「帰ったぞ」と、短い言葉で帰宅した一輝を迎えたのは紫龍と、そして、初めて見る毛皮だった。
「何だ、コレは?」
「モロゾフ4世って云うんだ。昨日、氷河が拾ってきたんだけど・・・」
「ふーん。又、飼い主でも捜すのか?」
「いや、飼おうと思って居るんだが・・・」
 聞き慣れない言葉に、一輝はもう一度シベリアンハスキーを見直した。其処にいるのは典型的な子犬だった。黒と白の強情っ張りの毛並みと対照的に青い目がほんの少しだけ不安そうに揺れている。一輝の言葉が自分の命運を分けると判っているのだろう。だが、しっぽをくるっと丸め、男を見つめる様にはこびた様子は無かった。一輝をは子犬の頭をぽんぽんと叩いた。
「もう決まったことなんだろ。名前まで付いているんだし。だったら、俺の了承はいらんだろうが」
「理屈はそうなんだけど、やっぱり皆で可愛がりたいだろ」
「俺は群れるのは嫌いだと、知らないお前ではあるまい」
「・・・・そうなんだけどな」
 子犬の不安な顔をくしゃくしゃっと撫で回しながら、、一輝は低い声で続けた。
「モロゾフ4世だっけ、このごるびぃ?」
「そうだが・・・、あのさっきからごるびぃって、何だ?」
 アルマーニに毛が付くのも構わずにぎゅっと、抱きしめていた男が怪訝な顔を上げた。
「この面構えは“ごるびぃ”だろ。いかにも」
「・・・・そうなのか?」
「常識だろ」
「でも、女の子だよ、モロゾフ4世は」
「本当だな」
 いつのまにか、モロゾフ4世一輝に腹を投げ出し、一輝に体中をさすって貰っている。
(えっちぃ)とか云いながらも、モロゾフ4世は嬉しそうだ。
「このごるびぃ、ごつい顔しているな、嫁の行き手が無いぞぉ。どうする、どうする」
(やーん)
「足はぶっといから大きくなるな。―――犬小屋はもう造ったのか?」
「いや、氷河の寝室でバスケットで寝かせようと思って・・・」
「室内犬にするのか?ごるびぃなのに」
「その方が一緒にいる時間が長くいられるしな」
「毛が落ちるだろ」
「お手伝いさん達も割と好意的で、お言葉に甘えようかなと・・・」
「良い迷惑だな」
「そう思う」
「まー、冬はさておき、ごるびぃは夏の暑さには弱いからなあ。―――しょうがないもんなあ。、こんな毛皮じゃなあ。・・・こちょこちょこちょ」
(えへ、くすぐったいよぉ)
 そのまま一人と一匹は無心に戯れていた。いつまでも。その様子は声を掛けた紫龍に罪悪感を沸かせるほどだ。
「あー、じゃあ、家に置くことに異論はないんだな」
「今更、俺一人が反対したところで覆されないんだろ。なあ、ごるびぃ」
(ありがとうなの。嬉しいの)
「・・・一輝、食事は?」
「先に風呂に入る」
「判った。・・・ビールでいいか?」
「ああ」
 後はいつもと同じ確認事項だけが続いていた。それきり「ごるびぃ」のコトは二人の口から出ることはなかった。



「で、どうだった、一輝は?」
 二人とこれからは一匹の寝室に戻ってきた浮かない顔の紫龍を見て、氷河は最悪の事態を想像した。もちろん、家にほとんど寄りつかない男の反対なぞ気にするつもりは毛頭無い。が、それはあくまで氷河の認識だ。一人でも家族に良く思われていなかったら、それもあの態度だけは大きい男にいびられたら、居心地の悪い思いをするのはモロゾフ4世の方である。
「それは大丈夫だと思う」紫龍は慎重に言葉を選んだ。
「うん、はっきり肯定して貰ったワケじゃないけど、否定もされなかったからな」
 間違いではない。決して希望的観測を述べているつもりもない。が、初めて見る男の意外な一面が、喜びを素直に認識出来ないでいた。
「じゃあ、何をそんなに怪訝な顔して居るんだ?」
「えーと」
 云っても良いのかなと悩んだのは一輝と氷河の終わることのしれない冷戦を危惧したからだ。何かに付け張り合う二人だ。だが、任務や戦闘ならさておき、犬を間に挟む構図というのは少し間抜けすぎる。否、モロゾフ4世が気の毒である。と、考えた紫龍はもう一つの方を口にしてみた。
「・・・あのな、シベリアンハスキーって、『ごるびぃ』って云うのか?」
「はっ?」と、氷河は読んでいた雑誌から目を離して、まじまじと紫龍を見つめた。
「何だ『ごるびぃ』って、?」
「いや、一輝がモロゾフ4世を見て、『ごるびぃ』って云うんだが・・・」
「なぜ?」
「それが判らないから困っている。でも、何処かで聞いたことがあるんだよな、『ごるびぃ』って・・・」
「そうだな。―――『ごるびぃ』『ごるびぃ』」と、何度か繰り返してやっと思い出した。
「そういや、皆でTVを見ていた時に、シベリアンハスキーが出てきてな。一輝が『可愛いごるびぃだな』って云っていたな。後で瞬に聞いたら、奴らが昔住んでいた家の近所にシベリアンハスキーが居たんだと。ごるびぃって名前の」
「・・・そうか」
 このまま日本に居れば思いこみを訂正する機会にいくらでも恵まれただろうが、生憎それは許されないことだった。こうやって、平和に生活していると自分たちがいかに日常的知識が欠如しているかよく判る。だが穏やかな暮らしは同時に空白の欠如を穴埋める作業も許されるのだ。こんな風に。
「でも、良かったよな。その時に住んでいた犬の名前が『ゴンザレス』とか『ごん太郎』とかでは無くて、『ごるびぃ』で」
「そうだな。『ごるびぃ』の方がまだ可愛げあるもんな」
「女の子で『ごるびぃ』もあんまりだがな」
「そうか、言い慣れてくると、ケッコウ可愛いと思うが・・・」
 と、言いかけた紫龍とモロゾフ4世の目がばっちりあった。
(呼んだ?)と、云うように。
 氷河と紫龍は顔を見合わせた。何だか悪い予感がした。
「モロゾフ4世」
 そう呼んでみると、「わん」と、おっぽが振られる。
「―――ごるびぃ・・?」
「わん」やはりおっぽが振られた。
(何か、ご用?)と、云うように。
 『モロゾフ4世』という名前を貰ってから、まだ半日と経っていなかった。そして、その名前が決定になる前は、チョビだのボルシチだの各人に好きなように呼ばれていたりする。だめ押しに今日は何度、「ごるびぃ」と繰り返しただろうか。
「えーと、君はモロゾフ4世で、ごるびぃって云うのはアホの間違った認識だから、呼ばれても返事をしちゃいけなんだよ。判るか?」
(・・・・どうして?)
「どうしてもだ」
(でも、素敵な名前だよ)
「そう云われても・・・、なあ?」と、振られても、氷河が説得できないモノをどうして、紫龍が言い含められるだろうか。
 青い瞳と青い瞳のにらめっこがしばし続いた。じいいと。そして、氷河は又、負けた。

 ごるびぃモロゾフ4世。彼女はこうして自分の名前を勝ち取ったのであった。

教訓。 犬の名前は家族全員で付けましょう



あの一輝と対等にたわむれる魔性のわんこ、ごるびぃ。
ロシア語ぽく統一されてはいるが、何故4世なのか、名付け親さおりん。
周りに常識レベルで気を使っているのは君だけだね紫龍。
こんなに大勢いる城戸家族の中で、それでも敢えて氷河を飼い主とさだめた、その青いつぶらな瞳は何を思う。
謎が謎を呼ぶ、愛らしいごるびぃのお話は、しなさんの「電脳公主」さんで続きが読めます。どんどん存在感がでかくなる彼女に会いにGOGO 
by純子さん

第2話というか、命名編。元々、ごるびぃの名前は直球で、「チョビ」(私的に一輝が付けそう)だったのですが、純子さんに差し上げた際に、名前の命名をお願いして・・・・、はは、タイトルとか、名前付けるのとか、嫌いですね。私。で、結局はごるびぃモロゾフ4世に落ち着いたのですが、その話しの合いのQの最中、あーでも無い、こーでも無いとしていた時、では、一輝のパイオニア、夕月さんに聞いてみようというのが持ち上がり、彼女の付けた名前が、「ゴンザレス」・・・流石だね。この件で所詮、シベリアンな人間達の思い浮かぶ一輝と、生粋の一輝紫ファンの一輝さまでは格が違うと思い知ったのでありました。後、純子さんが「まるで一輝の嫁のような紫龍」と、仰っておられましたが、違います。紫龍は一輝の弟で、ムコは氷河です。あっ、だから、仲が悪いんだね。この二人。
 それから、今、現在、「シベリアノ貴族」さまの、大トップに飾らして頂いております。夢でしたので、嬉しかったです。でも、何かテレてしまうのことよ。
byしなしな

両方とも当時の話です。まさか半年も経たないでこんなことになるとは、
思わない当時のコメント。。。
(^▽^ケケケ

                          

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