「相談があるんだが」

 氷河のいつになく真剣な瞳に星矢もマジメに切り返した。

「金はねえぞ」
「判っている」
「―――」

 つき合いは長いのだ。コレくらいで腹を立てている場合ではない。
それに普段はごるびぃモロゾフ4世の臨時の散歩係であり、紫龍と何気なく仲良しで気に入らん、何様だと思っているはずの自分への相談事という好奇心が先に立つ。

「あ、紫龍とケンカして仲裁とか云うのも、パスな」
「もちろんだ」
「……」

 珍しく星矢の心の機微に気が付いたのか、氷河が素直に詫びを入れてくれる。

「お前には仲裁が向いてないとか、一言多いとかじゃなくて、……うちはお前の手を煩わせるようなケンカなんかしないから必要ないということだ」
あー、そりゃあ、良かったね。……で?」
「話というのは他でもない。絵梨衣のことなんだが」
「どうかしたの?」
「この頃、少し冷たい気がするのだが……」
「少しか?」

 あれを少しと認識されたら絵梨衣の方はさぞや、やりがいがないだろう。初めは当然の報いと思っていたが、最近はそれなりに行き過ぎではないかと同情していた自分が莫迦をみた。が、星矢は自分の本心を悟られないように慎重に話を進めた。好奇心は膨らむばかりであった。

「で、どんな風に」
「モロゾフ4世のことをごるびぃって、一輝名前で呼ぶんだ」
「……嗚呼、ごるびぃの方が呼びやすいからな。もしかして……それだけか?」
「……」

あくまで真面目な顔を必死で作る星矢に、氷河は少し考え込み、―――流石、鳥を冠に載せているだけはあって見事な忘却ぶりである、やがて思いだしたのか、ゆっくりと口を開いた。

「前は行くとアップルパイを焼いて、その上にアイスクリームを載っけて出してくれたんだが、今はミヤゲを持っていっても何も出ない。……この前はいきなりお茶漬けが出てな」
「このクソ暑いのにか?」
「そうだ、絵梨衣も脂汗をかいていた。クーラーがしかも壊れていた」
「……」
「おまけに梅味だった」
氷河の目はその時のことを思いだしているのか、遙か遠くをみやっている。
「……お前、好き嫌い多すぎるモンな」
「でも、頑張った」
「残せよ」
「マーマとカミュと紫龍が出されたモノは最後まで食べないと教えてくれたからな」
「……その後で絵梨衣ちゃんから、『氷河さんにはもっと判りやすくしないとダメね』とか云われたんじゃないのか?」

 氷河には現代日本で客に出される茶漬けの意味も、その由来である古き良き時代の思いやりも、知るよしがなかった。

「よく判るな」
「お前だけだ、判らないのは」
と、ツッコミたいが、それは出来ないのでフォローを入れてみる。
「あそこも経営苦しいからな」
「沙織が税金対策でこまめに寄付していると聞いたが」
「皆、育ちざかりだからなあ。いくら金があってもなあ」
と、云いつつも星矢は密かに知っている。
「育ち盛りだから、すぐに胸が大きくなっちゃって」
と、絵梨衣が新しい服を買い込むのを。
その服が美穂のと比べて、リボンの大きさも、ひだひだも、無闇にレースが付いていてカワイイと云ってさしつかえもないことも、その服が綿のくせにブランドであることも、もちろんユニクロよりは高いことをも、知った上で星矢が誤魔化すと、氷河は素直に納得したようであった。

「それでか。この頃、公園でかき氷を売っているのは」
「氷って?」
「だから、公園でかき氷を作って売っている。一杯250円。市場より安いらしく、結構はけている」
「……あー、えー、ねじり鉢巻きしてか?」
「絵梨衣にそれが正しい売り子のスタイルだからと云われてな」
「―――あっ、お手伝い」
「なんだろうな。店主は絵梨衣なんだし。注文は難しくてな。ダイヤモンドダストをかき氷機でも削れるように、少し柔らかめに作らなければいけないのだ」






「―――ちょっと、待て。氷って、……小宇宙で作っているのか?」
「如何に俺とて空中から氷は作れない」
「それっって、私闘じゃない……か、どっちかというと金、じゃない小金儲けか」

 だったらギリギリセーフかなとも思う。あの聖域で最高位の黄金聖闘士といえどもパーティの余興でワザを披露しているのだ。(でも、一部だけだが)それに比べればりっぱにボランティアとも云えなくはない。

(ま、その金の行き先が問題だけどな……)
 しかし、それを追求するのは星矢の仕事ではない。むしろ、自分には一言もグチを漏らさない健気な彼女にリボン一つ買ってやれないゲンジツがシビアにのしかかる。

「面白そうだしな、かき氷屋。俺もバイトで雇って貰おうかな」
「そうして貰えると助かる。普段はイイが急いで撤収作業は一人では心許ない」
「急いで?どうして?」
「絵梨衣曰く、市民の公園を不当に我がモノと云っている、ヤバイ筋が来るからな」

 これ以上は面白がって聞いていられないコトくらい世渡り上手の星矢にはピンと来たが、やはりどんな時でも希望は持っていたかった。

「……それってさあ、なんとなく一輝に黒服着せて、グラサン掛けた感じに似ているか?後、カニに派手な極彩色のシャツを着せて、やっぱり黒メガネを掛けているような……」
「お前は時折、見てきたようにモノを云うな。なぜだ」
「お前より日本に慣れ親しんでいるだけだからな、気にするな。それで?まさか、シベリア仕込みの足封じワザか?」
「使うまでもない。一瞥で逃げていくからな。どうして、あーゆー輩は必ず『覚えてろ』と云うのだろうな。覚えているはずがないのに

 ハハと、おきまりの笑いを虚しく空中に溶かして、星矢は悩める青年の肩に手を置く。

「しんどかったら、止めてもいいんじゃねえか?元々、冷やしたスイカを持って行きたかったから誘っただけなんだし」
「……一度始めたことを自分のことだけで一方的に打ち切るというのは、子供の教育上いかがなものだろうか?」
「……紫龍が云ったのかソレ?」
 こくんと頷く。
「妙な所で要領悪くて律儀だもんな、お前」
「お前が誉めるなんて珍しいな」
「誉めてないちゅうの」
→聞いてない。「それに云う通りにしてないと、絵梨衣が『そう云えば子供達が又、ごるびぃちゃんと遊びたいって云ってたわ』って云うんだ」
「……」

 一見、微笑ましいおねだりの範疇である。だが、これがりっぱに恐喝が成立すると星矢には判っている。
星の子学園の子供達は人数が多かった。そして、ハンパではなかった。星矢だってあそこの子供達と真剣に遊ぶと一週間は足が遠のく。ましてやごるびぃモロゾフ4世はかよわい女の子でしかも犬だ。
冬ならまだしもシベリアンハスキーに炎天下で歩くのは拷問に等しい行為である。木陰の誘惑にも負けずに、やっとの思いで目的地に辿り付く、水を飲むヒマも与えられないまま、

「ごるびぃちゃん、本当にカワイイね」
それは判ったから、汚い手で触れるな、子供。しかも撫でているんじゃない。勢い余ってこね回すになっている。出かける前は綺麗にそろっていた毛並みがすでに乱れきっている。
「わあ、むくむく」
それも判っているから首に抱きつくな。ぎゅっとしがみつくな。窒息させる気か。
「わお、お鼻って本当に濡れているんだああ」
って、知っているから鼻に触るな。
 しっぽを噛むな。耳、ひっぱるな。暑いからお家を造ってあげるねって、板持って来て囲うな。追い回すな。しかも一人ではない。いつも二剰三倍四掛け、いつ途切れること無い濁流のように、又は次から次へと訪れる刺客のように奴らは来る。
その全ての攻撃をごるびぃモロゾフ4世は持ち前の忍耐力で耐え、コワイけど笑顔で応対し、決して子供を吠えない、噛まない。腹を立てても嵐が過ぎるのを忍んでいる。―――そのいじらしい姿を目の当たりにして、どうしてこれ以上の苦界に落とせるだろうか?
つーか、それさえもぶっちすれば良いだけなのだが、氷河には絵梨衣に逆らうという発想が浮かばなかった。

 自分と同じ金色の髪と、そして、子供達に接する時の優しい微笑みが、今はもう二度と逢えない人を彷彿させる。彼女の前に出ると氷河は無意識のうちに幼い頃の氷河に戻ってしまう。早い話、マザコンの代替である。
だが、何でアレ一度、刷り込まれた関係を払拭させるのはムズカシイ。故に母親を怒らせたと思っている少年の悩みは傍目から見るより悩みが深い。

「俺が怒らせるようなことをしたんだろうか、彼女に」

 答えはNOである。なぜなら、多くの子供達を目の当たりにしてきた彼女には氷河が、自分に何を求めているか気が付いていて、尚かつ彼女も許していたからだ。惚れた弱みという奴だった。
もちろん、最初だけで済ませる勝算はあった。死んだ人間の面影を求めていた少年。でも、ある日、少年は雷に打たれたような衝撃に襲われる。  BOY MEETS GIRL AGAIN。少年が本当に求めていたのは幻ではなくて、側で微笑んでいる温かい生きている少女と、……少女マンガの黄金パターンが炸裂するはずだった。ともかく時が熟するまでこの状態をキープしておけば良かったのだ。
 絵梨衣の誤算は氷河は単なるマザコンに過ぎず、彼の愛する人間は二人の出逢いの前から決まっていたと云うことであった。
ついでにホモだった。
見込みは初めから無かったのに、ムダに愛想を振りまいてしまったのだ。この世にこれほど、許せないことがあるだろうか?
思いの丈が深いほど、水泡に化した努力の分だけ女は容易く修羅となる。そして、氷河の不幸は彼女が争いと不和の女神の血を内包していることであった。カワイサ余って憎さ百倍。だが、無表情な彼がほんの少し困る顔は絵梨衣に今までとは違った快楽を呼び覚ましていった。女はいつだって復讐の女神の卵をいくつも胸に抱えている生き物なのだ。
ならばあえてこれ以上、炎に油を注ぐ必要もあるまい。

「何、お前知らなかったの?絵梨衣ちゃん、お前のこと好きだったんだぜ」

なんて知られた日には一輝もまっつおの地獄の業火が開かれるだろう。ああ見えても氷河は素直である。
まっすぐな瞳で彼女にごめんなさいと云ってしまうだろう。

「お前の気持ちに答えられなくて。俺が愛しているのは紫龍だけなんだ。でも、君は紫龍とは違う安らぎを与えてくれた。感謝している」
「何を仰っているの、氷河さん」

だが、絵梨衣は愛らしく花のように微笑むだろう。かつて氷河が見惚れた微笑みで。
「それで、どなたから、そんな根も葉もないことを聞いたの?ふーん、そう、星矢さん。じゃあ、きっちり間違いを正さないとね」
と、語尾を上がる彼女の目は決して笑ってない。そして、ターゲットは正確には比率が変更される。
回りでカレシが居る友達であり屈辱を味あわせた星矢の彼女、美穂にその矛先は行くだろう。
氷河7:周囲3だったものが1:9位に。今だって電話一つ取り次いで貰えないのだ。不便だからと渡したケータイ電話も一日と保たずに踏みつぶされてしまった。
平常時の嫌がらせ、いや本人にとっては軽い挨拶がそれなのだ。遺伝子に意地悪が染みこんでいるのだ。

故に星矢は友を見捨てて、女を取る。肩をポンポンと叩いて、にっかし微笑んでた。

「あの日とかじゃないの?単に」
「……あの人はその日と違うのか?」
「まあ、細かいこと気にするなって。ともかくお前には紫龍が居るんだからな」

 うっかりと口が滑りすぎてしまった。カンの良い人間ならば今、自分の身に起こっている全ての不可解の現象について瞬時に理解してしまっただろう。氷河はじっと自分を見ている。コワイ。
 紫龍って良くこんなヤツと一緒に居られるなと、冷や汗を垂らしながらも妙な感動さえしてしまう。やがて、ゆっくりとその青い大きな瞳がぱかっと見開かれて、―――彼は呟いた。厳かに。口元には勝利の笑みさえ浮かんでいた。
「そうだな。羨ましいか」


 ケーキでも食べていればこの問題は解決するかと思いきや、時間が経つ程、もやもやと雲みたいにむくむくと膨れあがるばかりだった。

「どうして、あれで納得できちゃったんだ」
「するでしょ、氷河だもん
「うん、奴は判るんだよ。―――問題は俺の方だって、何で俺が負け犬の気分を味あわなくてはいけないんだよぉ」

 独り言にしては大きかったから女神さまが答えてくれて、ついでに紅茶まで煎れてくれた。

「普通はね、確かに出来ないわよ。でも、あの二人は特別だから」
「特別って……ホモだからか?」
「そーゆーんじゃなくて、まー、ちょっとは関係有るかも。あの二人って、ラベルに拘ってないから」
「ラベル?」
「カタガキっていうのかな。ジュリアン・ソロは私が女神だったから求婚したの」
「だよなあ〜現物のお前を見ていたら、間違ってもそんな気にならないって」

 にこっと笑って左ストレートを綺麗に決め、沙織は続けた。

「星矢は美穂ちゃんと付き合っているけど、例えば彼女が地球の裏側に住んでいたら、付き合って無かったと思うの」
「でも、美穂ちゃん、星の子ガクエンにいるじゃん」
「……彼女って苦労しているのね」
「えっ?何で」

星矢の短い絶叫を無視して沙織は続けた。

「でも、氷河は紫龍がアテナの聖闘士じゃなくても、敵同士でも恋に落ちてしまうの。世界の裏側にいても、頑張るのはどっちにしろ氷河なんだけどさ」
「アスガルドって実証があるもんなあ。つまりストーカーだったからこそ、紫龍をゲットできたというわけか」
「……貴方と付き合う女の子って、本当、苦労するわね」
「だから、何で?」
「見ていて気が付かなかったの。紫龍もちゃんと好きよ、氷河のこと。あの性格だから辿り着くまで随分、時間が掛かったみたいだけど。嘘だと思うなら紫龍に聞いてご覧なさい。すぐ判るから」
「やけにワケ知りじゃん、お嬢」
「まあね」

もちろん、彼女は微笑んだだけで続きは教えてくれなかった。一言だけ添えるだけで。
「時々やけちゃうけどね」


 星矢だって鈍くはないのだから紫龍がちゃんと氷河と付き合うようになって雰囲気が変わったこと位ちゃんと察している。
余計な肩の力が抜けたこと、時折―――ごく希に見せていた淋しそうな表情が消え失せたこと。皆が居るのにどうして、そんな顔をするのだろう。ずっと引っかかっていて、―――そして聞こうとする度に返される笑顔の眩しさに、どうしても問えないことであったのに、自分でも不思議だった。

夕日が射し込む台所。ハミングさえ聞こえてきそうな紫龍の背中に、晩ごはんの献立―――さんまと肉じゃがと豆腐のおみそ汁を聞いたついでに、

「紫龍って氷河のこと好きなの?」
「えっ?」

 リズミカルに動いていた包丁の手が止まる。紫龍はこちらを振り返る。
星矢は初め紫龍はいつものようにただ微笑むだけかと思った。
なのに紫龍は夕日よりも真っ赤になって自分を見つめている。







 その時まで星矢はSex(認めたくないが)というオプションが付いているだけで、自分たちと氷河に大差はないと思っていた。イヤ、今もそうだろう。紫龍は星矢を庇い、瞬を保護し、一輝を手助け、沙織の盾になるだろう。だけど、紫龍の中で皆は氷河とは決定的に違う―――、それがなんなのか、判ってないのは本人達だけであろう。
周囲は改めて聞く必要もなかった。いや、聞いてもムカツクだけなんだと思ったから、星矢はその場に別れを告げた。沙織が云った妬けちゃうの意味が漸く判ったような気がして、何だか無性に彼女の声が聞きたくなった。

「もしもし」
「はい、こちらは星の子学園ですが……」

 いつものように電話口に絵梨衣が出た。横では美穂が踏みつけにされているだろう。いつもだったら、ここでおののき、その隙に受話器はがちゃりと無情の音を発てるのだが、今日の星矢は一味違った。会得したばかりのヒッサツの呪文を唱えてみる。

「あっ、もしもし絵梨衣ちゃん?あのさ、氷河ね、キューリ超嫌いね。紫龍も判っているから、配膳するときにわざわざ避けてやるんだぞ」
「あら、星矢さん。お電話、美穂ちゃんに代わるわね。少々、お待ち下さ〜い」

 ……そして、氷河は目に涙を浮かべながら、キューリまるごとのロール巻きを食べるハメに陥ったのでありました。


           なにはともあれ、ガンバレ氷河。






元々は「ごるびぃ」というのは一輝ネームでシベリアンたるもの彼女のことはモ ロゾフ4世と呼ばなくてはいけないというのが、本編の主題のはずでしたが、 どぼしてこんなに長くなってしまったか、永遠のなぞです。
でもJさんも私も「ごるびぃ」って呼んでいるから、 全然、ノープレなんですけど。だったら、書くなよ。
所で純ちゃんに綺麗なべべや裸の氷河を描かせる人は 数多くいても、土方の彼を描かせられるのは (つうても挿し絵は指定ではないのですが) 私だけねとちょっと悦に浸りました〜
ありがとう〜純ちゃん。(しな)

今回は、女の子の切なく愛しく凄まじい恋心を淡々と綴る、わたし好みの素敵なお話をしなさんが書いてくれました。えへ。「氷河って、ちゃんと絵梨衣のこと気に入ってるんだ」と、ワタシ的には嬉しかったです。紫龍の地位が不動であるということは決まっていても、氷河にはやはり女の子に囲まれていてほしい、とおもう私は何者。酷いひとかもしれません。そして、星矢もちゃんと紫龍が大好きなんですよね。これも嬉しかったり。アニメデフォルト(?)も大事にしつつ、これからもいっぱいの星矢キャラを見たいです。しなさん、宜しくです(※もちろん氷河と紫龍とごるのラブラブも)。 (純子)
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