「これ、なんですか?」

「やるよ。それ」

「えっ、でも……」

「だって、お前の為に買ってきたから」

 この磨羯宮に転がり込んでくると、

やんちゃにし放題された部屋を片すのが紫龍の習慣だった。

 ならば、彼が最初に洗濯を始めるベットの上に白い袋にピンクのリボンを

転がしておけば、自然に紫龍が手に取るというもの。

我ながらなんちゅう、スマートなプレゼントの渡し方だろう。

誕生日もクリスマスもとっくに過ぎてしまったのに、

思わず買ってしまった青いパジャマ。別にペアルックを気取った理由でも、

脱がしやすいからという目的で選んだのでもない。

ただ、紫龍に買ってやりたかった。あいつの喜ぶ顔が見たかった。

なのに、紫龍は云うのだ。

「本当にいいんですか?高く有りませんでした?」

確かにダイエーでしかも、二千円から使える株主優待の割引券を用いたが、

それほど心配されるほど薄給の身の上ではない。

「でも、指輪なんて………」

「えっ?」

 紫龍の小指に光る薄い青を放つ指輪を見付けたシュラの動揺はもちろん、

一瞬だけであった。

「良く似合うな、それ」

 そう微笑みを作りながら、ひんやりと、シュラの背中に滝のような汗が流れた。


─────まずい。あれって、確か──────

「えー。だから、何でそうなるのよ?」いつもの酒場のカウンターで、

バーボンのストレートを煽る男を睨み付けながら女は云った。

「しょうがないだろう」シュラは至極真面目に答えた。

「あいつに取られちゃったんだから」

「だから、それが解せないの」

信じられないのは小さな恋人を世界の中心にしているこの男だった。

昔は格好いいと信じていた自分にも。

「ちゃんと理由を話して、取り戻せばいいじゃない」

「それが出来ればこんな所でうだうだしてねえよ」

「こんな所で悪かったわね」

 べえーと舌を出しながらも、二杯目を作って上げる気の良さに感激してしまう。

「大体、あの指輪ってさ、あんたが熱出したところ、

あの子にみっともなくて見せられないからって、

あたしを呼び付けた時にうっかり忘れたものじゃない?」

 それだって、ほとんど同時にあの家に付いたので、

あの子に遠慮して手料理を奮う暇さえなかったのだ。

「そうゆう状況で何で指輪を落とせるんだ?パールピアスじゃあるまいし」

「こうゆうのって恩を仇で返すっていうのよね」

 うっとりと遠い目をする女は、次の瞬間、いつものように屈託なく笑った。

「でも、しょうがないか。これも運命よね」

「何だよ、いきなり」

「やだ、忘れちゃったの?あれってあたし達が付き合ってる時に

貴方が初めて買ってくれた指輪なのよ。お前によく似合うってさ」

「嘘だろ」

「本当。だから、あの指輪は貴方の愛する人の所へ転がっていくのね。

だから、いいのよ」

 全然、良くない。その駄目押しの笑顔に、酔いが一気に凍った。

もちろん、彼女がそんなことをぺらぺらしゃべる女ではないのだが、

紫龍は一度、彼女とご対面を果たしている。不味い。

今はいいが、全ての配置が崩れた時、傷つくのは紫龍なのだ。

「……取り返してきます」

「頑張ってね。まだ、ローンが残っている私の指輪」

だが、最後の一言は小さな声だったので、

男には聞こえないようであった。

「やっぱり男の指に宝石って似合わないな」

と、珍しいシュラの真剣な表情であった。

「やっぱり返品しよう。

で、此処はお揃いにシルバーのペアリングなんて、いくないか?」

「そうですか?」

 紫龍の疑問は最もであった。

男の物にしては細い白い指にプラチナがあって、

その上に三日月の夜を閉じこめた薄い紫があった。タンザナイト。

十月の誕生石。紫龍の石。偶然とはいえ文句なしに可愛かった。

ああ、これが俺の指だと思うと、嬉しくて、堪らなくて、キスしたくなる。

いや、いかん。違うのだ。だが、紫龍は駄目押しを加えるのであった。

頬さえ染めて。

「だって、これはシュラが一番最初にくれたものですから」



「わあ、可愛い、見せて、見せて」

と、沙織に云われる前から晒し者の指であった。

「いいなあ、私も貢ぐ男が欲しいなあ。でも、珍しいわね、

本当は装飾品なんて好きじゃないくせに」

 潔癖な老師に育てられたせいもあるかもしれないが、

台所仕事が多いのも手伝って、腕時計もめったにはめない彼であった。

 だが、にっこり笑って紫龍は答えるのであった。

「ただの嫌がらせですから」



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