「明日は早いから今日は早く寝ような」髪を梳かし終えた紫龍がそう云うと、ベットに寝転がっていた氷河が答えた。
「俺、今日、ジェントルマンって云われた」

「……へえ、そう。ふーん」

他になんて返事をすれば良かったのだろうか。だが、少なくとも氷河の大きな瞳は、そう聞いて欲しいと訴えていたし、紫龍だってほんの少しであるが、きとくな言葉をかけてくれた要因に興味はある。

 何でだと水を向けると、氷河はいささか胸を張って答えた。
「電車に乗っていたら、おばあさんが来たんで、優先席じゃなったけど、立ってあげたら、おばあさんは偉く喜んで、『お前さんはジェントルマンですのお』って云って、拝んでた」

 氷河の顔は整っているが、無表情でコワイというのが紫龍やカミュを抜かした一般的な意見だ。見慣れている金髪も知らない人から見たら、脅威になるだろう。日本語も通じないと思われても不思議ではない。

その見た目がコワイ男が席を譲ってくれたのだ。おばあさんが思わず拝みたくなってしまった気持ちも判らないではない。その様子を想像して自然と笑顔になった紫龍は、

「そうか、偉かったな」頭をなでなでしたが、氷河は思い切り不服そうだった。
「紫龍、俺は称号が欲しいんだが……」
「称号って?」

「紳士の」
「具体的には何だ?明日の晩ご飯か?」
「ハンバーグ。それとは別に足、嘗めたい」

 氷河の突拍子もない言動には随分、慣れたつもりの紫龍であったが、まだまだ未熟であると、思い知るのはこんな時だ。その一連の流れと意味が良く把握できず、彼の真意を知りたくてまじまじと自分を見つめる顔を覗き込むと、いつもより真剣な青い瞳に吸い込まれそうになる。

 ……コレでは何時もと同じであると、紫龍は少し怒ったような、……氷河にはあまり効果は無さそうであったが、顔をしてみる。

「参考までに聞きたいが、何でだ?」
「騎士とかあーゆーのって、靴を履かせるじゃないか。やってみたい」
「騎士と紳士は全然違う!」

「だが、”士”が付いているぞ」
「だとしても、靴は履かせる、かもしれないが足は舐めないじゃないか」
「似たようなもんじゃないか」

「どこがだ?」
 取りつく島まないが、決して長くはない付き合いから、氷河はちゃんと攻略するべき点は心得ている。

「でもな、紫龍」氷河の顔はあくまでマジメそのものだ。
「お前、こうやって(その時、彼は紫龍の手を握り締めた)手にはキスをさせてくれるだろ。何で足はダメなんだ?足と手を区別してないか、それって」

「おまえこそどうして足にそんなに拘るんだ?」
「それがジェントルマンの証だから。―――お前の全てを知りたいし」

「判った、氷河」
 つき合いは長い方なのだ。多くの場合、自分が折れている方が物事がスムーズに進むと云うことを紫龍は心得ている。

 氷河は土踏まずに軽く触れた。それから舌を這わせるように口付けをしていった。全部の指と指の間を丹念にしゃぶっていった。甲に唇を置き、踵を軽く噛む。それをかっきり3度繰り返して、右足を話すと左足に移る時点で紫龍から抗議の声が挙がった。

「足嘗めって―――もういいんじゃないのか?」
「別に回数は決めてないだろ」
「そうだが……」

「足は第二の心臓と云うし」
(意味繋がってないじゃないか)と、呟いたがソレは頭の中の話で、体の中ではしっかと体現していった。その行き場のない渦のようなものに耐えられなくて、紫龍は氷河のブロンドの髪を引っ張る。

「何だ?」だが、紫龍の変化に気が付いているはずの男はあくまで涼しい顔をしている。
紫龍は切なく、その名を、彼が出来る精一杯の譲歩だった。
「ひょうがぁ」

「―――俺、足だけでイイって云ったろ」
「云ったけど―――」
「明日、早く起きるんじゃなかったのか?」

「―――そうだったな」紫龍は素直に自分の非を認めた。大きく呼吸を出し入れし、紫龍はやっと気持ちを静めることに成功した。
「すまん、氷河。忘れてくれ。―――おやすみって……」

と、云った唇がそのまま舌に翻弄され、唇が離れる頃には、糸を引いている。パジャマの釦を氷河に任せながら、紫龍は呆れたように、その名を呼ぶ。
「氷河!」

「でも、紳士は淑女を待たせないものだから」
「誰が淑女だ、誰が」
「紳士の手を取るものという意味で・・・、どうだ?」

「あんっ」

 それには最早、答えられない紫龍は別のことで応えていた。


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