たっぷりと10秒間見詰め合った後、デスマスクはやっと口を開くことができた。
「何、やってんだ、おめぇ」
 対する紫龍の方はあっさりとしたもんだった。
「隠れている」
「そりゃあ、わかるって」

 磨羯宮にあるパテオの。デスマスクがそこに来たのは朝帰りの千鳥足で自分の宮にそのまま帰るのがかったるかったから。
定例の呑み会に紫龍が来るからと、臆面も無く云い放ち、一杯だけで部屋に戻った男に対する嫌がらせもあった。
ともかくベンチで風に吹かれて一服しようとしたら、その下にある隙間に紫龍が体を丸めこませていた。
「寝ていた」とか、「瞑想」とかの返事の方が驚きだ。

「で、何で隠れているんだ。下の小僧とかくれんぼか?だったら、大声で呼んでやらないこともないが」
「それは‥」
「おい、紫龍、見なかったか」
「いや、全然」
 実際やばかった。シュラの小宇宙を感知して、とっさに紫龍は身をさらに縮みこませ、デスマスクはベンチで足を大きく組み、ジャケットをぱさりと横に置き、うまく紫龍を隠すことにする。
「‥‥なんだ、逃げられたのか?」
 返事は冷たい視線のみ。一瞬、エクスカリバーが飛んでくるかと冷や汗をかいたが、シュラはそのまま踵を返した。
どうやら、彼自身もなりふり構ってられないというところか。

「で?」
 奴が見えなくなってから、それでも30秒きっかり計ってから漸くはい出てきた小僧をベンチの横に座らせた。
急場をしのいでやったのだから、理由を聞く権利はある。
「何だ?」
 埃を振り払いながら子供がそう抜かすのをデスマスクはおかえしとばかり冷たい視線で一瞥して、それから、やっと気が付いた。
紫龍は薄いシルクのパジャマを着ていた。ガウンもカーデガンも着てなかった。
おまけにはだしだった。
「なんて、格好をしているんだ、お前」
 シュラが血相を変えるわけだ。

 どうやら、ベットからそのまま抜け出した子供は、くしゃんとくしゃみを一つする。
デスマスクはジャケットを手に掛けようとしてそれから止めた。
そんなことは、ガラではないし、友人で同志であった男の元に当然のように鎮座した異分子に対しての、自分の役割は一つだけだ。
「何だ、おめぇ〜。もしかして、あんまり大きくて、びびったか??それとも、ムリヤリそうゆうことになって、恐くて逃げたのか?」
「そんなんじゃない、莫迦」と、ののしられるはずが、かあーと、頬を染めてベンチの上で膝を抱える子供から、やがて小さな返事。
「シュラが、……すごくやさしかった」
「はっっっっっっっっ?」
 デスマスクがあまりにもすっとんきょうな声を上げたので、紫龍が慌てて云い添える。
「いや、いつも優しいんだけど。なんか、その、いつもと違って……」

 紫龍は一生懸命、言葉を探そうとしたがダメだった。脳裏に浮かぶのは、体中に落とされる口付け。
「しりゅう」と、掠れた声で、何度も呼ばれた名前。それは今までよりも甘く優しい声。
その度に、胸が熱くなって、それ以上に、シュラの体は温かかった。
ただ、抱き締めてもらうよりも、ずっと。それが全部、優しく柔らかく紫龍を包み込んだ。
一瞬の痛みも、すぐに体の中でとろけていった。
このまま溶けてしまうのかなと思った。
胸の中が温かいものが満たされる。
これが幸せなんだと初めて知った。
シュラが与えてくれた。全部。
「嘘みたいだ」と、呟くと、
「全部、本当だよ」と、教えてくれた。シュラは微笑んでくれた。
 だから――――、

「……もしかして、恥ずかしくて、逃げたのか?」
「だって!」と、紫龍が叫んだ。けれども、その言葉尻はどんどん小さくなる。
「……だって、どんな顔をすればいいのか、判らないじゃないか」
 先刻よりも頬を赤らめる思わず、膝を抱え顔を覆い隠す子供に、デスマスクは一本、煙草をくぐらすと云った。
「オメー、もしかして、パンツ、履いてないのか?」
「うわっっ」と、奇声を発した紫龍が裾を引っ張る間もなかった。
瞬間、ベンチがまっぷたつに裂け、デスマスクはバランスを崩して尻餅を付き、紫龍はシュラの胸にすっぽり抱かれていた。

「えっ、――――シュラ?」
「大丈夫か、紫龍。ヘンなことされなかったか?」
「あっ、はい。俺は……」
 大丈夫ではないのはあおりを食ってまっぷたつになった紫龍のお気に入りのベンチと未だ、しりもちをついたままの黄金聖闘士である。

「そうか、良かった。心配掛けるな」
 本当は謝るつもりなんか無かった。
いくら相手が気心が知れた黄金聖闘士といえど、いきなりエクスカリバーを放つのは無礼と咎められても文句は云えない。
ヘタをすれば千日戦争に発展しかねない。どちらにしても紳士的な振る舞いとは云えない。
ガウン一枚で自分を捜し回ることを含めてだ。
 でも、シュラの張りつめていた顔がふっと和らぐ。小さな安堵の溜息は昨日のキスより甘く、紫龍に忍び寄る。
「すまない、シュラ」
 その言葉が自然に出てきた。紫龍はぎゅっとシュラの首に手を回した。こうすれば真っ赤になった自分の顔が見られなくてもすむ。
「じゃあ、帰るぞ」
「って、歩ける。シュラ」
「裸足だろうが」
「そうだが……、でも……」
「イイコになるんじゃないのか?」
「〜〜〜」
 わざわざ口に出すのは自分への当てつけと、見せつけたいのもあるのだろう。
それと、照れ隠し。長いつき合いだが、あんなに取り乱した所を見るのも初めてだった。
案外と人間らしい所もあるのだということに、――――しておこう。
 ふと、顔を上げると紫龍が自分に向かって、小さく会釈をしているのが見える。
「やりすぎて、壊されるなよ」
「莫迦!」
 そう叫ぶ声を聞きながら、デスマスクは煙草を取り出し、火を付け、いつもより苦い煙草を噛みしめた。




Fin









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