どうして、忘れてしまえるんだろう。

 
「・・・・・、何やってるんです?」と、雑巾右手に持ちながら、氷河が尋ねた。

「ケーキを作ってるんですけど」

 ここ、城戸さんのお家。5人の育ちざかりの男の子の面倒を見てくれる
無敵のスーパーお手伝いさん、

長い黒い髪が優しい桜ちゃん、と云うこと
になっている人、15才は同家の男の子有志一同から感謝の

印として、
プレゼントに貰った真新しい白いエプロンに身を包みながら、律儀に答えた。

その爽やかな笑顔に、氷河は雑巾を落としそうになる。

24日を一秒でも過ぎると、ツリーもポインセチアも白いウインドォの飾りも、
町中の緑と赤が急に気恥ずかしく

なって、誰もが今まで以上に早足で歩き出す。
あれほど信じたサンタクロースさえ、一気に忘却の彼方に

消え去ってしまう。
12月が師走になる時。年賀状も書いてなく、大掃除も当然済んでなくて、

氷河も借りだされる始末で、おせち料理もまだというのに、新年まで時間が
もうないというのに、

「ケーキ作ってるんですか?欲しかったら、駅前で昨日の残りが2割3割当たり前で
売られているから、

買ってきますか?」

「・・・・・まあ、そうなんですけどね」

 しゃかしゃかと泡立て器を回転させながら思う。


確かに彼の云う通りかもしれないが、何もそう力説しなくたって。

「あの、でも、これ・・・・・」溜め息が出てきた。どうやら見事に忘れているらしい。

「本当に忘れちゃったんですか、今日」

「だから、クリスマスでしょう。イエス様の誕生日。みんな些勘違いしていて、
昨日よりはるかに

盛り上がりに欠けるけど・・・・・」

「氷河さんのバースディケーキなんです」

「日本人が真のクリスマスを味わえるようになるには、後何年・・・・・、えっ?」

と、氷河が真面目な顔でこっちを見た。

「バースディ?」その単語の意味が浸透するまで随分時間がかかってしまった。

「バースディって、・・・・・誕生日の?」

「ええ、甘いのあんまりお好きじゃないみたいですから、チーズ・ケーキで。
お嫌いでしたか?」

「いえ、ケーキのことじゃなくて、それ蝋燭歳の数だけたてる、
バースディケーキ何ですか?」

「・・・・・本当に覚えてなかったんですか?」
 
氷河は小さく頷いた。

「だって、誕生日を祝う歳でもないし。ここ何年一緒にお祝いしてもらったから。
キリスト様と」

「・・・・・」

「マーマが生きていたくらいですよ、ちゃんと誕生日を祝ってもらったのって。

もう何年になるかな、自分のケーキなんて・・・・・」

「じゃあ、これからは私が覚えていますわ。氷河さんに好きな人が出来るまで、

ずっとずっとケーキを焼いて上げます」

 そう云って桜はオーブンの中に、ケーキを入れ、それから黙って片付けを始めた。
 
氷河はその後ろ姿に声をかけた。

「桜ちゃんこそ、よく知ってましたね」

「何がです?」

「俺の誕生日だなんて」

「キリスト様より大事な人のお誕生日ですからね、忘れるはずないじゃないですか」

 と、振り返った桜は氷河の思いがけない真剣な目とかち合った。

「どうかしましたか?」

「ときたま思うんですけど、桜ちゃんて不思議だよな」

「えっ?」

「そんな風に簡単に俺のマーマと同じ事を云えるから」

「偶然ですよ」

「そうかな」と、氷河は強く云い切った。

「俺は運命だと思うけど」

「何云ってるんですか?」桜はくすりとまるで当たり前みたいに微笑む。

「貴方が教えてくれたんですよ」

「えっ?」と、氷河の顔が狐に包まれる。

「俺、そんなこと云ったけ?」

「云いましたよ。私にはっきりと」

「いつ?」氷河がムキになって尋ねる。

「忘れちゃったんですか?」

 桜の真顔に氷河はじっと考えた。考えたが何も浮かばなかった。

「ほら、去年のクリスマスの時に・・・・・」と、云いかけた桜が不意に口を噤んで、
ごめんなさいと、云った。

「私の思い違いでした」

「・・・・・」

「だって、私たち去年のクリスマスはまだ、逢ってないんですもの。

こんな事がある理由ないんです」

 忘れていたのは自分の方だった。紫龍にとっては、それは本当でも、

氷河にとってはそれは無かったこと。

「・・・・・」

クリスマスって、なんかいいよな。
そうかな。と、振り返る。少し顔が怒っていて、何か泣きそうに思えた。
嫌いなのか?
うん。
はっきり頷く奴も珍しいよな。
そうか?
俺は好きだけど。
ふーん。
今にも雪が降り出しそうだし。
雪、好きなのか?
誰にでも等しく降り積もるからな。
俺の所は、雪かきが必修だったぞ。
・・・多少、地域格差はあるかもしれないが、
今日は世界中の人が、サンタクロースの為に雪を待って、空を見上げて優しい気持ちになって居るんだもの。だから、クリスマスって何か好きだな。
一言添えて置くが、クリスマスって、宗教行事だから、世界中じゃないぞ。
えっ?そうなのか。
そう。
じゃあ、氷河はしない人なのか?
いや、クリスマスはあるが、俺は好きな奴に祝ってもらえればそれでいいけど。
何か判ったように云うな。
俺の誕生日だからな。
そうなんだ。
うん。
すごいなあ。と、感嘆の息を素直に洩らして、紫龍が微笑む。
何が。
氷河のお母様って、誰よりも素敵なプレゼントを神様から貰ったんだ。


・・・・・ただ、それだけのこと。    

「ごめんなさい、」と、桜はもう一度謝った。何だか彼女に頭を下げられていると、

後ろめたい気分に襲われる氷河であった。

「そう云えば、まだ何も云ってませんね、私」と、桜ちゃんが微笑んだ。

「お誕生日おめでとう、氷河さん」

 だが、氷河は素直にありがとうと云えなかったので、

「桜ちゃんの誕生日には俺がケーキを焼きますね」と、云った。
 
桜はいつものように少し寂しげに微笑んだ。

「どうもありがとうございます。でも私もう過ぎちゃったから」

「だって、2月11日でしょう。誕生日」

 今度は桜が驚く番だった。

「どうして?」

「どうしてって、」驚かれても困るのだ。

ポリポリと頬を掻いて、とりあえず単なる思付だった言葉が、本当だったことを確かめる。

それから、氷河はやっとこう云えた。

「だって云ったでしょう。俺はお前のことが何でも判るんだって」



 例えば、こんな風に不思議が起こる日。

 

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