「具合はどう?」
「ああ、快適だ。ちょっと痒い時があるがな」と、返った来た答えよりその笑顔に安堵する。
紫龍は大概微笑みを絶やさないが、満面のというのではない。
だが、100点満点といってもいい笑顔は氷河の介護が隅々まで行き届いている証拠だろう。
「本当マメだよねえ」
 自分と入れ替わりに花瓶の水を取りかえに云った人物に、もちろん、当人が居ないから惜しみない賛辞を送る。

「ま、紫龍だけだと思うけどさ―――。でも、良かった、一時はどうなるかと思ったもん」
「すまないな、心配かけて」
「もー、謝るなら僕の方でしょうが」
 紫龍のケガは瞬を庇ったモノだった。しかも、穏やかであるべき日常で。
たまには外で食事でもと、待ち合わせのカフェに居眠り運転のトラックが突っ込んで来たのだ。

とっさのことで、体が動けなかった、ネコが車に引かれるのって、あー、こんな感じなんだと、
頭の隅で呑気に考えて、いや、他に何も出来ず、自分たちが普通の人間であると自覚させられた瞬間、
間一髪で救出してくれたのが紫龍だった。

瞬はおかげでかすり傷で済んだが、その代償として紫龍は右の前腕骨と左足の踵骨を完全骨折、
右足の大腿骨を亀裂骨折、他にも多々と包帯とギプスでがんじがらめにされ、
更に打ち所が悪かったのか、視力までも落とし、今も包帯で光を遮られてと、全身を白づくめで、
もう二ヶ月もベットに固定されているのだ。

「でも、本当に良かった。明日にはギプスが外れて、退院でしょ。おめでとう」
「ありがとう、瞬」
「で、明日には花嫁みたいに氷河に、お姫様だっこで家に帰れるんだ。良かったね、優しい恋人で」

「―――瞬!!」と、叫んだ時には遅かった。
瞬は扉の向こうに消えたし、もう一度、開いた時には氷河が顔を出したからだ。
「どうした、顔が赤いぞ。―――熱でもぶりかえしたか?」
「そんなことはない。大丈夫だ」と、云っているのに、氷河の手が紫龍の額に触れる。
「本当だ、熱はないな」
「お前が過保護すぎだ」
「お前には、心配のしすぎということはないからな。折角、退院まで漕ぎ着けたんだし」

 紫龍は話題が変わってほっとした。
「ああ、お前のおかげだ。―――ありがとう、氷河」
「本当にそう思っているのか?」
「……まあな」
 一瞬、反応が遅れたのは氷河が髪に触る素振りをして、うなじに―――真夜中のように触れたからだ。
「じゃあ、ご褒美をくれるか?」
「えっ?ああ、俺に出来ることなら」
「Sex」
 久しぶりに耳にする単語に紫龍の思考が止まる。

「えっ、えーと、、、」
「何だ?」
「それって、あんまりご褒美にならないんじゃないのか?その、明日になれば出来るんだし、とりあえず……」
「うん、だから、ここで、今すぐに」
「ここでって、、……えっ?」

 車の事故ということで検査も含めた入院を命じられた。
城戸の経営下の大学病院のエグゼクティブの個室とはいえ公共の場であることには違いない。
いつ、誰が扉を叩いても可笑しくはないのだ。それに、自室より病院の壁も厚いとは思えない。
「あー、ギプスまだ填っているんだが。その、フロも入ってないし」
「毎日、体、拭いてやったろ」
「その点は感謝しているが……」

「まあ、どっちにしろあんまり関係ないが」
「関係ないのか?」
「お前だから」
「そう、なんだ……」
「それに俺、ずっとやりたかったし」
「えっ?」
 氷河が不意に紫龍の髪に指を絡める。
この二ヶ月の間だ、氷河は何度も紫龍の髪に触れた。
その時は何でも無かったのに、今は毛先を軽く握りしめられているだけで、頬が高揚した。

「だから、朝起きて、歯ブラシしてやって、熱いタオルで顔を拭いてやって、
三度三度、匙でごはんを食べさせてやって、着替え手伝って、
髪を梳かして、体拭いてやって、シーツ取り変えて、床のズレ直して、洗濯物を纏めて、
……あっ、買い物も行ってやったな。図書館に本も返しに行ったし。
後、熱を計って、薬を飲ませて、包帯を替えて――――その間、ずっとやりたかったから」

「…………そうなんだ」
 こくっと氷河は頷いた。
「潤滑油も持って来たから安心しろ」
(出来るか)と、思ったが紫龍は云えなかった。
この二ヶ月間のことを紫龍は感謝しているからだ。
もちろん、氷河が同じようにベットに閉じこめられたら、それ以上の看護をする自信があるが、
氷河がそうそうドジを踏むとは思えないから、控えめに注意事項だけを告げてみる。

「あの、でも、俺、動けないぞ」
「俺がその分、頑張る」
―――頑張るとか、そうゆう問題なんだろうか。
と、疑問が沸き上がったが紫龍は口にはしなかった。
靴とズボンを脱いだ氷河が紫龍のベットに潜り込む。
器用に紫龍の体に触れないように中腰になって、氷河の顔が目の前に現れる。

影で判る。そう云えば、こんな息をしたら気が付かれてしまう位置にいるなんて、
久しぶりだなと思ったら、唇が盗まれる。何度も繰り返されていく内に溺れていく。
「……もしかしたら、お前、怒っているのか?」
「なぜ、そう思うんだ?」
 氷河の手でするすると包帯が解かれていく。まだ、動けないから紫龍はするがままにされていくしかない。
「傷を作ったし」
「人助けだろ」

「でも、もうちょい遣りようがあるだろうが……」
「お前は後悔してないんだろ」
「当たり前だろ」
「じゃあ、何の問題も無いだろうが」
 にこっと笑顔が返るくせに、ひやりと押さえきれない冷気が飛び交う。
見えないが、目はきっと氷のように違いない。
(―――怒っているじゃないか)と、思ったが紫龍はその点には触れなかった。
こんな時の対処法は大人しく氷河の思うままにさせるのが一番である。
それに口にしたことはないが、自分の体を心配して氷河が怒ってくれるのが、紫龍にはとても嬉しかった。

身勝手なのは判っているし、愛情を確かめる行為が愚かであることも十分、理解しているつもりだ。
だが、氷河の苛立ちに紫龍は愛されていると実感出来る。
もしかしたら、Sexをするよりも。
だから、紫龍は体の力を抜くと、器用に自分とベットの背もたれの間に収まった氷河にそっと呟いた。

「その、、……優しく頼むな、まだちょっと痛むから」
「いつも優しいだろ。ほら、もっと体重こっちにかけろ」
「そう、か?」
 氷河の手が器用に包帯と肌と突起を刺激していく。
「そう、だな。……あんっ、」
 ロクに慣らされない内に氷河自身が鋭い牙になって、紫龍の裂け目を切り裂こうとしている。
久しぶりの痛みと、自身の重みに耐えかねて、腰を浮かそうとした紫龍を氷河は許さなかった。
「大人しくしていろ。―――足に悪い」
「〜やっぱりお前、怒っているんじゃないのか?」
「そんなはず、あるわけないだろ」

 氷河は白い白い蜘蛛の巣にがんじがらめになって動けないでいる紫龍に酷く優しく囁いた。
その腰を、砕かない程度に強く抱き締めながら。
「だって、お前はこんな時しか、大人しく俺のモノにならないだろ」

「あんっ」と、紫龍が返事のようにうめき声で抗議を上げた。もちろん、聞かなくても氷河にはその答えが判っていた。



-fin-



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