真夜中を過ぎた頃、紫龍が思いだしたようにように云った。
「何か欲しいものあるか?」
 氷河は真顔で答えた。

「お前」
「……この状況でソレを云うか?」
 白いシーツの上に散らばっている黒い髪だけを纏ってまだ、息を荒くさせている。以前だったら、

―――まだ、恋人とも呼べなくて、ただ肌を合わせていた頃は終わったら紫龍は直ぐ様、シャワーを浴びて、自分のベットに戻っていたが、、今はそのまままどろみ、目が覚めても自分の温もりを捜してくれている。

掌が氷河の長い指に絡んだり、でも、握り返すと汗ばんだり、固まったり、髪の毛だけを欲したり、かと思うとごろりと氷河と反対向きになってみたり、でも、足の裏だけはぶらぶらさせたりと、紫龍は氷河の中に迷いこんだり、慌てて離れたりしながら、でも、側に寄ろうとしてくる。

べたべたと抱きしめたりするのも人前でなければ許してくれるようになった。紫龍の心が海になって、氷河の陸地に浸食する感じだ。境界線はいつも形を変えるが、確実に近付いている。紫龍は自分の変化に気が付いているだろうか。以前だったら思いもつかないような、誘惑じみたことを云う自分を。

「大体、いつも上げているだろうが」
「その理屈で云ったら誕生日だからスゴイことをしていいということになるな」
「?すごいことって」

 ごにょごにょと耳打ちをすると紫龍の顔が青くなったり赤くなったりして、次の瞬間には羽の枕からひらひらと飛び立った。ひとしきりそうやって打った後、まだ呼吸を荒くさせている紫龍を横目で追いながら、氷河は枕の上に横になる。すると目の前に紫龍の長い髪の毛が見える。その先を引っ張っる。

―――昔、母にしたのと同じように。
「まあ、冗談はおいといて、―――雪が欲しかったからいいかな」」
 紫龍は思いきり莫迦にしたように氷河を見た。
「さんざん普段、見ているじゃないか?」

「あれでは量が足り無すぎる」
「―――雪だるまでも作るのか?」
「ソレじゃあ足りない、一面の雪野原」

「……どっか旅行にでも行きたいのか?その、シベリアとか……」
「嗚呼、それもいいな」
「いーなって……」

「なんて云ったらいいのかな。―――雪の上ならお前を閉じこめておける気がするから」
「―――やっぱりお前の所為なのか?」
「単なる偶然だって」

 この特別ボーナスのような二人だけの時間はおとついの夜から降り出した雪の恩恵によるものだった。都会に50cmの雪を積もらせ、現在も猛威を振るっている寒気団は、本日の彼の特殊任務にばるはずだった、来日ロシア人のガイド兼通訳兼ボディーガードの任を解き放ってくれたのだ。

この素敵な贈り物に関して、紫龍は最後まで、
「お前がやったんじゃないのか?」と、疑惑の目を向けたが、
「出来たらとっくにやっていた」と、容疑をあっさり否認した。

「大体、人類が出来る範囲を超えている」と、換えって真っ当なこと云うので、
「……そうだな」と、紫龍は素直に頷いてしまった。

自分の信じるものならいくらでもガンコで強情になれるくせに、それ以外のことに関しては赤ん坊と同じだった。無垢という意味は紫龍を見ていれば判る。だから、彼に新しいことを教える時は自然と優しい、マーマのソレを思わせる口調になる。

「知っているか、紫龍。雪は高い遠いところからのプレゼントなんだ。そんな風に邪推したら、バチが当たるぞ」
「―――氷河?」
「うん、何だ?」

 紫龍はちょっと迷ったがやっぱり口にした。
「お前、何か変なこと考えているだろ」
「お前に悪さすることは考えているぞ」
「そうゆうんじゃなくて、、、あっ……」
 不意に流れ落ちたモノに茫然となる。

「どうしたんだ、紫龍?」あたふたと氷河は冷たい雫を拭おうとしたが、涙は容易に止まることを知らなかった。紫龍だって判らなかった。ただ。不安が押し寄せてきて、胸を締め付けてきた。

初めてだった。孤独はずっと紫龍の友達だった。なのに、一人にされることに恐怖を感じた。いや、忘れて久しい感覚だった。弱い自分が許せなくて押し込めてしまった感情が解き放たれる。そんな自分が悔しいのに、それ以上に彼が居なくなることを恐れている。

―――なぜなんだろう、氷河はただ初めての時のようにそっと唇を寄せてくれるだけだというのに。いつもと違う感触は不安を募らせていく。それを打ち消したくて、触れるだけの口付けを捉えて、自分から舌を押し入れていった。

ただ激しく、普段のとは違いすぎた。糸を引きながら唇が離れても紫龍の目から涙が滲んでいた。
「―――紫龍」
 もう一度、口付ける。今度は氷河から。紫龍の体がゆっくりとベットに沈んでいった。

「それから?」
 紫龍を真下に納めながら、氷河は優しく問いかける。
「どうして欲しい?」
「……キスして」

 仰せのままに、滑らかな裸体に口付けていく。跡が残る所を丹念に攻め、力尽きたばかりのそこを口に含む。いつもより素早く追い立てていくと、ふと紫龍と視線が絡んだ。その目は縋るような、子供の目をしている。

罪悪から、その目から逃れたくて紫龍の足を大きく広げると、まだ柔らかなそこに指を差し入れようとすると、紫龍が小さな悲鳴を上げた。快楽とは違う苦しさだった。
「あっ、すまない」

 調子に乗りすぎたようだ。Sexは、特に同性同士は受け身の方が辛いことが多い。だが、紫龍は首を縦に振った。

「うん、だいじょうぶだ、……だから」
「大丈夫って……」
「お前は、オレに何をしてもいいから」

「紫龍?」
「だから……」
「だから、何だ?」
 氷河の首に廻される手に力が込められた。

「もう、一人にしないでくれ」
 小さな声だった。氷河はやっと紫龍を手に入れたと思った。これが本当の紫龍の望みなのだ。与える事しか知らなかった彼が初めて望んだもの。氷河にとっては初めから決意していることだった。愛しさに胸が痛くなった。

「それから?」と、優しく問われて紫龍は真剣な顔になる。
「えっ?あっ?……特には、うん」
「云ってみろ」

「その、よければ一度、お前の故郷に連れていって欲しい」
「うん」
「後、キューリ残すな」
 それには返事をしないで氷河はそのまま紫龍の中に埋もれた。

 それから後のことは、あまり良く覚えていない。
ただ自分を抱きしめてくれる腕はいつもより熱かったこと、
そして、ふわふわと舞い降りる柔らかい雪に包まれて、

ああ、このまま溶けてしまいたいと思った。
氷河のことが好きだと思った。
 そんな夢のような時間から目覚めた時、紫龍は一人だった。

「えっ?」
 その少し前、シューズケースが置いてある小部屋で一人、ブーツの紐をゆわく氷河に沙織は返事が判りきっていることをわざわざ確認した。

「紫龍は?」
「まだ、寝ている」
「確信犯だと思うからあまり多くは云わないけど、―――起きたら怒るよ」

「だから、すぐには起きないようにしておいた」
「―――アナタが戻るまで氷の棺桶に閉じこめたワケじゃないでしょうに」
「まあな」初めて氷河は沙織を見た。迷った顔はしてなかった。

「だが、俺が偵察をしていた方がいいのも事実だろ」
「だから、困っちゃうの。―――どんな形でもいいの。お願いだから、死なないでね」
「大丈夫だ、俺は紫龍を残して死なないからな。―――ま、本当の雪なら問題ないんだろ」

「確証が全く無いから、貴方が出向くんじゃない。莫迦」
「莫迦はないだろうが、これから戦地に赴く人間に……」
 その先は云いかけて止めた。沙織は今にも泣きそうな情け無い顔をしていた。
―――行っちゃイヤだ。

 そう口に出そうなのをぐっと堪えている、ような気がした。恐らく少女は本当はずっとこんな顔をしていたのだ。単に今まで気が付かなかっただけだ。そんな今まで見えなかったモノが見えるようになったのは紫龍のおかげだろう。

だから、今の氷河は何だって出来るような気がする。愛しいモノを護るために。そして、氷河は扉を開けた。


 それはオオカミの時代が幕開ける七日前の出来事。



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