「シュラはどうして俺を助けてくれたのですか?」

 ベットに仰向けになりながら、自分を見上げる格好の紫龍の真剣な問い

かけにシュラは一瞬、固まってしまったが、すぐに小さな白いブラウスのボ

タンを外す作業を再開した。

「やっぱお前とこーゆーことをしたかったらじゃないの?」

「―――真面目な話なんですけど」

「俺はいつだってマジメだぞ」と、威張る前に紫龍の少し曇った表情を読み

とったワガママな恋人は、すぐさま優しい保護者に変身した。

「交代させようか、あいつらのお守り」

「どうしてですか?」

 紫龍の答えはシュラが予想した通りであった。

「俺が一番、適任です。一応、現代社会での生活経験者ですし、あいつら

のことよく判ってます。それに他の黄金聖闘士の皆さんには聖域復興とい

う使命が有りますから・・」

 あくまでも優等生の立場を崩さないから心配なんだとなぜ紫龍は判らな

いのだろうか。とは思うが、今の状況がベストの選択・・・他に選びようが

なかったとしてもだ・・・・であると,シュラとて承知はしていた。納得はして

ないだけのだ。

 十二宮の内乱の後、女神は平穏を取り戻した聖域には戻らず、その記

憶を閉じ自分の作り出した虚構・ ・・・ というよりは夢の中で見るユメをそ

のままに現実にしてしまった。今まで彼女の側にいた青銅の聖闘士を引

きずりこみ、彼女は四人の優しい兄に囲まれたテレビゲームが好きな普

通という言葉が似合う城戸雅という男子中学生になってしまった。その新

しい世界では共に闘い、女神の信厚かった紫龍の存在は抹消された。

まるで初めから無かった”闘い”そのもののように。

 女神が絶対は聖域の不文律だ。だからといって、大人達は彼女の作っ

た夢物語をそのまま受け入れるわけにはいかなかった。記憶を無くして

も過去が切り取られたのではない。ましてや二千年の間に培われた叡

智も小宇宙も彼になった少女の体の中で眠っているに過ぎないのだ。

ハーデスもポセイドンも存在こそ露わになっていないが、冥闘士も海闘士

の動きも活発になってきている。下界の生活は聖域と敵対していた頃より

もある意味危険だ。かといって、無自覚な少女をそのまま聖域の奥に閉じ

こめては、現実と記憶のズレに対処できず、ともすれば本人自身が壊れて

しまう恐れもある。黄金聖闘士達がもう二度と、彼女を裏切れるはずも無

かった。彼女に合わせて現状を維持すること・・・。それが聖域の出したぎ

りぎりの譲歩と決断。そして、打開策の一つとしてとして、紫龍は美少女お

手伝い「史城桜」として、彼女たちの見張りとガードというよりは、正しい記

憶を誘発させ、過去をこじ開ける鍵として、城戸邸に潜り込むことになった

のだ。だが、失われた記憶を誰よりも愛しく抱きしめる紫龍が、すんなりと“

今”を受け入れられるには彼らと深く交わりすぎていた。紫龍が何も云わ

なくてもシュラには判る。桜と嘘の名前で呼ばれる度に、紫龍自身はゆっ

くり砕かれていく。安心で清潔で綺麗で、だが彼の居ない赤いガラス玉の

退屈な世界の礎になって行く。何よりシュラを苛立たせているのは紫龍自

身は聖域が望んでいる記憶の”覚醒”に着手する気が無いどころか、逆に

彼らの記憶に永遠の封印を施そうとしていることであった

「そこまでして守ってやる価値って、あいつらにあるのか?」

「俺はそこまでお人好しじゃありませんよ。ただコレが俺の願いだっただけ

です」

 以前なら笑顔をだんまりにして逸らしていただろうが、一番、辛い記憶の

・・・・彼らに忘れられた時に零してしまった涙を知られているシュラにはも

はや通じない。最も紫龍は自己をアピールすることに慣れてないせいか、

辛抱強く拾い集めなければ自分の気持ちに辿り着くことは出来ないから、

空回りの時間が流れる時もある。だが、シュラはそれを忍耐とは思わず、

むしろ花開く時のように、いくらでも紫龍の黒い髪を撫でながら、待つこと

が出来た。やがて、子供はゆっくりと口を開いた。

「俺達って孤児でみんな違う目的で聖衣を手に入れて戻ってきて、戦う理

由もそれぞれバラバラで・・、でも、この頃やっと目的が一つになったって

いうか、旨く云えないど、家族ってこんな感じなんでしょうかね・・」

「命のやりとりしている時に何をのんきな・・」

「だからこそです」と、紫龍が答える。

「明日にはもう無いかもしれないから、夕飯は自分の好きなものをリクエス

トして食べに来る星矢とか、一輝が知らない瞬の涙だったり、弟の知らな

い兄の照れた顔だったり、鉄仮面だと思っていた氷河が一瞬、自分に微

笑みかけてくれたり高飛車でプライド高いと思っていた沙織さんが自分だ

けにワガママを云ってくれるのとか・・・、そーゆーのが、いいなあって思い

ませんか?」

「それで、ずっとこのままで居ればいいなと・・、お前は本当にガキだな」

 他の者ならば、すかさず反発を覚えるだろうが、シュラになら不思議と

素直になれた。

「でも、本当に閉じこめてしまえたらなって思っていたんです。鍵をかけて

大事にしたいなって」

「そして、鍵を掛ける人間はドアの外側に存在すると・・」

 恐らく紫龍はずっとそうだったのだろう。彼が閉めようとしたのは宝箱で

はない。彼自身が外敵から家族を守る扉そのものなのだ。じっと様子を

伺いながら、扉を中に入れてくるのを待っている。けれどノックの音もしな

い、強風も雨も全て遮れば、温もりに包まれた子供たちが外に出るはず

がない。そうやって彼らを守っている司城桜がしていることを、そのまま

紫龍がしても何の違和感も生じないだろう。ならば彼女でなくては為らな

い理由はないはずである。だが、紫龍は笑うのだ。

「俺の存在と引き替えに心の平安と明るい未来を手に入れられるなら安

いものだと思いませんか?願いに代償が必要じゃないんです。これが俺

の望んだ完璧な願いなんです」

 そう答える紫龍の微笑みの美しさにシュラは口笛を吹いた。少なくても

彼の少し悪巧みに近い一番綺麗な微笑みを知っているのは、自分だけ

のはずである。

「だが、お前がそう割り切れるのって俺が居たからだろう。感謝しろよな」

「・・そうですね。貴方のおかげです。ありがとうございます、シュラ」

 シュラ的には紫龍の少しだけ照れてみたり、ちょっと怒った表情が見た

かっただけなのだが、・・・その微笑みは計算しつくされたものではない。

自分では味わえない聖剣で一刀された感覚に、シュラは目眩いさえ覚え

る。だから決して紫龍には叶わないと、その自分の中の不文律を言葉に

しない代わりに、男は唇を使った。

「ちょっと、シュラ……」

 往生際が悪いのはいつもの悪い癖。

「何だ?」

 それに律儀に答えるのは、単なる愛撫の一種。少しでも長引かせた方

がHは後に引く。

「・・お嬢さんが見ている・・」

「居候が夜の散歩に行ったら、朝まで帰ってこないぞ」

「ですけど・・」

「それとも、お前、俺に何か云いたいことでもあるのか?」

 もちろん、シュラは紫龍が何を心の奥底に仕舞っているか知っている。そ

して、こう云えば紫龍は黙り込むしかないのも。その隙に彼の弱点に口付

ける。

「やぁ、」と、云っているのは口先だけ。余計なことを考えられないように、

シュラはどんどん紫龍の逃げ道を塞いでいった。 

「シュラぁ・・」と、切ない息を漏らしながら、紫龍が薔薇色に満ちていく。

 解放の瞬間まで、もうすぐだった。



 自分を包んでいたはずなのに、寝返りを打ったのだろうか、男は紫龍に

背を向けていた。その広い背中。その右と左の端に仲良く傷が並んでい

る。その線を何気なく指で辿り、自分がもたらしたモノだと知って、紫龍は

赤面する。行為の最中はただ、ただ夢中でシュラが与えてくれる愛撫に

翻弄されるだけされ、終わった後もそのまま眠りに付くことが多い。

朝もシュラに起こされて、ばたばたと城戸邸に出勤していくパターンを繰

り返す紫龍が情事の名残をシュラに見いだすというのはまれなことであ

った。そのまだ治らない傷にキスをする。呼吸を確かめると男は良く眠っ

たままであった。

ゆっくりと紫龍は起きあがった。脱ぎ散らかされた寝間着代わりの浴衣を

着込み、いつの間にか用意されていた水差しの中の水を飲みほすと、紫

龍はもう一度、シュラの隣に潜り込んだ。

「―――どうした?」

「えっ?」

 むくりと前触れもなく、男が起きあがる。

「又、あいつらのことを考えていたのか?」

「―――いいえ」

「嘘つき、お前に他に泣lく程哀しいコトなんて無いくせに」

「そんなことはありませんよ」

「じゃあ、何だ。俺のことでも考えていたのか?」

 涙を唇で拭いながら、男は静かに問いかける。まるで小さな子供をあや

すように。

「そうですよ、貴方のことを考えていたんです」

「なぜ?今、ちゃんと此処にいるじゃないか?」

「そうじゃなくて、その前です。ほら、12宮の闘いの時の―。・・・あのぉ、

真面目な話をして、居るんですけどぉ。あっ、」

 合わせの所から指を忍び込ませて、シュラは問い続ける。

「俺もマジメだよ。―――で、何?」

「貴方、―――いった。『このまま星になって女神を守ろう』って――」

「だから、今がそうだろ。何か不服でもあるのか?」

「違うtっ、―――あっ」

「で、何が云いたいんだ、お前は?」

 紫龍はもう答えられな。ただ、震えてシュラを待っているだけだ。彼が腰

ひもを解いてくれるのを。もう一度、肢体がシュラに絡め取られるのを。熱

い迸りは何時も自分の不安をぬぐい去り、忘れさせてくれる。

 そして、紫龍は又、紫龍の唇はシュラを問いつめる前に荒い息を紡ぎだ

していく。

「シュラぁ」と、男の名前を繰り返す。甘い闇に沈んみこみ、思考はいつも

同じ所で停止する。

 星になろうと云ったのは、シュラだった。その言葉に頷いたのは自分だっ

た。二人の目の前にあったのは死ですらもなかった。それは希望というモ

ノかもしれなかった。そうなるべきはずだった。あるべき未来がはっきり見

えた瞬間。

シュラの云う通りになるはずの。永遠。

 だが、そこから先の記憶が途切れている。考えようとしても、記憶は必ず

堂々めぐりになる。なぜという疑問ではなかった。どうやって救かったのか

どうしても思い出せない。いつか、ソレを口にすれば、シュラは笑顔で答え

てくれるのだろうか? それとも本当は記憶さえも存在しないのだろうか。

まだ、ここは……。




  マダ、ココサエモユメノナカ……?


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