聖域の守護神である沙織の攻撃はいつも唐突で気まぐれで、

突拍子が無かった。実際、その瞬間まで昼下がりの居間は静寂

そのものであった。年下達が買い物に出かけ、一輝のコーヒーを嗜み、

氷河と紫龍が千ピースのパズルを楽しんでいる。

退屈と云っても良い午後。

しかし、一輝を横切り、テーブルの上にあるパズルを凪払いのけると、

女神は宣戦を布告した。

「ねえ、紫龍の付き合っている人って、私の知っている人?」

 突然の展開に呆然としながらも、紫龍はちろっと………後、

3ピースで完成だったモノクロの小さな恋人達を前に唖然とし

ている氷河と、微動だにしない一輝を見てから、答えた。

「この前も云いましたけど、別に付き合っているってワケでは……」

「でも、紫龍が好きな人ならいるんでしょう」

 この場合ならまだ十分、誤魔化せた。

特に相手にヒミツにしておきたい紫龍の場合、沈黙と微笑みだけで良かった。

が、彼の頬は紅葉よりも赤く緋く………、

その誰かを深く想っていることが、一目でわかる赤になった。

そして、沙織は生じた攻撃のチャンスを見逃すほど甘くはなかった。

「じゃあ、誰か当たったら『そうです』って云ってね。嘘付いちゃイヤよ」

「……はい」

 自分の笑顔には決して逆らえない紫龍の言質まで取ると

少女はゲームを開始する。

「あのねえ、私、一生懸命考えたんだけどね。

紫龍の好きな人って、……ムウでしょう?

そうよね、付き合わないと色々やばそうだもんね。

手に職を持っているし。ちょっとインケンぽいけど、

恋人には優しそうだからいいか。えっ、違うの?じゃあ、シュラ?

でも、出逢って一時間足らずで無理心中を図るような男はね。

縁を切る時もややこしそうだしさ……、

情熱と云うより、思いこみが激しすぎるのも考えものよ。

あら、一緒に死線を彷徨ったのに、これも違うのか。

紫龍もなんだかんだと理想が高いわねって、……そうか、老師ね。

手取り足取りしている内に芽生えるロマンス。

じじいのくせにやるじゃん、ひゅーひゅー。

でも、年寄りの冷や水っていうかさあ、同衾した次の日に、

冷たくなっていたりしたらイヤンな感じだから、それだけは気を付けてね。

まあ、外れなの。じゃあ、デスマスク?

あの人、頭、悪いじゃん、はっきり云って。

その分、コントロールしやすそうだけどさ……。

コレもダメ?そうか、星矢でしょう。そーよね、昔から目を掛けていたもんね。

友情が恋愛になるパターンね。でも、星矢モテモテだから、後が大変そうって、

……ってこれも外れなの。ぶーぶー。あっ、じゃあ、瞬でしょう。

顔は似てないけど、性格は兄貴にクリソツつうか、違う意味で王様?

っていうかハーデスだから神様か。えっ、コレもペケ?

……まさか貴鬼なの?そりゃあ将来性は◎だけど、いくら何でもやばいって、

あっ、やっぱり違うの。判った、じゃあ……」

 その後、たっぷりと一ダース以上の知人の名前が羅列され、

流石の沙織も息継ぎを必要とした時、紫龍は漸く口を挟むことが出来た。

「沙織さん、先程から、男の名前しか出てこないんですけど……?」

「んじゃあ、女の子なの?」

 紫龍は何も答えられなかった。ただ顔を赤らめていた。

想いを伝える術を知らない、白百合の乙女のように。

その様子から彼女は一番、認めたくない人物の名を連想してしまい、愕然となる。

「………まさか、やっぱり氷河なのね?そーなのね」

「それは貴方の彼氏でしょうが……」

「やあだあ、氷河は彼氏じゃないわよ。ただのボーイフレンド」

「そう、一杯いる内のガールフレンドの一人」と、

答えた金髪の男の数少ない取り柄である美貌を指先で抓りながら、

女神は先程は無視したコーヒーを楽しんでいる男に問いかけた。

「ねえ、一輝はどう思う?紫龍の好きな人」

 指名された男はその問いに答えなかった。

ただ、黙って立ち上がり、居間から姿を消そうとした時に、紫龍と呼んだ。

「何だ?」

 答えはない。ただ引き返すと紫龍の手首を掴み、

そのまま居間から消えてしまった。室内は又、最初の静けさを取り戻した。

「どうしたのかしら、紫龍。お話終わってないのに」

 そう云って自分で入れた紅茶を飲み干す彼女に、氷河は溜息を付いた。

「沙織、わざとか?」

「何が?」

 目をぱっちり見開いて、小首を傾げてみる。

長い髪がさらさらと音をたてる所まで計算尽くなのは判っているが、

それがウソを付いている証拠だとは限らない。例え、

「そう云えば一輝って、前は屋敷なんてうろついたりしなったけど、

この頃、門限もちゃんと守っているし、ボディガードもばっくれていたけど、

相方が紫龍の時はちゃんとやるようになったし、

何か心境の変化でもあったのかしら?

氷河はどう思う?」と、問いかけてもだ。

 所詮、聖闘士は女神に服従するものだし、

ましてやネコのように気ままな女王な恋人に逆らう男は居ない。

それはかっきり5分で………沙織が紅茶用の砂時計を律儀にひっ繰り返していた、

居間に戻って来た紫龍も同じことだろう。

見れば先程とは比べものにならない位、憔悴しきっている。

「あら、紫龍。思ったより早かったわね。一輝の御用事ってなんだったの?」

「夕ごはん……」ぜーぜーと息を切らしながら、紫龍は答えた。

「夕ごはんはカツカレーがいいと」

「あら、ワタはスパゲティが好きよ。ナポリタン」と、云いながら、

沙織は紫龍のその長い髪を不意に掻き上げて、白い肌シミにに触れた。

「あら、紫龍。首筋の所に赤くなっているわ。どうしたの?」

「えっ?」

 沙織が触れた先に何があったか思い出すのに一秒。

それから息を呑んで、紫龍は大きく息を吐き出した。

沙織の決してそらすことを許さない琥珀色の瞳をじっと見つめて……、

恐らく漸く考えが纏まったのか紫龍は答えた。

「それは先程、大きなダニが居て、食われたんです」

「まあ、とてもとても大きなダニだったのね。

あら、紫龍。でも、どうしてそんなに息が切れているの?」

「それは沙織さんや皆に被害が及ばないように、

追いかけて踏みつける為、廷内一周をしたからです」

「まあ、それはさぞかしお疲れでしょう。

私が紅茶を煎れて差し上げるから、ちょっと待っていてね」

「はい、ありがとうございます、沙織さん」

 どういたしましてと云うように、沙織はスカートの裾をち上げて、

一礼をする。台所にやっと消えた沙織を見送ってから、

紫龍は……まだ息は絶え絶えだったが

、隣に居て、全てを黙って見続けている男の名を呼んだ。

「あのな、氷河」

「何だ。紫龍」

「今の話、沙織さん、信じてくれたよな。少々、荒唐無稽だったが……」

 氷河はしばし、沈黙を選んでしまった。沙織の演技力は

ハリウッドでも通用するというのが、もっぱらの定説であった。

そうでなければ周囲に可憐で愛らしい財団会長を認識させられるはずがない。

それに対して今のやりとりはどう見ても棒読みだった。

学芸会だった。新人アイドルと同じだった。

しかし、氷河はそのことに触れなかった。

紫龍を思いやってというより全ては憶測であったし、

憶測であって欲しかったからだ。だから、男は曖昧に微笑んだ。

「大丈夫だと思うが……、沙織もああ見えて単純な所があるからな。

何だ、やっぱり女神にはヒミツにしておきたいのか?」

「それもあるけど……」

 紫龍は少し迷ったが、氷河にはうち明けることにした。

友として彼が一番自分を心配してくれているといると、紫龍は判っていた。

その誠意に応える方法は氷河に正直になるのが彼が一番喜ぶことであったし、

紫龍も又、一輝と違う意味で氷河のことを信頼していたからだ。

「………あいつに迷惑が掛かりそうだからな。俺がヘマをすると」

「……お前って本当に可愛いな」

「何するんだ、氷河」

 もごもごと腕の中でもがいていたが、どうして離すことが出来るだろう。

この愛らしい無垢な魂を。氷河は思いきり力を込めた。

ただ、彼に出来ることは彼をぎゅっと抱きしめることと、

自分と紫龍に平穏が訪れることを祈るだけであった。

もちろん、その祈る神は目の前にいる少しだけ嫉妬深く、

そして、絶対に恋人の言いなりにならない女神にだが……。

 がらがらとわざとらしい音を発てて、テーセットが絨毯にばらまかれる。

「酷いわ。やっぱり私はただのカモフラージュで貴方たち出来ているんでしょう。

私のことを弄んでいたのね」

「違います、沙織さん。氷河が勝手に……」

「いーのよ、いーのよ、紫龍」

 特技である自由自在に流れる涙をフィーバーさせながら、

沙織はしゃくり上げながらも、口跡ははっきりとしていた。

「貴方が幸福でいてくれることが私の最大の望みなの。

その為なら氷河の1匹や2匹、差し上げてもよろしくてよ」

「いいえ、それには及びませんし、俺だって貴方の為なら、

この命を投げ出してもと思っているんですよ」

「あっ、そう」

 ぴたっと涙を止めると、太陽のような眩しく沙織は微笑んだ。

「んじゃあ、命は要らないけど、今日のゴハン、スパゲティがいいな。ナポリタン」





 そして、紫龍の受難はEndlessEnd

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