透明で白く温かい羽毛に包まれた夢を見た日、目覚めるとそこに
紫龍がいた。ちょっと驚いた。夢の続きかなと一瞬そう思って触って
みると、ほんのり温かった。柔らかった。規則正しい寝息。

朝の光と半分以上のシーツにくるまって眠りこけているのは、兄弟で
仲間で友人で同胞で、戦場で近くにいたよく見知った人。

(・・・・・)信じられなかった。
昨日、確かに一緒に酒は飲んだけど。それから先は何もないはずだと
思うが・・・。

瞳を擦ってもう一度、見直してみると白い布地からこぼれ落ちたのは
象牙の素肌。うーむ。ベットの下を見るとこれ又、豪快に服が脱ぎ散ら
かっていたりする。不味い。息をするのも忘れて、ただその現実を凝視
する。
 
ここは氷河の自室である。と、いうことは歩いて数歩の所に紫龍の部屋
があったりする。ついでに言うなら、氷河のベットは一人で寝る分には
丁度いい大きさのベットであるが、無理して二人で寝て楽しいサイズで
はない。とすれば、なんでわざわざ同じベットの上に眠るなんて、

その用途範囲が限られてしまう。万が一、酒に酔った紫龍を介抱して
いるうちに、自分もついでに寝てしまったという説もなきにしもあらずだ
が、その先を裏付けをしてくれる記憶が綺麗さっぱりなかったりした。
酔いに任せて闇の中へ消えたらしい。

ならば三十六計逃げるしかない。氷河は顔色を失いながらも決意する。
紫龍じゃ相手が悪すぎた。このままぱちりと紫龍の目覚めた時に、一夜
きりの行きずりの迎合とそらとぼけるには物理的に近すぎた存在だし、

―――昔、修業地にいた頃に、ひょこひょこと土産を持って現われては、
疾風のように消えていく男が、
「いいか、ちび」と、これで無視を決め込んだ氷河にめげることなく真面
目に云った。

「どうして、聖域内ラブは禁じられているのだと思う」
発言の意図が一向につかめなかった。
「お前にはまだ判らんかも知れないがな、恋愛というのは男と女の五分五分の駆け引きなんだ」
 
それがどうした。
 
「だがな、女は私情を公に持ち込める」
 
だから?。

「つまり、うっかり自分のテオトリー内の女に手を出した日に、うまくいっ
ている時はいいが、別れる、切れる、さようならの時はなまじっか顔が見
れる距離にいると、はっきりいって悲惨だ。なんたってもう二度と会いたく
ない人間と、それでも何もなかったように接しなければいけないからな」

子供の頃のことなのではっきりと覚えてはないが、そんなような事を経験
者は語った。
「・・・それで?」

「だから、カミュに手を出すんじゃない」と、キッパリえばって男は云った。
「まあ、相手にされないとは思うが、傷つくのはお前だからな」
 そして、
「己れは子供に何を教えるんだー」と、師匠に足蹴にされ疾風のように
消えていった男の、ああ、どうでもいい話を唐突に思い出した。←焦っている証拠である。
 
 そして、氷河はそんなことを紫龍に出来るほど器用ではない。
いや第一、こんな所を他の連中に見られた日には・・・・。

―――――――――――空    白――――――――――――。
           ぽとりと汗が一雫流れ落ちた。

 男には良くある事じゃないかと言っても、紫龍は判ってくれるかも(同じ
男だし)しれないが、「酒の上の不埒だ」なんて他の、たかびーな闘神最
強わがままアテナと、現世におけるハーデスの宿り身のぷっつん様とそ

の兄、殺しても死なない借りは作りたくない阿呆不死鳥の聖闘士と何だ
かよく判らないけれど、とにかくバカ、もとい最強の末弟が知った日には
・・・・。

(あっ、そうだ)と真の空白の後、不意に閃いた。
(他に誰もいなかったから、紫龍と二人で飲むハメになったんだっけ)
ようやく記憶が繋がりはじめた。

 取りあえずコーヒーでも飲んで、落ち着こうと思う。相方を起こさないよ
うに、そっとベットから降りて、軽いものが置いてあるコーナーに向かう。
もうすっかり朝だから、夜明けのコーヒーって言わないかもしれない。

どちらにしても、インスタントといえども自分で作るとは思わなかった。
しくしく。それにしてもと、氷河はもう一度部屋をよく見直す。
何もない部屋だった。この狭いベットの中、よく眠れたと改めて感心して
しまった。枕の高さが変わっても気になるのに、ぐっすりと前後不覚に

熟睡。
(いい夢見たいんだよな、確か)
(忘れちゃったけど)
明け方の、正夢になる近い未来のデジャ・ヴ。

けれど、それがこういう事になるなんて、ただの一度も考えてたことも無
かった。夢であったなら笑い話ですむが、現実って事はやはり、多かれ
少なかれ問題だったりする。当面の危機は去ったが、だからといって

紫龍をこのままという理由にはいかない。
(でも、全然起きないんだよな)ちらりと浮かんだのは、ちょっとした悪戯。
(このまま部屋に運んだら、もしかして・・・)
その瞬間、びくっと紫龍がみじろいだ。

 どきどき。心臓、止まるかと思った。
けれど、紫龍は何もなかったかのように、
もう一度、夢の中へ戻っていく。何のこだわりもなく、ただ無邪気に
素直に。胸が痛むくらいの甘い表情。

・・・・・嫌いではない、と思う。

どちらかと言う人付き合いが苦手な分だけ、紫龍はそういうのが気に
ならず、普通に接することの出来る数少ない人である。好意という奴
かもしれない。友として、仲間として、兄弟として。信頼できる人間。

けれど、こんな風に好きだったのか問われると、

(・・・・・好きだったのかな?)
(・・・・・)
 ふと脳裏に何かが思い浮かんだが、よく判らなかった。
大きな風がふぁさっと、カーテンを揺らす。
陽気のいい日曜日の朝。つんと、頬を指先で確かめてみる。

紫龍は小さく身じろぎしただけで、目覚める気配さえない。きっと、
このまま何をされてもさるがままの眠り姫であろう。
風が白い布を巻き上げたのも気付かない。

素の状態が無防備に曝け出される。
昨日は判らなかったが、まだ治りきらない傷があった。
綺麗な体にもったいないなぁと、思う。

(・・・・・しかし、ここまで眠り込んで、いいんだろうか)
とりあえず、氷河はシーツを掛け直した。
なんか、眠る紫龍がことの外、幸せそうな表情してたりして・・・、
気のせいかもしれないけれど。

(あっ、まつげ長い)閉じてしまった瞳は何も映さないが、
けれど開かれるのを待ち望んでいた。
こんな風に見つめたことはなかった。

自分のなかの時計を止めて。紫龍の合わせるように、呼吸を繰り返す。
 本当は何も知らなかったんだなと、思う。人のベットを横取りして、
くーかくーか根性入れて眠るのも、氷河の気持ちを知らない素振りで、
本当に知らないんだろうけど、笑顔だけのこんな幸福な紫龍は、知らない。

全然知らない黒い長い髪の――――――異邦人。
(あっ、涙の跡・・・)夢のかけらの、一雫。
こぼれた真珠は波紋を広げて、胸に落ちていく。
哀しい冷たい雫が、思ったより熱く――――――――― 。         

 それ以外、何で泣いたのか、どうやって抱きしめたのか、
綺麗さっぱり記憶になかったりして。うーむ、困った。思わず赤面。

なんか、一日中こうしていても飽きないような気がして。
やばいよな、こーゆうのは。うん、まずい。
それに紫龍が起きたらなんて顔すればいいんだ。

 こうなるのは、運命だったんだと言えるほど、現実主義者でもなければ
「愛している」と真顔で囁ける程、ウソつきでもない。
第一、紫龍にはそういうことをやってはいけないような気がして、
さて、困った。困ったぞ。ああ、それなのに、まるで全てを見透かすように、

「んっ、お早よう氷河」なんて、
当たり前の詞をこれ以上に無いくらい優しく微笑むから。
だから、唇を合わせて夢の続きを確かめてみる。

 あっ、もう引き返せない・・・・・・。


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