「シュラ、あの……」と、いつものように控えめに小さな声で紫龍が云った。真白いシーツの中、黒い髪が微かに揺れる。
「お願いがあるんですけど……」少し切れ長の瞳を上目遣いにして、少し甘えた猫の表情。けれど光の陰影によって支配者のそれにも思える。
(……どっちにしても、無意識にそれをやってるから恐いけどな)と、ごちてみても、発せられた命令を無敵に叶えてしまうのだから、尻に敷かれていると云われても仕方がない。
 とあれ、この頃少しばかりエスカレート気味の『我儘』とか『暴君ぶり』に、瞬間、身構えたシュラに、しかし、紫龍は出会った頃のような少しはにかんだ笑顔を見せる。
 誕生日にプレゼントがほしいんです。
忘れていく夏の思い出のように、紫龍はただ、一言そう云った。

「で、何をおねだりしたわけ?あんたの愛しの可愛子ちゃんてば」
その馴染みの酒場の未亡人の好奇心にシュラはため息を付きながら、バーボンを煽る。
「だから、誕生日にプレゼント」
「だから何を買ってあげるのよ」
「だから、プレゼント何だってば」
 10秒間の猶予を与えられたが、さすがの百戦錬磨の彼女でもまだ理解できない。
「───つまりだ」痺れを切らしてシュラ
が云う。まさか主導と追従が入れ替わって、全く同じ会話展開するとは思わなかった。
「俺が選んだもんなら何でもいいって奴だと思う、……多分」
「何よ、その多分てのは?」
「だからプレゼントがほしいって、それだけでにーこにこにーこにこ微笑むだけんだもんな」
それも難攻不落の微笑みで。
「だから、俺はそれを探さなければならないんだよなあ」と、ため息の代わりにグラスに手がのびた。
「でも、とりあえずは何でもいいんでしょう?」と、新しいグラスを作りながら、彼女が云う。
「月並みだけど花束でも上げれば?」
「切り花、嫌いなんだよ、あいつ。可哀相とか云って」
それに植物関係では五老のあの山に太刀打ちできるとは思わない。
「服とかアクセサリーは?」
「そーゆーちゃらちゃらしたもんも駄目」 
我儘なくせに物欲はないに等しいのだ。たまに欲しいものが出てくると、……何となくついシュラが買ってしまうのだから、一年中プレゼントは上げていると云ってしまえばそれまでである。それに服は下心が見え見えで何か気恥ずかしい。
「下心って?」
「だから、脱がせたいからそーゆーのプレゼントするっていうの」
「……でも、もうしてるんでしょう」
「うん」だったら、関係ないじゃないのと思ったが、それは客に対して云うべき詞ではなかった。
「じゃあ、どっか旅行でも行けば。温泉とか、海が見えるホテルとか……」
「旅行もちょこちょこしているからなあ。今更、特別になんかできないよな」
 思えば肌を重ねたのだって別にどちらかが誘ったわけでも、無理強いしたのでも、押し倒したのでもなく、自然に、まるでそ
うなることが普通ように─────。  
 気が付いていたら、紫龍があの部屋にいるようになった云う感じで、スペアキーも作っておいたら、何時の間にか無くなっていて、そう、目に見えない、もしかしたら始めて逢った時から時から始まっているかもしれない、二人きりのリビング・ゲーム。  まして、「愛しているよ」なんてもう贈り物になんかする必要もないくらいに、いつでも云いたい時、聞きたい時に囁いて。「……でも、プレゼントって気持ちでしょう」と、彼女が云った。
「あの子だったら、何ででもきっと貴方の気持ちを判ってくれるわ」
「だから、その俺の気持ちに合う代物が思い浮かばないんだよなあ」
カウンターにのの字を書いても、いいアイデアなんて浮かぶ理由がなかった。
「あいつとこーゆー関係になって始めてだもんな。誕生日って」だから、“特別”を送りたいんだよな。
「……結局、あんたのろけているのね」
「うっ」はっきりと頷けないのが、却ってつらかった。
「でも、大変なんだぞ、あいつと暮らすのって。外面いいくせに俺にはやたら突っ掛かるし我儘だし、午前様にならないように帰らなくちゃならないし……、誕生日のプレゼントも判らないし……」口が段々と重くなっていく。呂律がうまく回らないが、飲まずにはいられなかった。
「だってさ、あいつの期待だけは裏切りたくないからなあ……」
「シュラは本当にあの子のこと好きなのね」彼女の声が妙に、そこだけ別空間のように優しく響いた。
「……あたし、あの子が何欲しいか判っちゃったc」跳ね起きたシュラの目にいつもより妖艶な彼女が映る。いつもより数段、美人に見える彼女が不意にシュラの顎を掴んだ。
「内緒」
 あのなあ……。
「ツケ払ってくれたら、教えてあげてもいいけどね」と、無理を承知で云ってみる。
「……やっぱりプレゼントって云うのは自分で考えないとな」
「やっぱり無理だったわね」ふふんと笑われても、これから紫龍のプレゼント(未定)いくら費やされるのか判らないので、出費は出来るだけ控えておいたほうがいい。 だったら、こんな酒場も早く出た方がいいのだが、純粋にここのお姉さんと呑むのは(ママと云うと怒るのだ)楽しいのだ。 妻も子もいるが、心優しい愛人が(いや、してないけどね )いい男の必須条件というし。まあ、紫龍に逢うずっと前からのなじみなのである。これくらいは大目に見てほしい。
……だから多分、あの子が欲しかったのはいつもより“自分”のことを考える貴方よね、きっと。





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