「私らシモジモっていうか、下働きの人間から見れば、蟹様、アナタ様がナイスガイなのはじゅうじゅう承知しております。最初にこの食堂の食材の、高いばっかでしなびた野菜しかもって来なかった業者を脅して、安くていいものを持ってこさせるようにしたのも、マージンを貰っていたハゲでデブの料理長をクビにし、上手いメシ作れる元雑兵を料理長に据えたのも、訓練生のエリアに水洗便所をつけたのも、デキ婚の娘に金を包んでそっと故郷に帰してやったのも、蟹様がうまくとりなしてくれたから、男も脱走兵扱いにならずに、退職金もらって、無事、所帯を持つことが出来ました。

おかげであの子も今やりっぱな母です、毎年クリスマスカードが届いてますでしょう?そんな小さなことから少々のあれもこれも、この聖域が旨く廻ってるのはみんな蟹様のおかげです。ご謙遜は結構ですよ。うちらじゃ困りごとがあった時は蟹様に頼めってなっているんですから。聖域目安箱に入れるより、ずっと早くてしかも、想像以上の成果。まあ、今年の時給は1セントも上がりませんでしたが‥、え?後で掛合って下さるって、

・・・・本当にいつもいつも申し訳ございません。そんなこんなで、皆、蟹様に感謝しているんです。でもね。だからこそ、云わせ貰うと紫龍ちゃんに対する態度、あれだけは頂けません。もうカプリコーン様にやられてしまったといえ、まだまだウブなんですよ、あの子。私らにはあっ、ガラにも無く照れているんだな〜、ツンデレって蟹様の為の言葉よねえと判ってもあの子には通じません。素直にそのまんま受け取ります。そこが紫龍ちゃんのいい所だって、知らない蟹様じゃざいませんでしょう。もちろん、カプリコーン様程そつ無くやれとは申しません。出来ないでしょうし。ですが、もうちょっとあの子には紳士的に振る舞った方がようございますよ。

そうすれば万が一のことが、確率は低いですが、限りなく0に近いですが、あるやかもしれませんから!多分ですが。人生を諦めちゃいけませんよ、

蟹様。そうそう私の甥ッコも……」と、漸く話が一段落をつくのを見計らって、デスマスクは、オバちゃんと、ちょっと大きな声で賄い婦を呼んだ。
「わりぃ、…ラーメン伸びる」
「あっら、ごめんなさい」
 って、そのまま丼に収めるのをデスマスクは珍しく見逃すと、
「で?」と、続けた。
「はい?」

「いや、だから、どうして、オレがあいつにそうゆうことになっているんだって聞いているの」
「えっ??」今日、何度目かになるかはともかく、彼女の手からお玉がこぼれ落ちた。
「蟹様。まさかマジで云ってらっしゃいますか?」
「あたぼうだよ」
「本当に?」
「くどい」

「って、蟹様がドラゴンちゃんにアチチなのを知らないのは、
当のご本人だけだというのに」
「だから、んなワケないだろうがっっっ!!」

 瞬間、デスマスクの小宇宙はエイトセンシズまで高まり、背後に積尸気の渦がまいた。
相手が一般人だろうと、子供の頃、菓子を作って貰ったとか、給料日前にツケで食べさせて貰ったとか、バレンタインにチョコレートをくれるとか、最早そんなことは関係なかった。体中に怒りだけが渦巻いていた。

最も、聖域の備品を壊すと給料から天引き+便所掃除の刑が待っているので、実際は食堂中に響くテノールの怒号だけが轟いているのだが。
「なんで、俺様がくそ生意気な、キツイだけのチビ。しかも、涼しいツラしてエロ山羊のお手付きに、
そうゆうことにならなくちゃ、いけないんだよ。ババア。積尸気冥界覇をお見舞いするぞっ」

 その途端、デスマスクの頭に火花が散った。

「何をするんだ!」
と、後ろを振り返ると、デスマスクは息を呑んだ。それはいつにない冷たい視線におののいたからではない。
「それはこっちの台詞だ。全く!」

 実の所、おばチャンはせっせとサインを送っていたのだが、そんな彼女の様子にも、後ろに立っている人の気配にも気がつかない、黄金聖闘士に非があるだろう。ともかくその話題の主は、もう一度、お盆でデスマスクの後頭部を叩くと、大きくため息をついた。

「仮にも黄金聖闘士が聖域の職員の方に向けて、小宇宙を発動させるとは何事だ、恥を知れ」
 大丈夫ですかと、心配げにおばチャンを労わる紫龍に、
「なんで‥」と、怒りより先に疑問が湧き出る。
「なんで、お前ココにいるんだ。毎日、山羊が特大のランチボックス作ってるだろうが。
それとも何だ、昨日、がんばり過ぎて、朝、起きられなかったのか??」

 もう一度、手に持っていたお盆で粛正をした後、それでも紫龍は律儀に答える。
「お前と違って、シュラは朝、早くの任務が入ったから、今日のランチは辞退したんだ。
……それに、ここの醤油ラーメンって時々、食べたくなるしな」
「……そうなのか」

 そのラーメンはデスマスクが試行錯誤の末、完成したものだった。特に、東洋人も少なく、肉体労働者の多い聖域では、ぎらぎら豚骨はまだしも、需要は見込めないのでは?という、調理場主任の反対を押し切り、メニューに加えたあっさり味の東京風醤油ラーメン。ロドゲリス村の地鶏と無農薬野菜をふんだんに使い、一週間くたくたになるまで煮込み、隠し味には、蟹の甲羅。こだわりの細い縮れ麺は、もちろんカンスイ無しで、スープに合わせるためのこれまた、麺打ちの修行をして一から作った、ラーメンは完成までに3ヶ月を要し、その間、ほとんど不眠不休(寝るのは会議の時だけ)だった。
 この、デスマスクのオリジナルラーメンを、女神は一口食べた後、一気に丼の汁まで啜り、

「蟹、私が許します。聖闘士、辞めちゃったら」
「って、おい……」
「本当に心の底からそう思ったの。この腕なら首になっても、十分やっていけるわ。いえ、むしろ懲戒免職にして、うちでチェーン店を出さない。料理長で引き抜いてあげてもよろしくってよ。給料、今の五倍、いえ、十倍までに出すわよ」
「で、結局、アンタにこき使われるのか」
「秘書にセクシーダイナマイツを付けるわよ」
 その言葉に一瞬、心惹かれたが、
「で、結局、お前の部下には変わりないんだよな」

「グラード財団にプロデュースを任せてくれたら、カリスマシェフとしての、富も地位も名声も、夢じゃなくてよ」
 正直、自分の料理の腕はソレ位の賞賛と賛辞は当然だとデスマスクは思って、いや、知っていた。
伊達に、この腕で何人ものブロンド美人を陥落し続けてきたのではない。彼女たちに、シーフードカクテルを作り、ビシソワーズスープ、そして、変化球にハンバーグ(これで大概の女は家庭的と勘違いしてくれる)デザートにブランマンジェを作れば、大概の女は今度はデザートをご馳走してくれる。
 だが、ベットで寝そべりながら、

「パリの三ツ星レストランより、美味しかったわ。今度は子羊のソテーを作ってぇ」と、しなを作りながらの一言よりも、なぜか、この小憎たらしい少年の言葉が妙にひっかかった。
「……そうか、旨いか」
「って、もう行ってしまいましたよ、紫龍ちゃん」
「えっ?」と、目を丸くするデスマスクに、彼女の目に白いものが浮かんだ。

「せっかく、いいところを見せられるチャンスだったのに。あっさり味が好きな紫龍ちゃんの為に、醤油ラーメンだって作ったのに、可哀想な蟹様。
いつも、いつも、こうやってカプリコーン様に美味しいところを奪われて。。」

「奪われてねえし、大体、あの小僧なんて、別にどうでもいいって云ってるだろうが。
てゆうか、何でオバちゃん、紫龍ちゃんなワケ?いつから、知り合い??」
「日本から来る時、必ずおみやげを持ってきてくれるんです。五人のご兄弟の中であの方だけです。私達のようなシモジモにまで、気を配ってくださるのは」

 優しく母のように微笑むと、彼女はデスマスクのどんぶりに、チャーシューを3枚重ねる。
「本当にあの子はいい子ですねえ。だから、私らとしましてはカプリコーン様よりも、蟹様とくっついてい頂いて、色々、内助の候みたいな感じを願っていたのですが。
判ってます。判ってますって。何も云わないで下さい。
これは、ほんの気持ちです。あたしらだけは、蟹様に何があってもついていきますから」

「……ありがとう」反論する元気もなく、とりあえずチャーシューの礼だけ云って、デスマスクは手近な席につく。
少し離れたところに、シュラと紫龍が陣取っていた。声は聞こえない。だが、随分、弾んでいるように見えた。
箸で摘んだチャーシューをシュラの皿に運ぼうとして、そのまま食べられているようだった。
瞬間、呆れたような表情も見せるも、シュラが耳元で何かをささやくと、そのまま真っ赤になってから、微笑む。
ああ、そうだ、あのガキはいつもシュラの前だと笑っている。

 その様子に背中を向けて、デスマスクは箸を取って、一口つまんだ。



・・・・・・・ラーメンは伸びきっていた。その冷えて不味くなったラーメンを、デスマスクは、ずるっと飲み込んだ。

         

     

Fin









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