初めはトーストと常備していたポタージュ位の簡単なものと思っていたが、
気が付くとパーティの残骸物であったターキーの骨をそぎ落とし、
冷蔵庫に残ってあったレタスを合え、冷製サラダを作ってしまった。
手が止まらなかった。ターキーの骨で作ったヴィヨンは夕飯にでも使えばいいとして、
卵を茹で、マヨネーズを作り、トマトとオニオン、パプリカをスライスして、パンを軽く焼く。
見る間にサンドイッチを作り上げた自分の手際の良さにシュラは感嘆する。

 その前には、山盛りの吸い殻は片付け終わり、掃除機をかけクッションは日に当てていた。
ソファーのカバーとテーブルクロスの洗濯はとっくに終わっている。
油にまみれた皿を多量に放り込んだデッシュウオッシャーはフル回転しているものの、
食器も鍋もグラスもコップもまだまだ山積みで、シュラは軽い溜息を付く。

 宴の後片づけは3人でというルールがあったのは随分、前の話だ。
と、云っても紫龍と付き合うようになり、夜通し飲み明かすことが無くなり、
紫龍のまぶたがくっつき始めると夜半過ぎでも、
どんなに足下がおぼつかなくても宮に帰るようになってからだから、
うっとり懐かしむほどの昔でもない。
アフロディーテやデスマスクの宮が宴会場になる時は彼らが犠牲になるのだから、お互い様である。

……そうでもないかと、シュラは軽くごちた。
 デスマスクやアフロディーテの所なら、紫龍がかいがいしく手伝いに行くから労力は半分だ。
自分だって彼が起きるまで待っていれば 二倍の早さで片付き、楽しさは倍になっていたはずだ。
それをしなかったのは案外と几帳面な性分と、明け方に漸く眠りについたというのに、
その3時間後にはしっかりと目が醒めてしまったからだ。

習慣に寄るものではない。どうやら、浮かれているようだ。
ティーンエイジャーでもあるまいし、小さな恋人と初めて迎える誕生日に。

いつもと同じ変わらぬ朝のはずなのに、光りさえ柔らかく祝福してくれるのは、
ベットの半分を占領している子供の、そう云うと本人は怒るがシュラとしてはまだまだ子供扱いしたい、
恋人のおかげであろう。
「……しゅら?」
「おはよう、紫龍」

 そろそろかなと思ったが、シュラのカンは当たったようだ。
タオルケットをぐるぐる巻きにしている紫龍は何度も目をしばたかせている。
そのあまりの愛らしさにシュラは、額にキスを贈る。
「起きたか?」
「かろうじて……。あっ、シュラ。お誕生日おめでとうございます」
 何度も聞いた言葉であるが、朝日の中で云われると又、違った趣がある。シュラは口元を綻ばせた。

「ありがとう、紫龍。―――何か呑むか?」
「えっ?あっ、ああ」
「それとも、食事にするか?」
 言葉より雄弁にくるくると空腹を訴える紫龍にシュラはシーツの上にトレイを置いた。
山盛りのサンドイッチ、マグに入ったポタージュ、ボールに入ったカフェオレ、
ヨーグルトには二種類のベリーのソースを前に、紫龍は口を尖らせた。

「今日は俺が作ろうと思っていたのだが」
「それはすまなかったな」
「しかもベットでゴハンなんて」
「終わったら、シーツを洗うから」
「そうゆう問題ではない。―――シュラは俺を甘やかしすぎだ」
「じゃあ、辛口でこのまま押し倒してもいいか?」

 シュラが真顔でそう囁くと紫龍がくすりと笑った。
「云うと思った」
「ご期待に添おうか?」
「その前に、―――」と、紫龍は手を合わせた。
「食べよう、シュラ」
「じゃあ、とりあえず、お預けということで」
「シーツの洗濯はどうするんだ?」と、云って紫龍は二つ目のハムと卵のサンドイッチに手を伸ばす。
「あっ、美味しい」
「良かった」

「なんか、王様みたいだ」
「安い王様だな」
「安くても、今日は俺がシュラを王様にしたかったのに」
「そうか?」
 はいと、力強く頷く紫龍の頭をシュラは何度も撫で回す。
「いい子だな、紫龍は」
「いい子とか、そうゆう問題ではない」
「そうだな」と、答えつつもシュラにはちゃんと判っていた。
この点について紫龍と感覚が分かり合える日はありえない。ありえないから、愛しさは増すだけなのだと。例えばこんな風に。

「判った。こうなったら、覚悟を決める」
「どうした?恐い顔をして」
 だが、紫龍はそのままの真剣な表情ではっきりとこう云った。
「シュラ、俺の膝に乗ってもいいですよ」
「―――ソレは随分と頼りないイスだな」
「イスではなくて、枕だ」と、紫龍はシュラの頭を掴むと自分の膝の上に乗っけた。

ぱちくりと目が丸くなる。すると紫龍がテレからなのか、少しぶっきらぼうに答える。
「ほら、前からリクエストしていただろ」
「そうだが、急にどうした風の吹き回しだ?」
「だって、今日はシュラの大事な日だから。……そんなに気持ちの良いものとは思えないが」
「そうでもないぞ」
「……そうか?」と、見下ろす紫龍の顔は綻んでいる。

 誕生日なんて恋人がロマンチックな気分になるためのツールで、その日になんの意味なんてないと思っていた。
だが、紫龍の笑顔は少なくともシュラが与えた王様の冠だ。
ならば、少しその栄誉に浸るのも悪くはないかもしれない。
 その固い、だがとびきり温かい枕に改めて、頭を乗せ直すと、シュラはゆっくり目を閉じた。

「……おっと、その前に、写真、写真」
「シュラ!!」





FIN



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