「普通気が付くと思うが」と、その大きなリボンを外しながら氷河は言った。
「眠っている時ならまだしも……」
 睡眠中の紫龍の完璧な眠り姫状態を本人よりよく知っている氷河であった。
 その言葉に思い当る節があったのか、紫龍はほんの少し頬を赤く染めたが、結局何も云わず、氷河に身を任せただけであった。とにかく、今は分が悪すぎた。
「まあ、こーゆーシツエーションもHでいいが」何かプレゼントの包みを解いているようなわくわくした気分。その点では感謝している氷河である。
「大方、ちょっと重いとは思ったのだが、まあ沙織さんのすることだからって、ほっといたんだろうが……」
「……もしかして妬いているのか?」
 突然、紫龍が云った。
「俺がお前じゃなくて沙織さんのなすがままになっていた事を」
 その瞬間、氷河はにっこりと微笑んで、光速の勢いで受話器を取った。内線の17番は、広い城戸邸内、全館に通じるのスピーカーになっている。
「あーあー、パーティーにご出席の皆様、お知らせがあります」氷河の声がスピーカーからステレオになって響いてきた。
「頼むから、」これ以上耐え切れなくなって、紫龍が鏡の前から叫んだ。
「俺が悪かったから、早いトコなんとかしてくれ」
 その瞬間、ふっとではなく、ぷっと氷河の口から笑いがこみあげてしまった。
 七色のリボン。少資源を叫ばれているこの時代に抗う過剰包装。贈り物のリボンのような大きなバラをふわふわと頭にのっけて。ついでにあの美しい黒髪は細かい三つ網に分かれ、頭の先と尻尾をベルベットのリボンで丁寧に結ばれていた。
 今日々、フランス人形だってこんな頭はしていないだろう。
「悪かった」同じセリフを今度は氷河が云った。紫龍は滅多に声を荒げて怒ったりしないが、代わりに柳眉をほんの少し逆立てて、黙って怒るのだ。それも唯一特定の人間に。はっきり云ってそれをされると、ベットに連込むどころか、二人の時に口さえもきいてくれなくなる。こういう時は早目に頭を下げるのが、上手な紫龍の操縦法だった。
「俺が悪かった」
「……早くしてくれよな」まだ怒りが治まらないのか憮然と紫龍が返す。
「もうすぐパーティが始まるんだから」
「……判った」
 と、お姫さまを束縛するリボンの山に触れた時、そっと紫龍の唇が氷河の手に降りてきた。
「お前だけが頼りなんだ」紫龍も又、氷河のコントロール方を熟知しているのだった。実際、こんな恥ずかしい格好を、折角パーティに来てくれた皆に、とくに老師やムウなんぞに見せられる理由がなかった。
 相変わらず、紫龍の宇宙の中心も別な所にある。まあ、それはともかく、しばらく二人でそうやって、頭の除去作業に夢中になっていると氷河が思い出したように云った。
「毛糸玉があるだろう。解した毛糸を持っていてもらって玉を作っていく奴」
 突然、何を云いだすとは思っても、紫龍は軽く相づちを打つ。氷河はゆっくりと話の続きをはじめる。二人の会話だった。
「あれを昔マーマとやったんだが……」
「それがどうかしたのか?」氷河の思い出話を聞く時の紫龍はいつでも優しい。その優しさに少し甘えたい氷河であった。
「二人で同じ時間、飽きもせず同じ事を繰り返していた……。目の前のマーマがいて、マーマが微笑んでくれるだけで、冬将軍がいくら戸を叩いても、そこだけは春が来ていた……」
「……それで?」
 寝物語りをせがむ子供のように、紫龍はほんの少し氷河に重みを乗せる。
「それで、延々と続く幸福のオルゴール。そして、それが止まった時、俺は気が付いたときにはミイラになっていた……」
「えっ?」
「ちなみに俺はただ、毛糸を持っていただけだったのだが、……」どうやら俺は不器用らしい」イヤな予感がした。
 それで、という声も震えてしまう。
「……お前ってやっぱり本当に鈍いな」
「うわっ」紫龍は言葉を失ってしまった。鏡の中にいるのは、冒頭よりも晴れがましい髪型になっている自分だった。“小鳥の巣”とでも云った方がぴったりくる。
「まあ、しょうがないな」氷河はとっくに開き直っていた。紫龍のためには何でもしてやりたいと思うが、人間には向き不向きがあることを、ここまでやってようやく悟った氷河であった。
「瞬でも呼ぶか」と、諦めて電話に手を延ばそうとする手を、紫龍が拒絶した。
「イヤだ」きっぱりと云い切る珍しいなと氷河は思った。紫龍が否定の意志を露にする。いや、それは紫龍が否定感情を持っていないというのではなく、普段は、こーゆー小さな事は物足りない位にそっけない人であるという意味である。
 しかも、それもこんな時間が押し迫った時に。後少しでパーティが始まる。
 彼を大好きな人が、彼のために集まった彼が天から降りたことを祝う宴。
 それに紫龍が遅刻する理由にはいかないのに。
「だけど、こんな恥ずかしい格好を見せられる理由ないだろうが」
「でも、俺には見せてるだろ」 
「見せたんじゃなくて、勝手に見たんだろうが!!」本当はトイレで一人でせこせこ直していたのだ。そうだ。氷河がやって来て、俺が直してやろうかなんて云わなければ、事はもっとスムーズに運んでいたのに……、
「違うだろうが」と、人の思惟をいつもいつも妨げる横柄な冷たい声。
「俺にだけは見せてもいいんだろうが」
 一人鏡に向かっていた紫龍の少し途方に暮れた表情が、氷河に見つかった瞬間、ほっと緩んだそれに変わる。きっと変わった方は判らないんだろうな。だから、永遠に鬼ごっこは終わらないのだろう。
 そんな風な少し潤んだ瞳で黙って見つめる紫龍を氷河はいきなり抱き留めて、耳にそっと接吻をした。
「……、氷河っっ」紫龍の抗議も虚しく、氷河は器用にスーツのボタンを外していく。「まあ、そんな事は置いといてだな」
「誰に物を云ってるんだ」
 そのままベットに押し倒される。唇が段々下の方にやってくる。
「あんっ」いきなり触れられたそこに、紫龍が軽い悲鳴をたてた。
「俺だけじゃ不服か?」耳元で囁かれる、体の疼きを増長させる呪文。
「……何がっ」朦朧となってきた頭に響く声。その真摯な瞳に見惚れている隙を狙うかのように、唇が侵されていく。
「だから、パーティの出席者がだよ」
 ケーキもプレゼントも蝋燭も、百万の笑顔も拍手も何もなくて。ただ、この自分だけが、貴方への贈り物。
「ああっ」けれども、紫龍はもう氷河が何を云っているのかさえ判らなかった。伝わってくるのは、氷の聖闘士が扱っているの
とは思えないほどの、熱い腕───。  

「あのさ、氷河」
 一頻りの宴が終わった後、いつものように氷河に抱かれていた紫龍が突如、思い出したように云った。
「何だ?」横たわる黒髪を優しく漉きながら、氷河が答える。
 多分、昔の思い出にも似た紫龍に一番優しく出来る時間。
 だが、紫龍はそんなロマンチックな時間に相応しくなく、ちょっと眉を寄せて氷河に問いかける。
「あの時、ちゃんと電話切った?」
「えっ?」
「だから、さっきお前がいたずら電話をしようした時」
 その時、はっきりと空気が凍る音がした。氷河はそっと受話器を置きながら答えた。
「と、云う理由で皆の了解も取れているから」
「……取れてない、取れてない」
「まあ、そーゆー理由で」
「どーゆー理由だっ」
「まあ、取りあえず……」
 氷河はそっと紫龍に口付けを送った。

                  
                   HAPPY BIRTH DAY
                          紫龍
    


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