「はい、オヤスミナサイ」と、瞼にキスをして、毛布を首の所まで引っ張っていって、頭かなんか撫でてやると、少し潤んでいる切れ長の真っ黒な目が、
「やらないんですか?」
「何を?」
「Sex」

 シュラはやれやれと溜息を付いた。

「と、いうか、やりたいのかお前」
「いや、全然」
――――なんか、こっちまで頭が痛くなってきたが、それは云わないで、シュラはもう一度、前髪をくしゃくしゃとしてやる。
「じゃあ、今日はもう大人しく寝なさい」

 だが、優しく促しても聞き分けの良いヨイコの御返事の代わりに、ぴとっと毛布からにょっきり出たてがシュラのシャツを引っ張る。

「俺が邪魔になったら、いつでも云ってくれ」
「――――はっ????」
「他に誰か居るんじゃないのか?」
「何でそうなるんだ?冗談でも怒るぞ」

 と、いうかもう怒っているのだが、紫龍の円らな瞳は相変わらずだった。

「いや、久しぶりなのに、手を出さないのは他に相手が居るから、性欲の処理をする必要を感じないと思っただけだ。もし、ホントウなら、早く云って欲しい」
「早くも何も」シュラはもう一度、溜息を付いた。
「紫龍、この体温計、何℃か判っているか」
「39℃。それくらいは判る」

 だったら、なぜもっと簡単なことが判らないのかと云いたくなるのをぐっと堪え、シュラは優しく語り続ける。

「つまり、病人相手にそんな気にならないだけだから、安心して休め」
「俺は平気だぞ」
「はっ?」
「Sex。熱があるだけだから」

 その熱が問題なのである。原因が戦闘時における受けた傷による発熱――――ご丁寧に久しぶりの抱擁したら倒れ込んだという、付き合ってから何度も垣間みることになったパターンであるから尚更だ。熱に犯されている紫龍がいつもより艶ぽくても、故意なのか、熱さからなのか胸元を大きくはだけさせても、シュラはイイコと頭を撫でて、灯りを消して、立ち去らなくてはいけない。男はもう一度、溜息を付くといつも以上に聞き分けのない子供に問いかける。

「いつもは、キスでうっとりしても、ベットの上で押し倒されても、土曜日じゃないからダメとか、あの、ちょっととか云うくせに、今日はどうして、そんなにやりたがるんだ?」
「いくら、ちょっとっと云っても、やらなかったことは無かったのに、どうして、今日はしないんだ?」
「だから、」

 本日、何度目の台詞なんだろうと思いつつも、シュラは驚異的な辛抱で一言一句、変えずに同じことを繰り返した。

「熱があるからだ」
「……そうだな、移ったりしたら、コトだからな」

 原因はウイルスによるものでないので、感染の可能性は極めて低いが、それでも紫龍が納得してくれたことで、一歩前進ということにしておこう。

「で、」ぽふっと枕元に腰掛けて、ぽんぽんと、背中を叩いてやる。
「今度はお前の番だぞ。お前はどうして、そんなにやりたがるんだ?」

  すると、紫龍はきょとんと首を傾げている。

「別にやりたいわけじゃないのだが……」
「 ――――何だ」
 ややあって、シュラは漸く合点がいった。
「一人じゃ淋しいんだったら、素直にそう云えばいいだろうが」

 素早く、シャツを脱ぎ捨てると、紫龍の横に滑り込むと、紫龍が慌てふためいた。

「ダメだ、シュラ」
「何がだ?」
「いや、あの、でも悪い……」
 さんざん、ごねていたのは悪い内に入ってないらしい。

「だって、もしかしたら、移っちゃうかも知れないだろう」
「だけど、側に居て欲しかったんだろ」
「……だから、一層やることやって、移った方が後悔しないだろう。前向きだし」
「お前の考え方って、愚かで面白いと思うがな」

 シュラははだけたパジャマのボタンをかけ直す。紫龍は身じろぎもせず、大人しく身を任せていた。

「もう少し俺のことを、――――信用しろ」

 シュラは言葉を選んだつもりだったが、実際、口から出たのは凡庸な単語に過ぎなかった。なのに、熱の所為か、理解しようとしないのか、紫龍はやっぱり、不思議そうな顔をしている。

「しんよう?――――しているじゃありませんか」

すねたような口調、上目遣い。だが、シュラは続ける。

「俺はお前のためなら、何でもしてやるってことだ」
「何でもですか?ホントウに?」

本当だと、答えると紫龍が、えへへと笑った。

「シュラって優しい」
「知らなかったのか?」
「キジョーイ、止めてくれないじゃないか」

 男はオーバーな仕草で天井を仰いだ。「……今、わざわざ云うことか、それ」

「だって……」
「キライか?」
「えっ?」
「騎乗位」

「シュラは好きなんだ?」
「好きキライはいけないって教わらなかったか」

 知っていて云ってると、添えてから、子供は宝の在処を告げるように小さな声で、こっそり告げた。

「……キライというか、恥ずかしい」

 それじゃあ、しょうがないなと、シュラは紫龍の鼻をつまんだり、頬に触れたりしながら、耳元にそっと囁く。

「恥じらうお前がカワイイから、もっともっとHなことをしたくなるんだ」
「もっと、もっと?」

 紫龍は随分とご機嫌だった。いつもだったら、むくれるところをきゃっきゃとはしゃいでいる。原因はいつもより高い体温であることも、実はしゃべるのもツライと見てとれるたが、ずっとこのままでも叶わないと不埒な考えが男の頭をよぎる。もちろん、それは一瞬だけで、すぐにシュラはかいがいしく紫龍に水差しを示す。子供は何の迷いもなく、その細いガラスの吸い口から、水を飲む。

「お前は本当にカワイイな」と、そっと額に口づけをすると、くすぐったように身を捩りながらも体をすりよせてきた。又、少し汗ばんできた体をシュラはそっと抱き寄せると、紫龍が又、笑う。

「……シュラって、どうして優しいんだ?」
「どうしてだと思う?」紫龍は答えた。
「キジョーイをする罪滅ぼし?」
「すまん、……そのネタ、もう引っ張るな」
「ネタじゃにゃい」

 ぷうと、膨れる所が、ただのピロートークであることを物語っている。とは云わないで、シュラは不意に真面目な顔に
なると、厳かに云った。

「だけどな、もし、お前が本気で願えば止めてやるよ」
「本気、ですか?いつでも、本気ですよ。」
本当にか?と、シュラがじっと見つめると、紫龍の頬が熱ではなく、赤くなる。
「お前、ホントウに嘘が付けないな」
「シュラだけですよ、そんなことを云うのは。――――何でだろ」
「本当に、判らないのか?」

こくんと、首が縦に振られる。
シュラはくしゃくしゃと頭を撫でる。紫龍は目を瞑る。小さなあくびが洩れる。
薬が漸く効いてきた紫龍は、だから、


「じゃあ、判るまで俺が教えてやるよ、ずっとな」その呟きは子守歌のように遠く、
「ま、判ったとしても、離れないけどな」その誓いの口付けは子供の眠り誘発していった。




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