五老峰は風光明媚な、言ってみれば観光地、一歩手前という場所にあったので、
「俺は温泉に行くぞおぉ」と、王虎が宣言しても春麗はふーんと返しただけであった。あら、いいわねも、気をつけても何もない。ここ何年、正確に言えば紫龍に会ってから、不毛な人間関係になってしまったが、一言くらい優しい言葉があってもいいようには思われた。

「だからなあ、温泉なんだよ、春麗」
「温泉ならならここにもあるじゃない。しかも露天よ」縫い物から目も離さずに答える春麗に王虎は答える。
「温泉をなめたらあかんぞ、春麗。そもそもなぜ人は温泉旅行に行くと思う?」
「温泉に入りたいからじゃないの?」

 ふっと、これだから素人は、と王虎の頬に自然と笑みが浮かんだ。
「温泉はなあ、ただの道楽とは違うんだ。ましてや、温泉旅行は違うっ。見知らぬ土地で、採れたての海産物をつまみながら、熱燗を一杯。それが温泉旅行の正体じゃないんだ、春麗」と、突如、温泉旅行愛好家になった王虎は喚く。

「普段とは違う環境。そして、グループ以外は皆、赤の他人。言葉さえ一部通じない。その中で垣間見る普段とは違う人間性。判るか?あふれる解放感が人を体ではなく、心を裸にするんだ。温泉はな、精神の安らぎじゃない。裸と裸のぶつかりあいなんだ。魂の格闘なんだ。おまけに旅館じゃ歯ブラシと歯磨き粉がただで貰えるんだ。浴衣だって、ただで貸してくれるんだぞ」

その時、初めて春麗が王虎をまじまじと見つめる。
「何、ムキになってるの?」
「えっ?」
「別に行くなとも、何にも言ってないじゃない。それなのに、べらべらと言い訳したりして。まるで社員旅行で不倫するサラリーマンみたいよ、王虎」

「そんなことないさ、はは」と、微笑みながら王虎の心臓はどきんどきんと高鳴っていた。
「うちの方でちょっと欠員が出ちゃったの」
日付の入った新幹線の切符を差出しながら、女神。
「だから、どうかなあと思って」年に一度の聖闘士の慰安旅行。熱海なのはともかく、どうも話がうますぎる気がする。

と、いうよりこの女の話は聞かない方がいいのではないかと頭の中でサインが鳴り響くのだ。これ、学習能力と人は言う。  
「浴衣って脱がしやすいのよね」唐突に少女は言った。
「お風呂にも入ってるし、布団はたくさん敷いてあるし、宴会始まれば、他の連中の監視もゆるむでしょうし、・・・それより何より、気持ちの方が大らかになるってゆうのかしら。何より一番問題な本人がその気になりやすいのよね」

 詳しいことは、りびんぐ・ゲーム「温泉の一夜」読んでね。祝初キッスだぜ、不破先輩&一角ちゃん。ひゅーひゅー。そして次の瞬間、王虎は虎の子を叩いてその切符を手に入れていたのであった。
 


「それにしても、わざわざこんなもの作ってくれなくても良かったのに」と、おろしたての浴衣に包まれながら、女神さまはのたまう。
「無理に押し掛けちゃったのは、こっちの方なんだもん。却って悪いわ」
「あら、悪いのはいつものことだし、それに熱海の一流旅館を蹴って、こちらに来て下さったんですもの。これ位しなくっちゃ」と、こたつの上にどんと蜜柑籠が置かれる。

毒舌はいつものことだが、よっぽど機嫌がいいらしい。まあ、無理もないかと思う。うるさいのは獣は出払ってるし、(実質的には自分が追い出したのだが)それに何といっても、紫龍が此処に来ているのだ。このポイントは大きい。

「まあ、熱海はちょっと惜しいと思うけどね」お祭り大好き人間だから、年に一度の大無礼講飲み会は結構、楽しみだったりするのだ。(もちろん女神がしても、決してそれは許さない無礼講なのだが)最も折角のその宴も綺麗どころがいなければ話にならない。
「老師は五老からお出かけになれませんから、慰安旅行は無理です。すいません」
それだけが、紫龍の不参加なたった一つの理由だった。

「それも天使よりも清らかに微笑んでよ。そんな可愛い聖闘士の、小さな願いが叶えられなくて、何が女神なのよ」と、沙織は本気にそう思う。
でも、だったら女神が此処にくることはないんじゃないかと思うのは、素人の赤坂見附。紫龍という名の、心の拠り所──理性とは言わない、を無くした集団の保母さんまでやってられない。

「それに、たまには女同士で修学旅行するのも、良いと思って」その言葉に春麗は微笑みを返す。そんな笑顔まで優しく凍りつきそうな、粉雪がちらちらと舞う中。

 大好きな人と、いつまでも大好きな風景に、ゆっくりと包まれる紫龍がいる―――――。



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