★飛んで火に入る夏のカニ★                                                              

 

         

     

 話の中心というわけでは無かったが、質問されれば答えるし、相づちを打っていたはずの子供が急に静かになる。見ると、テーブルにつっぷして、夢の中にいるようだ。
「ガキだな」と、切り捨てたのはデスマスクで、
「ああ、もう、そんな時間か」と、云ったのはシュラだった。少し低い声だった。時計は12時を少し回った所だった。
「11時を回ると大抵うとうと始めるからな。――――今日はよく頑張った方だ」

「フフ、二人の時でもか?」
「もちろん、だから、我が家の就寝タイムは10時半だ」
「その計算だと30分は余裕があるぞ」
「ベットで本を読んであげる時間だ」
そうかと、アフロディーテは眼を細める。
 それが言葉遊びでも、本当でも、大差は無かった。微笑みを誘われるのだけが本当だった。
「可愛いな、紫龍は」

その間に、シュラが立ち上がった。
「では、ベットの用意をしておこうかな。こうなると、余程のことがない限り、朝にならないと起きないからな」
「私は食器を下げておこう。ついでにお茶でも入れようか。……デスマスク、大人しくしているんだぞ」
 そう釘を差しても、デスマスクはひらひらと、手を振っただけだった。

「けっ、とか云って、30分で足りちゃうんだ」と、いつもならうっかり口走り、シュラの聖剣を受けるはずの彼が今日は静かに黙っているのが、気になるというか、気味悪いが……、
「どうかしたのか?」
「何が?」
「やけに静かだから」
「俺だって、酒の余韻に浸りたい時もある」
「ほう。少しは大人になったのだな。では、ご褒美に特別に濃いエスプレッソを」

 そうアフロディーテがテーブルを離れるのを見送ってから、デスマスクは、けっと毒付いた。まだ彼ら3人の時間からすると宵の口で、今まで酔い覚ましなんぞ出たことは無かった。しかも今日の主役は自分の――――まあ、祝って目出度い年ではないのだが、ともかくいつもなら、悪態と祝福をされるのは自分だけのはずだった。しかし、子供が出来た家庭がすべからずそうであるように、今の自分たちは全てこの異物なガキ中心で回っているといっても過言ではなかった。

生クリームこってりじゃない、ただのクソガキが一番好きなチーズケーキがバースデーケーキになったのも初めでった。何もかもが面白くなかった。デスマスクはコップの底に残っていたワインを嘗め上げた。アフロディーテが皿をあらかた持っていたので、テーブルの上にはナッツとチーズの破片しかない。
 静寂の中に聞こえるのは微かな吐息。どうやら、紫龍は本気で寝入っているようである。

――――そんなに呑んでいったけ?
 紫龍の前にあるのはサングリア。しかも、ソーダで割った奴だ。それだって一杯目が1/4も残っている。 つくづく彼は子供であることが思い知らされる。
――――いや、違うか。彼は未だ正しく子供なのだ。
 ただ、人よりそして彼が一番信頼しているより人物により、大人になることを強いられている、――――もちろん、前者と後者の意味合いはほぼ正反対だったし、後者に関してはみずら積極的に背伸びしようとしているが、ともかく、それに過ぎないのだ。

 その証拠に右腕を枕にして額を乗せている。少しだけみえた顔は十分子供の顔だった。
キツイだけの眼差しは今は閉じられ、いつもより幼さが引き立つ。なのに黒いつややかな髪はいつもと同じ。そう云えば、こんな風にしげしげと子供を眺めたことなぞ無かったことにデスマスクは気が付いた。子供の側には友人がいつも当然のように居たし、そうじゃない時だって、誰や彼やに囲まれている。

 過去の因縁や現在の素行の悪さから、二人きりになるのを意図的に避けていたのではない。二人になる必然性が今まで無かったことにいデスマスクは気が付いた。
 紫龍は未だ眠っていた。今の自分の窮地にも気が付かないで。
――――聖闘士失格だぞ。ま、コレで又、からかいの種が増えるがな。
 だが、それだけでは面白くない。インパクトにも欠ける。もっとすごいことを、例えば、そのお綺麗な顔に落書きでもしてやろうか。それから、その長い髪に触れて、指を絡めて、引っ張って、閉じられた目が自分だけを映した方が……。

 その瞬間、デスマスクの手が宙を掴んだその時、紫龍の目がぱちりと開いた。
「おっ、起きたのか?」
 絶対、朝まで起きないんじゃ無かったのか?と、心の中で叫んでも、心臓がばくばくしている。
「あれ?」
 目を醒ましたが、まだ夢の中にいるようだった。きょろきょろと辺りを見回し、立ち上がったものの足下はまだ覚付いていない。それでも紫龍は必至に口を開く。

「シュラは?」
「うん、ベットの用意」
「……俺はその何か迷惑を掛けたか?」
「いや、寝ていただけ」
 シュミレーションしたはずの言葉はちっとも出てこない。

「そうか、ありがとう」と、デスマスクの答えに安心したのか紫龍が大きくかしいだ。右に左に、もう一度右に。紫龍はそうやってしばらくゆらゆらしていた。支えること自体は簡単だが、紫龍は大丈夫と云いきるのは判りきっていたし、――――又、不思議と上手く崩れないのだ。それに本当は触れてもいいのだろうかという基本的な問題が残っている。――――。

そっか、とりあえずデスマスクの脳裏にその全ての問題をクリアする画期的な方法が思い浮かんだ。
「お前、とりあえず椅子に座ったら。まだ時間があるんだし」
 はいと、紫龍は素直に従った。思い返せば、この9才も年下のガキに肯定の返事をされたのは初めてだった。
――――なんだ、憎まれ口を叩かないと、割にカワイク見られないこともなくもないか。
「……」

 デスマスクはもう一度、ワインの瓶を逆さにした。一滴も出てこなかった。シュラもアフロディーテも帰ってくる気配はない。
(……シーツにアイロンでもかけているのか?ありえねええええええ)
 デスマスクはもう一度、紫龍を見た。又、うつらうつらしているようだが、今度は何とか耐えようとしているようだった。
――――何でだ?俺に悪戯されるとでも思っているのか?だったら、お望み通りにしてやろうか、こんちきしょうめと、デスマスクがデスマスクが立ち上がった時、紫龍がテーブルの上に三つ指をついた。

「そうだ、デスマスク」
「なんだよ」
「お誕生日、おめでとうございます」
「えっ?何だよ、急に」
 我ながら、声がうわずってしまったと思ったが、急には直せなかった。紫龍は続けた。

「いや、ちゃんと云ってなかったし、こんな時じゃないと云えないから」
「何を」臨戦態勢を取ったデスマスクと対称的に、子供はもう一度、頭を下げた
「いつもありがとうございます」
「ありがとうって……、俺、お前になんかいいことしてないだろう」
「うん、そうだけど」と、紫龍は即答すると、でもと続けた。
「仲間はずれにしないでくれる」

「――――」
「だって、アナタが本当にイヤがれば、シュラ、連れてこないですし、それにココ位ですから」
「何が?」
「ぞんざいだけど、普通の子供みたいに扱ってくれるのって」
「普通?」
「う〜ん、こきおろして、罵倒されて、汚い手で頭を撫でられる感じ?」

「悪かったな。しかも疑問形」
「でも、嬉しいです。ありがとうございます」と、紫龍はもう一度、丁寧に頭を下げた。
「……それだけか?」と、聞いたのはいつもの意地悪だった。
「えっ?」
「いや、誕生日なのにプレゼントもなく、言葉だけか」
「それは……急に云われたので、何も持ってないのだが」

「あるじゃん。ちゅうとか」
「……」
 デスマスクの予定では、ここの思いきり冷たい視線をあびたり、シュラからケリがアフロディーテから、溜息を貰うはずであった。だが、紫龍は少し酔っているようだった。
「そんなことでいいのか?」
「えっ?」と、驚く間もなく紫龍は急にしょんぼりとした。
「あっ、ダメだ」

「何で?」
「デスマスクにはちゅうしちゃいけないって、シュラが……」
「はっ?なんだそりゃ」
「だって、病気が移るから」
「何のだよ」

「聞いては居ないが……、病気なのか?」
「ちげいよ」
「そうか、ならこれしかないな」と、紫龍が顔を輝かせた。
「デスマスクがちゅうすればいい」
「すればいいって……」

「されちゃったら、犬に噛まれたと思って、シュラも許してくれるだろう」
「いや、俺はすげいムカツクんだけど。つうか用法違うし」
「そうなのか?」
「……お前、本当は酔ってないだろ」

「うん?」と、紫龍は小首をかしげた。デスマスクの問いに答えるのに十分だった。
裏付けるように、紫龍は目を瞑って、あごを少し上げた。丁度良い角度だった。さっきもそう思ったが、目を閉じていると少し表情に幼さが増す。そのくせ、酒のせいか、紫龍の唇は少し赤く色づいて、――――口付けを待っていた。
「……何だ、そうゆうことか」
 思わず口から飛び出た言葉に紫龍が反応した。

「何がだ?」
 デスマスクが言葉を探している間に紫龍はずっと自分だけを見つめていた。
「いたっ」
 ぱしんとおでこを叩かれて紫龍が恨めしそうな顔になる。
「何だ?」
「つうか、酔っているだおう、お前」
「そんなこと、ぜんっぜん、ありません!エクスカリバーだって、撃てます」
「撃つな。だー、もう、いいから寝ろ」

「そうですか?――――じゃあ、お言葉に甘えて」
 次の言葉はなかった。もう、紫龍は夢の中だった。やっぱり子供みたいな顔をしていた。もう、髪に触れたとしても、恐らく眠ったままだろう。デスマスクは少ししっけたナッツを囓った。程なくして、シュラが戻ってきた。
「シーツにアイロンかけていたのか?」と、尋ねると、
「念のため、クスリと水差し用意していた」
「あっ、そう」と、答えるとシュラが目を丸くした。

「珍しい」
「何が?」
「それだけで終わるとは」
「そうか?」
「顔も赤いぞ。酔いでも回ったのか?」
「んな、わけないだろうがっっっ」
 それこそありえないことだった。

 子供に、顔はさておき、生真面目で融通が利かなくて、小うるさい説教たれ、何かと云っちゃ目のカタキにして、自分だって、何もかもキスも、その先も知っているくせに、処女ヅラを掲げながら、時々、不意打ちを食らわせる子供に一瞬でも赤くなるなんて、ありえない。

 その証拠にデスマスクはシュラの腕の中で眠る紫龍の長い髪をぐいっとひっぱった。



Fin









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