「それで帰ってきたのか?温泉に泊まらないで?」

 ええと、頷く紫龍にシュラは大笑いを飛ばした。どちらかというと、精悍な鬼神のよう

な彼の、めったに拝めるものではないと判っていても、多少の

ばつの悪さを覚える。

「いいんです。ちゃんと温泉にも入れましたし、料理も美味しかったし・・・・」

「でも、帰りは走って帰ってきたんだろう。その方が速いもんな」

「ちゃんとタクシーで帰ってきました」

「で、Hは途中だったんだ」

「そうなの?」

ごるびぃモロゾフ4世の心配そうな鳴き声に紫龍は染めた頬をぱっと戻す。

「いえ、そんなことは・・・」

「じゃあ、すませた後か」

 相変わらずこの手の話題は苦手な紫龍の為にシュラはお茶のお代わり

を所望する。この屋敷に来ると茶を飲む回数が覿面に増えてしまうシュラ

に、紫龍はやっといつもの調子を取り戻した。

「あの、シュラ、今日はどういったご用件でしょうか?」

「女神のご機嫌伺いと、・・・デスマスクに着替えと差し入れを持って来た」

「―――ああ」

 星の子学園のお遊戯室と積み木を壊したデスマスクはその償いとして絵梨衣

の監督
の下、強制労働に―――破壊した壁の修繕と新しい積み木の

作成と、余った木でおままごとの道具を作成し、ついでに人間ジャングルジムと

シーソーにもなっておまけに庭掃きとペンキ塗りと手作りおやつづくりのアシスタ

ント、その他に
従事している。

確かに人間は犯した罪に見合うだけの罰を受けなければならない。

ましてや聖闘士は正義の為の存在であり、人々の範となる存在であり、

カタギの、善良なる市民にメイワクなぞかけていいはずがない。だからといって、

既に一ヶ月は聖域に帰れずに、一食がおかゆ一杯、一輝の置きみやげの

茣蓙の上で寝泊まりしているイタリア人に、若干の同情が沸き上がっても

おかしくなはかった。一輝はあの後さっさと逃げおおせたのでコトなきを得ている

ことを含めれば、尚更だ。

「デスマスクも夜中にわざわざ出向くくらいなら、普通に遊びに来れば宜しいのに」

「まあな。云っておくよ。シャバに戻れたら、連れてくるからヨロシクな」
 
この場合、訂正しておいた方がいいのだろかと、シュラは迷ったが犬好き

のヘンな人と、犬にも相手にされないストーカーすれすれだったら、まだヘ

ンな人の方がマシのような気がする。少なくとも紫龍の云いぶりを良い方

に解釈するならば、屋敷の門前払いは免れては居ないらしかった。

「でも、みーんな、この犬にはアマママだよな」

 その勘違いがデスマスクの首のカワ一枚でつないでいるが、シュラには

理解しがたかった。シュラにとって犬は人間のゲボクであり、それ以上でも

それ以下でもない。

「カワイイですから」

「だって、犬は犬だぞっ」

 シュラだったら、襲われたとはいえ、元気な鳴き声も聞かされ、尚かつ

最強の不死鳥のボディガードが付いている犬が心配になって恋人との

旅行から戻ってきたりはしない。

「まあ、普通だったらそうなんですけど、・・・氷河にとってはごるびぃモロゾ

フ4世はかけがえのないワンコなんです。最初で最後の犬だから、もう他

の子が居ても、例え拾ってきたとしても、飼わないんだと思います。―――

特別なんです」

 ソレは今、シュラの足下でじゃれついでいる犬への配慮と云うよりは、決

意のような神聖な響きがあった。

「そんな話ししたことあるのか?」

「無いですけど・・・、そんな気がしますから」

「ネコは?」

「えっ?」

「ネコだよ。こいつと同じように捨てられていたら、どーするの?」

「ネコはきら〜い」と、ばかりに甘えるように身体を擦り寄せてくる犬の腹を

撫でてやりながら、紫龍は答えた。

「ネコは―――多分、ですけど。そのネコが氷河のネコだったら」

「そうなの?」と、云うみたいにごるびぃモロゾフ4世が首を傾げる。

「でも、今は一等ごるびぃモロゾフ4世が大事だから、やっぱり飼わないかもな」

 えへへと、おっぽをぷりぷりさせるごるびぃモロゾフ4世を紫龍はぎゅっと抱きしめる。

「・・・それは人間にも当てはまるのかな、奴の場合?」

「えっ、―――どうでしょう?それに・・・」

「それに?」

「あー、良いんです。やっぱり」

「何だ?云いかけて置いて―――」

「いえ、これは誰にも云わないコトって決めてましたから」

 紫龍はすいませんと、微笑む。不可侵で侵さざるモノだから、余計にどかどか踏み荒

らしたくなった。

「ますます気になるじゃないか」

「―――呆れますよ、聞いたら」

「これ以上か?」

 紫龍は少し情け無い顔をする。シュラの見たことのない紫龍だった。

「どうした?」

「あの、そんなに氷河のことばかり云ってますか、俺って」

「自覚あるくせに」

「でも、氷河は―――そうは思ってない見たいなんです」

「そうだろ」珍しく紫龍の居る前で煙草に火を付けるシュラである。莫迦らしくて真面目

に話をする気になれない。

「奴の前じゃ極端、嫌がるじゃないか、べたべたするの。そのくせ居ないところでバリア

みたいにしっかとアピールしているし。アツアツだけど控えめなのをな。例えば、――

―今みたいに」

 紫龍が又、表情を変える。明らかに照れている。お茶に相応しい明るい微笑みに包

まれる。男はこの話を蒸し返すのは得策ではないと即座に判断する。

 なぜなら、紫龍にお前はどうするんだなんて、聞いても仕方が無いことが判ったから

であった。氷河がどうしようようと、シュラには関係ないし、肝心の紫龍の方は決めてし

まっている。氷河が先に死んでも紫龍は忘れない。ただ一人を思い続けるだろう。シュ

ラは煙草の火を消した。

「―――紫龍、ちょっと目を瞑っていてくれないか?」

「はい?」

 疑問形を挟みながらも、紫龍は云われた通りにする。なぜ、こんなにムボウビなんだ

ろう。氷河ともやらかしてない心中の相手という特別の関係だからだろうか。もちろん、

聖衣を修復して貰ったり、命を助けて貰ったり、友情を目覚めさせたり、大恩があった

りと、彼の周りは色々なイロイロがあると思うが、その辺りには目を瞑る。なぜなら、シ

ュラだってとっくの昔に覚悟を決めてしまったからだ。初めて逢ったその時。

―――もしも、お前が一人に戻ったら、俺が忘れさせてやるから。

 その手付けとして、シュラがその唇を奪おうとしたその瞬間、何かに裾を引っ張られ

た。見ればごるびぃモロゾフ4世が黒くて瞑らない瞳でこっちを見ている。

ばうと犬は云った。

「淋しいの〜。あたしとも遊んで〜〜」

「―――そうでした。君が居たんだ」

「ばう」

「大丈夫だ、もし、そうなっても俺がちゃんと面倒看るから」

「ばうばう!!」

「・・・お前、本当にイイコだね」

「あのう、まだですか?シュラ」

 まだ目を瞑っている紫龍の唇めがけて、シュラはごるびぃモロゾフ4世の黒い鼻を押

し付けてやった。

                         FIN

温泉から帰還編。
ごるびぃモロゾフ4世は氷河の最初で最後の犬なんでしょうね、という純ちゃんとQ話しが元になっています。話しながらちびっと泣いたんですよ、私。いや、なんというか紫龍、居なくなったらどうするんだろうと思って、氷河。可哀相とかそうゆうんじゃなくて、ああ、そうなんだって思って。←私、莫迦。それから・・・絵梨衣ちゃんは最早カタギじゃないなあ。どうして、私が書くとこうなるんだろうなあ。いや、平凡な市井の女の子が世界最強というのが、私の理想なんだけど。彼女、エリス様だしね。ま、しょうがないか。しかし、氷河・・・。前回と一緒で存在はビックのくせに出番がありません・・・。すいませぬ、皆様。

                       
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