「どうして、動物園なんですか?」
 いきなり紫龍にそう尋ねられてシュラは困ってしまった。が、その表情をさらけ出すのはちょっと尺に障るので、
「楽しくないか?」
「楽しいですよ。思ったより」
「檻の中に入れられている動物が可哀相で怒られるのかと思った」
「それは……、まあ、でもそれを云ってしまう人間に関与している動物、総てが可哀相じゃないですか?」
「まあ、そうだな」
最もココがもっと劣悪な環境だったら、異を唱えるのはやぶさかではないだろうと、小生意気にも付け加える。

「その点、この動物園は広々としてますし、動物たちの居住スペースも水場もふんだんにありますから」
「そうだな」
 東京都はいえ、外れの方だけあって、やたらと土地があることをいいことに虎も熊も檻ではなく、切り立った崖を模した敷地に放たれている。
ちょっと、客からは離れているがスペースを自由に走り回る様は都会の動物園とは違った臨場感があり、見ていて飽きない。
勿論、動物たちはもっと広くもっと自由を求めているのかもしれないが、その議論は今、必要とは思えない。

「じゃあ、他に何が問題なんだ?」
「ええ、ですから、どうして動物園に誘ってくれたんですか?」
 時計の針が一回転。どうやら、誤魔化されてはくれなかったらしい。
「どうしてって……」

 じいっと自分を見つめる瞳はまっすぐで、目は逸らせない。たかが、動物園に一緒に来ただけでこの力の入りようは何なのだろう。
いや、さっきまでは結構、楽しそうにしていたのだ。時折、走り出しそうな、それでも自分の側を離れない子供との距離は、手を伸ばせば、その手を捉えられる距離。
ささやかなシュラの目的。なのに、ソフトクリームを手にした、勿論、シュラが購入したものなのだが、急に難しい顔になっている。

「ああ、紫龍、垂れているぞ」
あぅっと、慌ててソフトクリームを一生懸命嘗める、そして、その後ろに見える親子連れとおぼしき団体、乳母車を押している若いい母親、
中にはハイヒールなんて履いているチャレンジブルな女も居る。
どうやら、紫龍にばかり見ていて、あまり目に入らなかったらしい。そんな自分に苦笑すると、目の前の紫龍が、

「ほら、又」と、ややが入る。
あー、そうかと漸く思い立った。
「もしかして、――――お前、動物園に来たり、ソフトクリームを買ってやったりなのは、
俺がお前を子供だと思っているのがイヤだったのか?それは違うぞ、紫龍」
「違うって?」
「お前が子供だったら、俺が誘わない。ただ……、ほら、紫龍。あそこにユキヒョウの子供が居るぞ」

「えっ?本当ですか」
 くるりと、シュラの差した指の方向視線を向ける子供にシュラは苦笑する。に
「ほら、こんな風に話題につまったら、動物にアシストして貰えるじゃないか」
「そうゆうもんですか?」と、云いながら紫龍はユキヒョウの方に夢中だ。

 もちろん、それだけではない。海は近くにありすぎるし、遠くへ行くのにはちょっと、身構えられたらオシマイだ。
映画は好みがイマイチ把握できてない。ピクニックもなんだか訓練と修行の延長になって、ヘタをすると黙々と目的を目指すだけな気がしてならない。
そうして、思い当たる。

どうせなら、聖域ではお目に掛かれないような笑顔を見てみたいし、話も聞きたい。
それに動物の好みをみれば次のデートの対策も立てやすい。
 そこまで考えてシュラは又、苦笑する。
 こんなデートは初めてだった。今までの相手とは、別に最後にベットに入れれば、何を思っていようと、好みが何だろうと構わなかった。
ましてや、次のことなど考えたことも無かったのだから。まさに、今日という日に相応しい。

「なんですか?又、笑って」
「いや、今日は俺の誕生日だなあと思って」
「へっ?」紫龍の切れ長の瞳がまん丸になる。そんな顔もカワイイなあと思っていたら、
「わっ、すいません」
「?何を謝っているんだ」
「いや、だって、その、何も……。シュラにはクリスマスプレゼントだって頂いたのに」

 その紫龍の首に巻かれている灰色のプレゼントを整え、男は又、笑う。今日は自然と笑顔が零れてくる。
「違うだろ、紫龍。こうゆう時は」
 あっ、すいませんと、もう一度謝ってから、紫龍は今度は深々と頭を下げた。
「おめでとうございます、シュラ」
「ありがとう、紫龍」
 とっておきの笑顔を見せたのに、紫龍はなんだか、難しい顔をしている。

「ですから、えーと」
「どうした?」
「その……これは挨拶のような、ものです」
 最後の方はほとんど呟きに近かった紫龍の唇がすっと近づいて、すぐに離れた。
ほんの0.1秒位なはずなのに、まだ、頬が熱い。それ以上に頬を真っ赤に染めている紫龍が先に叫んだ。

「あっ、シュラ。あっちにオオカミが居るみたいです」
「えっ?どこだ」
 と、探すフリをしながらも、実はそんなに珍しい動物でもないなと思いながらも、今にも走り出しそうな紫龍の手を捕らえて、捕まえて、
「ほら、行くぞ」
「あっ、はい」と、云いながら、紫龍の方も手を離す気配も無い。
とりあえず、目的を以上を果たした悪い男と、その小さな恋人は狼の宿舎の方に歩いていった。


Fin









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