菓子があるから食べに来ないかと誘われ、韋丈夫の黄金聖闘士とスイーツの取り合わせにいぶかしげもしたが、紫龍は初めて、――――前回は非常事態というか、不法侵入だったので、磨羯宮の扉を叩いた。
「どうぞ」と、エスコートされ、通された彼のリビングのテーブルには色とりどりの、パイ、プリンやゼリーにワッフル、山盛りのクッキーとフルーツに、箸休めの代わりなのかサンドイッチ、そしてチョコや生クリームでトッピングされたケーキ達、それだってあくまで総称で、紫龍の名前の知らないモノまで所狭しと並べられ、甘い芳香を醸し出している。

「どうしたんだ、コレ」
「作った」
「アナタが、ですか?」
「他にいるか」
「そうだが、―――趣味なのか?」

「料理はするがな。菓子は初めて作ったから、――――呼んどいて何だが、味は保証しないぞ」
「でも、美味しそうだ」
「多分な」と、云うと紫龍が笑った。
「多分なんだ」
「いかんせん、甘いモノだからあまり味を見ても判らなくてな。ま、分量道理に作ったから、不味かったら本に文句を云ってくれ」

 シュラとしては恐らく緊張しているだろう、背筋を真っ直ぐ伸ばしている子供をリラックスさせたかったのだが、紫龍は少し怪訝そうな顔をしている。
「どうした?」
「いや、大したことではないが……」
「今更、遠慮するなよ」
「何で、甘いモノ嫌いなのに、お菓子なんて作る気になったんだ?」

 それは……と云いかけた唇は結局、もう一度、閉じられ、今度はまじまじと目の前の子供を見つめる。なぜ、そんなことを問いかけるのだと、いうように。
「どうしてなんだろうな?」
「自分のことではないのか?」
 シュラは何だか急に腹が立った。紫龍の質問は尤もであるが、人生に起こること全て数式のように割り切れるものではない。例えば、生きて再会して、自分に屈託無く微笑みかける目の前の子供のように。

「お前はどうなんだ?」
「へつ?」
「自分のこと、全て論理的に説明できるのか?」
「――――すいません」
 かつて、自分に挑み掛かってきたのが嘘のようである。しっぽがついていたら、しゅんと項垂れているだろう。シュラはなんだか、きまり悪くなった。

「……すまんな」と、云うと紫龍が顔を上げた。涙はない。当然だ。この程度で泣かれたら、この部屋からたたき出す口実が出来るのだが、実際、シュラの口から出た言葉は、
「実はな――――俺も驚いている。考え事なんて」
「そうなんですか」
「なんです」

「―――へえ、珍しい」と、思わず呟いてしまったヒトコトに紫龍は後悔した。
 何でも決めつけるなんてコトは出来無い。彼のことを良く知らないのにだ。
逢ったのは数える程度だった。しかも、キチンと膝を交えて、しかも二人だけでハナシをするなんて、初めてなのに……、
 だが、紫龍は危惧とは裏腹にシュラは別段、気にする様子を見せなかった。
「ああ、俺もそう思う。まず即決できないことがあるというのが驚愕な事実だな」
「そうなんだ。俺は考え込むから」
「あっ、そんなタイプ」
「そう見えますか?」
「見えないと思うか?」
「どうして、俺は怒られたのに、シュラは云いたい放題なんです?」
「そりゃあ、やっぱり性格だろう」

 そう偉そうに結論づける大人に、子供は疑問をぶつける。
「……良かったら、そのお菓子の山との関連性は?」
「それは、ただ考えごとをしていても時間の無駄だろう」
「そうか?」
「何も生み出さない。だったら、その間、生産的なことをしていた方がいいだろ。手を動かしていても考えごとは出来る。ちなみにその前は掃除をしていた」

 正確には磨くものがなくなったから、お菓子作りにせいを出したのだが、おかげで台所を二度片づけるハメになったとシュラは笑うと、紫龍は真面目な顔で答えた。
「強いな、シュラは」
「強いだろ、黄金聖闘士だからな」
「いや、そうゆう意味じゃなくて、……なんというか、その精神的にって意味だ」
「羨ましいか?」
「うーん、どっちかっていうと、見習わなくてはって、思った」

 この子らしい関心の仕方だと思った。が、あからさまに賞賛されるのも面はゆい。
「大したこと無い。肝心な考え事の方は、あまり纏まらなかったのだからな」
「本末転倒という奴だな。でも、美味しそうだ」
「つい作る方に集中して。ま、頭はクリアになったからいいけどな、、、って、
お前が変なことを云うから、フォンダショコラのアイスが溶けているぞ」
「わっ、すまない」
「さあ、召し上がれ」

 はいと紫龍は手を合わせてから、フォークを握る。その幼い一つ一つの仕草がシュラには好ましく見えた。
「あっ、美味しい」
 下にさらりと解ける甘さはしつこくなく、紫龍好みだ。
「それは何より。お代わりは紅茶にするか、コーヒーにするか?」
 ご希望通り、2杯目の紅茶が白いティーカップに注がれ、こくっと一口、飲み干すと、紫龍はもう一ついいかと、聞いてきた。、
「レシピが知りたかったら、本を貸すぞ」
「そうじゃなくて、……あの、どうして俺なんだ?」
「何が?」
「お茶会の招待」
「単に他に思いつかなかったから」

 だが、そう云った瞬間に、頭の中では何でもどん欲に消化し、美貌の養分にする薔薇と、菓子でも酒の肴にしてしまうヤツを思いだしたが、シュラはあえて口には出さずに、
「だって、お前、好きだろ、甘いモノ。しかも、ごってりじゃなくて、仄かに甘いヤツ」
そう答えると、紫龍が怪訝そうな顔をする。

「どうして判ったんだ?」
「うん?だって、パーティの時、必ず取っているだろう。ケーキとか」
「そんなに目立ってました?」
「――――いや、でも、一つ一つ丁寧に幸せそうな顔で食べていたぞ。
……何だ、そのブラックチェリーパイはイマイチか?」

「あ、、いえ、美味しいです。そうじゃなくて、その……、甘いモノが好きなんて子供みたいじゃありませんか」
「だって、子供だろ」
「それは――――アナタから見ればそうなのだろうが」
「いくつだっけ?」
 14才ですと紫龍は答えた。へえ、と、シュラは声にしてみた。
「まあ、でも、そんなもんか」
「甘いモノが好きだからか?」

 紫龍の年は黄金聖闘士の中でも、少しだけ話題になっていた。東洋人だから、見かけよりは年齢は食っているはずだが、他の青銅聖闘士聖闘士と比べると子供とはいえない顔をしている。19才と云われても納得できそうだし、一方でアテナよりも年下でも頷けてしまいそうだ。
「そうか、14才か」改めて口に出して確認すると、その年相応に見えるから不思議だ。だが、いきさつを知らない当の本人は、少し心配そうな顔をして、又、フォークを皿に戻している。シュラはちょっと慌てて、フォローを入れた。

「いや、年とは関係ないだろう。単に嗜好の問題なんだし、タバコよりは体に悪くはないだろ」
「食べ過ぎは、でも、身体に毒だ」
「お前がそんなヘマをするとは思えん。例えば――――アテナの日本のお住まいで、ケーキが一つしか無くて、他の青銅の小僧共とかアテナが居たら、譲るだろう。美しいケンジョーの精神ってヤツで」
「よく知っているな」
「ああ、だって、そうだろう」
「そうじゃなくて、日本語の方。でも、そんなにりっぱなモノじゃない。
―――単に食べないだけですよ。ああ、俺が食べるべきモノじゃないって」

「昔から定められたみたいに、宇宙の真理みたいに、天の遠い所に済んでいる人が定めたみたいに、うちのおじょーちゃんが、決めたことのようにか?」
「別にそんなオーバーなことじゃないです」
 紫龍は少し語気を荒げた。
「たかがケーキのことですから。まあ、最後のは合っていますね。沙織さん、甘いモノ、好きですし」
「それは、アテナの聖闘士としての女神に対する義務か?」
「小さな女の子だからです。もちろん、プライベートという意味ですが。……シュラはそうではないのですか?」

「何が?」
「例えば、ケーキが一つしか無くて、沙織さんと二人きりでだったら?」
「それはもちろん、女神に進呈。――――甘いモノはキライだからな。
でも、大トロの寿司だったら、俺が頂戴する。女神の美容の為にな」
「ヘリクツだ、そんなの」
「そうか?俺に云わせれば、前提事項がおかしいと思うがな」
「?」

「もし、大トロの最後の一個が女神と俺との間で、残されたとしたら、考えるより早く、譲り合うより素早く、女神は俺より先に手を出すから、俺が心配することではない」
「うっ、そうかもしれませんが……」
「かもじゃなくて、かなりの確率だろう」
「沙織さん、ですが本当は優しい女の子なんですよ。ただ人よりもちょっと負けず嫌いなだけなんだ……」
「紫龍、それはあまりフォローになってないぞ」

 おかしいなと笑えばいいのに、真剣に悩んでいる。紫龍は何をするにしろ真面目なんだとシュラは改めて思い知る。今だって、紫龍は先程の命題を考えながらも、一生懸命にスイーツに取りかかっている。フォークの使い方は綺麗だった。几帳面にケーキを等分して、少しずつ口を動かしていく。その様子が微笑みを誘う。しばらくそうやって紫龍が食べる様子を見ていたら、子供はアイスとアップルパイを全部、食べ終え、紅茶を飲み干してから、

「シュラは何を見て居るんですか?」
「ああ、いや、旨そうに食っているなって思って」
「そ、そうですが……」
 紫龍は持っていたカップを置いて、少し困った顔をする。
「マズイのか?」
「そうではない。俺だけ食べているのは、ちょっと……」
「何で?」
「何でって……、俺一人だけ、口を動かしたり、恥ずかしくないですか?」
「そうか、恥ずかしいか」
「可笑しいか?」

 揶揄したつもりは無かったが、紫龍はちょっとムッとしたようである。
「怒っているのか?」
「そうではないが、からかわれるのは、ちょっと……」
「からかっているつもりもない。ただ、何というか……、そうゆう所も含めて面白いと思って」
 今度こそ紫龍は完全にむくれたようである。

「俺は別に貴方を面白がらせる為に居るんじゃない」
「でも、それはウマイだろう」
 紫龍の手にちょこんと載っているアイスクリームを指さす。
「あっ、うん」
 素直な子供はすぐに菓子に気を取られる。
「じゃあ、大人しく食え」
 紫龍は未だ何かいいかけたが、諦めてスプーンを口に運ぶ。すると又、笑顔が零れた。
「美味しい」

 そうだろうと、笑うシュラは、聖剣を宿している男とは思えず、紫龍は又、言葉を無くす。本当は何か大事な話をしなくてはいけなかったのだが――――、
えーと、あれ?なんだっけ?と、思った時にはシュラの膝の上に、――――揺れた身体を上手く誘導してもらったのだ、懐いていた。
「シュラ、」と、男を見上げて紫龍が小さく呟く。
「かたい」
「俺も重いから、オアイコだな。……大丈夫か、お前」
「はい、でも、アレ、お酒入ってました?」
「うん、ちょっぴりな。――――もしかして、酒、初めてか?」
「そうじゃないけど、……あんまり得意じゃない」

「すまんな。今度は気をつける」
「気をつけてくらさい。――――あっ、シュラ」紫龍が一生懸命起き上がる。
「思いだした」
「何をだ?」
「云いたいこと。――――シュラ、本当は俺に話があったんじゃないのか?」
「えっ?」
「だから、俺を呼んだじゃないのか?」
「話っていうか……」

 まっすぐ自分を見つめる子供に、シュラは苦笑を漏らした。
「話というのは、――――まあ、とりあえず長くなるから、又今度な。今は寝ておけ。女神には帰れないと連絡しておくから、安心しろ」
 自分でも随分適当なことを云っているという自覚はあったが、紫龍も酔っているのだろう。反論する気力もないらしい。素直に、はいと頷いた。
「では、よろしくお願いします」

 今度こそ、紫龍は寝入ったようである。満ち足りた顔でシュラの膝を枕にしている。。シュラはその長い髪を撫でた。思っていたよりずっと柔らかく滑らかな手触りだった。
 この無防備に眠る唇をこじ開ければ恋になることを、男は経験的に知っていた。だが、それよりも今は眠る子供を見守りたい。恋とまだ名付けられない気持ちをもう少し楽しみたかった。
「又、今度」と、云った自分に頷いてくれた子供を、気長に待っていたい。そんな優しい気持ちになるのも初めてのことだった。もちろん、ただ待つのではない。

例えば今度の自分のバースデーに特大のチーズケーキ――――今回、紫龍が一番手を伸ばしていたのだ、で招待をする。もちろん、一人だけ。
――――その時、あの子はどんな顔をするのだろうか。



 そう画策するシュラの顔にも紫龍と同じ微笑みが浮かんでいた。


−Fin−

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