何だかヘンな感じだなと紫龍が云った。
「何が?」隣にいた氷河が心配気に紫龍の顔を覗き込む。
「体の調子でも悪いのか?」

「いや、そーゆーんじゃなくて」
 確かに腰の辺りが悲鳴を上げているのも事実であったが、
今、目を暝って懐っていることはそんなことではない。

微笑んで、何かを云おうとした紫龍は、ふと何を云っていいのか判らない自分を見付けた。
氷河の金糸を指で遊びながら言葉を考える。

が、何だかうまく出てこない。いつまでもこのまま氷河の側に居たい気もするし、
何だかもう一度キスしたい気もするし、熱いシャワーも浴びたい。

冬の日溜りの中でぼけっと目をつぶっている感覚に似てもいるが、
気怠いようなだけなのも事実だった。
紫龍が今まで体験したことのないような、感じで何とも云いにくく、

しばらく考えてから紫龍は氷河の手を握った。
言葉にして消えてしまうくらいなら、自分一人でこの余韻に浸っていたほうがいい。
 
  その時、氷河の唇が静かに紫龍に降りてきた。
「もう一回するか?」
「あのな……」これ以上、やったら今日の行動に支障が出る。

 ふむ、と氷河が考え込むように、でも、実際には紫龍の表情に見惚れてるだけなんだろうな、
と云うように氷河は紫龍を見つめていた。ただ、見つめていた。
見られている紫龍が羞恥を感じるくらいに、氷河は青い瞳に紫龍を映していた。

「じゃあ、」と、氷河が突然云った。
「結婚式するか」
「えっ?」疑問は唇に塞がれた。


「そんで、結婚式しちゃったの?」
「はい」にこにこと紫龍が答える。空港のVIPルームだった。
搭乗手続きやなんやらかんやらで、雑然とする中、
思い出したように紫龍はその神聖な告白をした。

「多少、順序が逆になってしまいましたが」
「……、別に不粋なことは云いたくないけどさ」
はあーと、沙織は自分の運命を嘆かずにいられない。

これではまるで置き屋のばばあではないか。
でも云わずに云われなかったのは、紫龍のその真白い笑顔のせいだと思った。
「明日、大変なんだから早く寝るようにって云わなかった?」

「俺もそう思ったんですけど―――」 
「気が付いたら隣に氷河が居たのね」
「いえ、俺がいたみたいです」

 そのいつもよりも深い、まるで今なら地球さえ抱き締められるような笑顔に、
沙織は何だか胸が苦しくなって、ごめんねと、云った。
「あたしが腑甲斐ないばっかりに、あんたらに又迷惑かけちゃって」

「その言葉そっくりお返ししますよ、沙織さん」と、紫龍の微笑みは変わらない。
「俺たちがもう少ししっかりしていたら、御大将、自ら出陣なんてことなかったんですから」
「・・・それもそうね」と、沙織はすがすがしいくらい強く云い切った。
「当然よね」

「はい」その話はそれで終わった。
「―――それで」沙織は軽く紫龍を睨み付ける。
「その報告のために、わざわざ忙しい女神さまを呼んだんじゃないわよね」
「はい」と、紫龍は一輪の白い薔薇の花を渡した。

「?」
「花嫁さんの幸福のお裾分けですよ」と、紫龍が微笑んだ。
「と、云っても枕元に咲いていた奴なんでけど」
「莟から落ちなくて良かったわね」

「次は沙織さんですね」そのにこにこに、沙織はもう諦めることにした。
「莫迦云ってるんじゃないわよ。まあ、でも、何かのお護りくらいにはなるわね」
それからその白い薔薇を真っ白いドレスの胸に飾った。
「で、これからハネムーン?」

 はい、と、紫龍が答えようとした時、突然、後から抱き締められた。
「おい、何やってるんだっ。もう、時間だぞ」
「いいじゃない少しくらい、」沙織があかんべをする。

「あんたこれから、一生、紫龍を一人じめ何だから」
「それもそうだな、」そう、いつもの調子で云われると何だかやっぱりおもしろくない。
でも、氷河の腕の中で些困った顔をする紫龍が可愛いので、このへんで止めておこうと思う。

「それに、これからもちょくちょく借りることになるんだし」
「高くつくけどな」
「ふうん」と、お嬢さんが含み笑いをする。

「あんたも、ずいぶん大人になったじゃん」
昔、紫龍を誘拐したいなんて云っていた人間の言葉とは思えない。
「まあな、」と、氷河が云った。青い目がほんの少し優しかった。
「だって、もう神様から、もらったんだから」




ヤメルトキモ、スコヤカナルトキモ、シガフタリヲワカツ、ソノシュンカンマデ手と手を取って―――。



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