの上に胡坐をかきながら、
「遅い」と、えばっていた。

「遅いたって、12時を1分しか過ぎていません?」
「こうしている間にも貴重な休み時間はどんどん、無くなっていくのに・・・。
あっ、もう後、2分もどっかへ行ってしまった」

「・・・そんなお嫌なんですか。降臨祭の予行って?」
「どーも、こーも超、面倒臭い。時間、計りながらの音楽と司会のタイミング合わせ
ばっかりだし、ふけようにもアフロディーテ他が目を光らせているし・・・」と、
去年と同じことを愚痴愚痴と繰り返す。

「貴方の代わりは何方もいらっしゃらないですから。
それに女神ももう少し、大きくなれば外界に出られるようになりますし・・・」と、
これ又、去年と同じ台詞を繰り返してやると、

「───なあ、紫龍」教皇はこの世で神様の次に偉いので人の話を聞かない。
そのくせ、人を見抜く眼力だけはやたら発達しているので、
どうでもいいことまで察知する。

「お前、男と逢ってきて遅れたんだろう?」
 紫龍は答えた。
「俺みたいな教皇のお手付きに、誘いを掛ける愚か者なんて、いやしませんよ」

「そうか?肌もきめ細かいし、締まりもいいし、啼き声も絶品、
尺八の腕もプロ級で・・・」と、激しく人格とかけ離れたこと教皇の言葉を
聞き流しながら、紫龍はこっそりため息を付く。又、嘘を付いてしまった。

実は此処に来る少し前、アイオリアに呼び止められたのだ。
ムウからの手紙を預かっていると。
「ありがとうございます、アイオリア」と、丁寧に頭を下げる紫龍に男は優しく告げる。
「いいのです、紫龍。俺が貴方に出来るのはこれ位ですから」

 そうは云うが、恒例行事である降臨祭どころか、
教皇の直参の命令さえも巧みに拒絶する老師とムウは聖域から既に反逆者と
同等の扱いを受けている。はっきりとした武力行使に出ないのは、

老師が冥界の護り手であり、ムウがこの世でたった一人、
聖衣の修復技術を持っているから他ならない。
その二人とコンタクトを取っていると判れば、紫龍はともかくアイオリアも危険である。

「兄は正しい聖闘士であると、貴方が云って下さったから、
俺は聖闘士になる夢を捨てずに済んだのです」
「そんなことありません。貴方が獅子座の黄金聖闘士に選ばれたのは
全て小宇宙と女神の導き。貴方のお兄さまが生きていらっしゃったら、
同じことをおっしゃったでしょう」

「───ありがとう、紫龍」そう自分を見つめる百獣の王者の清々しい眼差しと
優しい微笑みが紫龍は又、言いそびれてしまう。
 本当は彼に優しくなんてされてはいけないこと。だって、俺は・・・・・。

「───紫龍、お代わり」その声に振り向くと、
自分をじっと見つめる教皇の姿と空っぽのサンドイッチが入った籠。
「───ごめんなさい」あわてて現実に戻る。 
「今はそれだけしか作って来なかったんですけど、あの何か作って来ましょうか?」
 そのおろおろと取り乱す顔が可愛くてもっと、もっと困らせたくなる。

「そういうんじゃくて」と、教皇は紫龍の耳元にこそっと息を吹き掛ける。
「お・ま・え・が欲しいな」
「えっ?」と、抵抗する間もなく彼の上に座らせられて、シャツを取られていく。

普段はパジャマを着替えるのも億劫がる人なのに、
こういった時の素早さは流石、高速の動きを持つ黄金聖闘士か。
「───教皇。ちょっと、本当に止めて下さい」と、紫龍の鋭い窘めも
絡み付く指の動きに邪魔されていつもの迫力の半分も出ない。

 はふぅと吐息を交じらせている間に、ズボンを降ろされ、
ガラスのテーブルの上に四つんばにさせると、何だか本当にデザートの
感じがして、楽しい。
「あー、どうして上げたレースのTバックを履かないんだ?」

「どうしたら、んなもん、履けるんですか?恥ずかしいでしょう。
───あんっ」もっと、恥ずかしい目には色々、合わせている気はするが、
それは追求しないでおく。それにどんなモノに包まれていようと、尻は尻だ。

「でも、いつもと違うところでするって、興奮しないか?」
「────しません。あっ」         
 小さなテーブルの上では動きも制限されてしまい、いつもより迫り出す格好
に成ってしまった双丘をの、柔らかい所に歯を立てる。

「嘘。いつもよりよく締まっているよ」
「でも、まだ、祭の最中なんですよ。こんな所を他の聖闘士に見られたら……」
「構うものか」「神様が見ています」

「────それこそ大丈夫だよ」と、そのクレパスの舌を差し入れながら
教皇は薄く微笑んだ。
「お前だって、それはよく知っているだろう,」
 その時、ノックの音がした。

「失礼します、教皇」
「────おう」と、教皇の返事で扉を開けた彼は責められるものではない。
そして、中の春画に凝固したまま後にフェイド・バックしていくシュラを
教皇はいつもの気やすさで呼び止める。

「こいつ、前の口が淋しそうだから、お前のでつっこんで欲しいのだが」
「はい」と、シュラは事務的に頷いた。
「それがご命令であるならば」
「命令じゃなくて、ごほーび。お前、逆賊を退治したことがあるだろう」

「それが私の使命ですから」
「んじゃあ、要らないの?」
「いえ、それとこれとは話が別ですから」
 紫龍の口に無理遣り、ソレが押しこめられたのと同時に紫龍は夢中で食らい付いた。

 二つの穴から攻められる言い知れぬ快感に、前と後で火花が爆発する。
 そして、神様は見ていた。何もかもご存じで、
一時の快楽に酔いしれる自分を責め立てるように。

「ああっ」一際大きな声をシュラの中に響かせながら、紫龍は果てた。
どこかで誰かの自分を嘲笑う声が聞こえた。


 気が付くとシュラが心配そうな顔で覗き込んでいた。
「大丈夫か?」「すいません」
 紫龍が慌てて起き上がろうとするのを、黄金聖闘士はそのまま寝かし付ける。

「二人、同時じゃきつかっただろ。もうちょい、休んでろ。
俺の膝枕が嫌じゃなかったらな」
「・・・はい」と、素直に頷いてから、紫龍は先程の醜態を思い出す。

初対面という理由ではないが、あまり人様に披露していいものではない。
「何かすみません。お見苦しい所、お目にかけてしまって」
「いや、こっちこそいい目を見せてもらって。・・・悪かったな」
「いいんです。シュラのせいじゃありませんし、待っていてくれたから」

「?」
「シュラ、居てくれましたでしょう?そうゆうことされたこと、あんまりないんで・・・。
大概、教皇の方が先にお休みになってしまいますし、起きるのも後ですし・・・、
起きていると悪戯されるか、気にされないかですから」

 そう云う紫龍にちらりと罪悪感めいた物さえ浮かび上がるのは、
男として当然であろう。それにしても、教皇といえ随分、お羨ましい性生活である。
「・・・君も苦労しているんだな」

「これが俺の仕事ですから」と、にっこり微笑む紫龍が何か愛らしく、つい
「いや、それ以上のことを君はしていると、思うぞ。ほら、そんな安物じゃなくて、
もっと良いものでも買ってもらえばいいだろうが」
と、自分の馴染みの女を思い出して、出てしまった言葉に、

「ああ、これですか」と、紫龍は愛しそうにその小さな鍵型のペンダントを
抱き締める。
「これはペンダントじゃなくて首輪なんです」「首輪・・・?」
「ええ、俺を此処に繋ぎ止めている首輪なんです」

「君みたいな可愛い子を束縛できるなんて、大した鍵だな。
俺もそんな幸運にあやかりたいね」と、髪に触れながら、肩を抱き寄せる。
それから名前を呼びながら、その美しい花弁を奪う。

 百発百中のシュラの黄金パターンが炸裂した時、
「あっ」と、紫龍が小さな悲鳴を発てた。
「今、何時ですか?」
「えっ?四時半だけど・・・」

「────御免なさい」と、今度こそ本当に飛び起きる。
「俺、ちょっと用事があるんです。シュラ、どうもありがとうございます」
「別に礼を云われる筋合いはないんだよな」と、遠くになっていく紫龍を見ながら
男は一人ごちる。その手には小さな秘密が握られていた。



 走っていっても、この方に時間で追い付くことは出来ない。
誰も時間は後から追い掛けられて来るものだが、
この方はその時さえ統べることが出来るのだ。美貌のアリエスの聖闘士。

 その自分を見つめるいつもと変わらぬ真珠のような微笑みに
紫龍も自然と顔を綻ばせる。
 親に(と、云ったらムウは怒るかもしれないが)甘える子供といった趣である。

「どうなさったんですか?降臨祭にはずっとお清めのため、
山に籠もっていらっしゃるのでは・・・・」
「紫龍、落ち着いてよく聞いて下さい」
  こんな時でも変わらない自分に少し自嘲しながらも、ムウは簡潔に事実を述べた。

「老師がお亡くなりになりました。
最後まで貴方にすまないと繰り返しながら・・・・。大丈夫ですか?」
「えっ、はい」と、云ってもよろめいた体をムウに包まれたままなので、
あまり大丈夫とは思えない。

 老師の元から離れて10年。手のかかる大きな子供の面倒で、
自分はしっかりしてきた思ったが、まだ、こんな風な大事な場面では
この二人に頼り切ってしまう。

 あっ、違う。今、こんなことを考えている場合じゃない。
 では、何を考えればいいのだろう。そこで紫龍は初めて大きな壁にぶち当たる。
あの方はもう居ないのだという現実に。

自分を愛し、慈しんでくれたあの大きな手はもう無いのだと。
 その現実に震え始めた体をムウは紫龍をきつく抱き締めてくれた。
「・・・すいません」

「いいのです。貴方にとっては親とも呼べる大事な方ですから。
それに私の本当の用件はこれではありませんから」
 戸惑う紫龍の顔を持ち上げ。その耳元に囁いた。
「貴方を迎えに来たんです、紫龍」

「───えっ?」              
「一緒に五老峰に帰りましょう。そして、老師の跡を継ぐのです。
ライブラの聖衣を。貴方なら大丈夫。貴方の小宇宙は昔と同じ、いいえ、
それより綺麗な地球色なのですから」

「ですけど、俺は……」
「資格がないというのですか?あんな本当に女神が決めたのか判らぬような
下らぬ因習を。例えそうだとしても、貴方は決して汚れてなぞいません。
ただ、翼を折られた天使なのです。私が清めて上げますから、
戻ってらっしゃい。紫龍」

と、昔、師がそうしてくれたように、何度も何度も髪を漉きながら、
優しくムウは言い聞かせる。紫龍は知っている。
話の内容が恐ろしければ恐ろしいほど、ムウの語る言葉は優しくなっていく。
そして、彼をそうさせるのはこの世で自分だけだということに。

「聖域には新しい女神、私たちの正義を立てればすむことです。
あの少女のように───。大丈夫。私に全てをお任せなさい。
貴方をあの鎖から解き放って上げますから」

 最後のチャンスなのかもしれないということは判っていた。
老師が居なくなれば冥界の護り手は聖域側の黄金聖闘士が送り込まれ、
ますますムウは不自由を強いられていくだろう。
聖域に近付くことさえ容易にならないかもしれない。

だが、今、この瞬間、ムウの手を取り、紫龍が老師の跡を継げば、
聖域に対する勢力は現行を維持できる。
いや、うまくすれば全ての戒めを解き放ち、自由に正しく正義を施行できる、
理想の聖域に辿り着けるかもしれない。

 迷っている暇がないことくらい分かり切っている。
なのに口から出た言葉はただ一言。
「───ごめんなさい」           
「いいのですよ、紫龍」ムウは何かも見透かしたように淀みなくそう答えた。

「私も早急すぎました。でも、もしも、貴方がそれを望むのなら、
いつでも云って下さいね。私は貴方の為になら夜叉ににも悪にでも何でも
成れるのですから。貴方がどんなことをしても、私だけが貴方の味方です」

「───ごめんなさい」もう、遥か彼方になってしまった自分を慈しみ、
育ててくれた人に、小さな謝罪を繰り返す。
 ごめんなさい。こんな細やかな言葉がどれ程残酷な響きを持つか
紫龍は初めて知る。なのに、そう小さく呟くのが、紫龍にできる精一杯であった。

「さあ、もうお行きなさい」離しがたい温もりをムウはそう云って、自から引き離す。
 紫龍から去られる位なら、己れでこうやって別れを促した方がいい。
「早く行かないと貴方の大事な秘密が漏れてしまいますよ」

「───ごめんなさい」何度も何度も同じ言葉を繰り返しながら、
紫龍は足早に踵を返す。
 こんなに思い切りのいい所は誰に似たのか。
そして、もうムウに許されたのは見守ることだけであった。



 こうやって、走っているとあの時のことが鮮明に思い出される。
あの時は何が待っているか判らずにただ、夢中だった。
不安に押し潰されそうになるのを堪えるのに懸命だった。
けれども聖衣を貰った聖闘士として誇りが、そんな自分を鼓舞する。

そこにあるものが何であるか知らずに。
そして、今、この部屋にあるものも昔と変わらなかった。
絶望に立ち尽くすことだけを許された男は変わっても、
その愁いを含んだ表情には変化は見られなかった。

「───もっとおどろしい光景を想像してましたか、シュラ。
血がこびりつき、その聖なる空間に流れる空気は呪咀と怨念の固まり。
もしかしたら、何処かに骨さえ転がっているかもしれないって」
紫龍は微笑んでいた。どうして、笑えるのか自分でも不思議だった。

「───貴方のご推察どうりですよ、シュラ。此処が全ての始まり。
そして、本当は何もなかった場所。女神殺しなんてはなかったんです。
いいえ、初めから此処には何も存在しなかったんです。

おかしいと思わなかったんですか?この10年間、一度たりとも
姿を現わさない女神が本当に存在すると思っていたのですか?
古の女神が掛けた封印が解かれ、数々の魔物たちが姿を現わす。

約束の明日までもうすぐというのに、誰も本当の女神を見たことがない。
なのに、誰も信じている。いや、自分のために信じようとしている」
「女神の存在をか?」

「───昔、そうやって頑なに女神の存在を信じて、正義を信じていた人が
要るんです。だから、前教皇は彼を選ばなかった。なのに、彼は禁を破って
しまった。心の中の声に負けて、パンドラの箱を開けてしまった。

───丁度、この部屋のことです。小さな女神がお隠れになる部屋」と、
まるでお伽話の話し方のように紫龍は云う。
 ああ、そうかとシュラも漸く納得する。これは童話なのだ。
だから血なまぐさくて、現実味がないのだ。

「嘘を隠す最良の方法をご存じですか、シュラ。それはさらに大きな嘘の中に
真実を埋葬してあげるんです。女神が居ないという現実を消し去る方法は。
その女神を殺してしまうことです。
そうすれば、彼女が居なくても何の不自然なことはありません。

アイオロスは賢く優しい人でした。たったあれだけの瞬間に、この現実を
利用してある計略を思いついたのです。いいえ、もしかしたら、
彼さえも本当は疑っていたのかもしれないのですけど。
とにかく彼は実行したんです。サガに本当の女神を与える唯一の方法」

「自分が女神殺しの汚名を着ることか?」
「アイオロスに殺されそうに成った女神が要るかぎり、
サガの中で女神は生き続けます。アイオロスが死に女神が生き残る。
そして、サガの正義は正統化されるのです。

 でも、その完璧な計画にもたった一つの落し穴がありました。
サガの中にもう一人、何もかも知っている彼が居たんです。
女神はもう居ない。そのことを気が付いている者が居ることを。

この星はもう神様に見捨てられたいうのに、何も知らずに人は地球を貪る。
この星は本当に美しいのか。神という拠り所がなくては闘うことも出来ない
小さな人間は生きていく価値があるのか。

そして、何より女神という幻影を手に入れるために死んでしまった友のことを。
そうまでして、守らなくてはいけないのか、女神の聖闘士というものは───。
 耳を澄ませば今でも聞こえて来ます。

────誰も助けてくれないよ。地の底から聞こえる少し皮肉めいた、
男の道化師のように哀しく笑い続ける。だって、神様は居ないんだからと。
・・・・・で、どうします、シュラ?」

紫龍はその時、サガに云われた台詞をそのまま繰り返す。
「どうするってなあ」
「方法は2つあるんです。────1つは女神が居ないという全ての事実を
白日の元にさらして、新しい秩序を皆で作り出す。そして、もう1つは・・・」

「お前はどうしたいんだ?いや、どうしてその方法を選んだんだ。
ルシフェルなんて体を汚して、心を捨てて───」             
「好きな人が居るんです。銀の長い髪が静かに揺れて、
この世にこんな綺麗な人が居るなんて思いもしなかった。

初めて逢った時、子供ながらに胸がときめきました。
優しくて思慮深くて博識で、こんな聖闘士になりたいと思いました。
その人が目の前で壊れていくんです。綺麗な心が音を発てて罅割れていくんです。

───抱き締めて上げないといけないと思いました。
抱き締めてないとどっかへ行ってしまうんじゃないかって。
だから、小さなキスをしました。俺にはそれしか出来なかったから。

・・・アフロディーテが云っていることって、あながち嘘じゃないんです。
本当に先に誘ったのは俺の方ですから」
「もう、いいよ」と、シュラは優しい口付けをする。

「だったら、泣くな」
「・・・はい」けれど雫は止まらなくて、シュラはずっと口付ける。
こんな哀しい接吻をシュラは知らない。
────引き替えすんなら、今だぞと思った。 

でも、もう遅いかもしれないと。
 その溢れる涙は川なのだ。全てを呑み込み、夜明けの海に流れ込む。
 堕天使とはよく云ったものだ。天使は人を天国に導く。悪魔は誘惑する。
そして、堕天使はこうやって人を陥れていくのだと。

「────ありがとうございます、シュラ。じゃあ、俺、帰ります」



「あら、珍しい居たのね」
と、ランドセルを抱えた女神は教皇を見付け、そう毒つく。
「今日は貴方の大事な人の命日だから、帰ってこないかと思ったわ。
それともそれすら、忘れて紫龍と猛るの?で、その肝心なお姫さまは?」

「シュラの所にでも行っているんじゃないか」と、顔も上げないで
そう平然と答える教皇に、さすがの女神の堪忍袋の尾が切れた。
「いい加減にしなさいよね。確かに紫龍がふらふらするのは、
聖域の反乱分子を押さえこみ、結束を固めるためだけど、
あんたがしっかり捕まえておけば、あの人の苦労は半分で済むんだから」

「だって、しょうがないだろう」と、王様は酔えないグラスを片手に答えてやる。
「あの子が愛しているのは私じゃないんだから。
どの道、あの子はつらい恋を強いられる運命にあるのさ」
「じゃあ、紫龍が好きな人って誰?」

「私だよ」男は答えた。
「心の中で眠る、今はもう居ない私・・・」
「そうか」お嬢さんは漸く判った気がした。

「サガは紫龍のことが好きなんだ。だから、意地悪するのね」
「そうだよ、わが愛しの女神さま」
 その言葉にお嬢さんは鼻でせせら笑った。

「どうした風の吹き回し?あたしがそんなじゃないって、知っているくせに」
「そう、君は女神じゃない。アイオロスが連れてきた替え玉だ。
でも、本当の女神は君じゃないのか?」

「違うわよ、それも貴方が一番よく知っているでしょう。
私は貴方のために死んでしまったアイオロスの娘。
───それにしてもおかしな人。貴方はこの期に及んでも女神が必要なの」

「私のためではないよ。人のためだ。何だかんだといっても大衆という奴は
目に見えるものが一番、安心するし、第一、神が居ないという事実を
浸透させるのに時間が係りそうだからな」

「あら、神様はちゃんと居るわよ。少なくても紫龍は貴方の女神さまであることに、
違いはないでしょう。神様はね、ただそこに居るだけじゃ神様になれないの。
誰か祈ってくれる人が居なくてはね。あの子は全てを捨て貴方に奉仕する、

貴方はその奉仕に応えている。それこそ本当の神と人の美しい関係という奴で
はなくて。───あら、紫龍。お帰りなさい」そう彼に駆け寄る少女は、
もういつもの小さなお嬢さんであった。

「ただ今」そう答える紫龍もいつもと変わらずに、
「すぐにお夕飯の支度をしますね」
「───紫龍」と、サガと呼ばれた男の腕が、不意に大きく差し広げられる。
「おいで」
「はい、教皇」そして、教皇の胸に飛び込んでいく紫龍はとびっきりの笑顔であった。


                           END




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