「氷河、居なくて冷気が恋しくなったの?」
「ハハ、そんなワケないだろうが」

 瞬のお見立ては本人に一蹴されたが、傍目から見ればそう取られても
可笑しくはなかった。人工的なエアコンが苦手な紫龍は風通りの良い寝室か、
外に出て木陰に居ることが多い。今だって、居間のソファに座って本を捲りなが
らも、冷房よけなのか、長袖の上着を羽織っている。

しかも、心なしか唇は青ざめている。
「じゃあ、どうした風の吹き回し?」
「俺じゃなくて、ごるびぃ・モロゾフ4世の為」
 なるほど、いつも以上に毛皮が厚く見えるシベリアンハスキーが、
ぴとっと紫龍の足の上に頭を載せて、息をぜーはーさせていた。

 そのへたり方は、女神と一緒に聖域へ同行した氷の聖闘士を
思いおこさせた。実際、氷河とごるびぃモロゾフ4世は一番、
冷房の効いている居間で夏を過ごすことが多かった。任務やら仕事で
外出する以外はソファで惰眠を貪っているか、TVを見ている。

モロゾフ4世は氷河の膝の上に頭を載っけたり、長く組んだ足の先に
自分のしっぽだけをちょっとくっつけてみたり、隣でも、触れ合わない
すれすれの位置にわざと座ってみたりしながらも、氷河の側に良く居た。
そして、氷河の居ない今、その対象を紫龍へと鞍替えしたのか、
紫龍が台所に行けばおともをし、庭いじりに行けば離れない。

ジムで体を動かしている時はじっと見ている。
 ごるびぃモロゾフ4世はその名前が示す通りに寒さには強い
シベリアンハスキーであった。そして、寒さに強いの同義語は
暑さにめっきり弱いと云うことであった。
防寒用の毛皮を脱ぐことが出来ない彼女に日本の夏はダイレクトに応える。

なのに、どんなに息を切らしても、彼女は紫龍の後ろから離れようとはせず、
仕方なく紫龍がエアコンに当たる羽目になったというわけであった。
「何だ、ごるモロ、冷血氷男が居ないから淋しいのかよ」
 星矢の揶揄にも答える元気がないのか、
ごるびぃモロゾフ4世はちらっと青年を見ただけで、又、息を切らした。

「うわ、いつも以上にへばっているなあ。けど、お前は大丈夫なのか、紫龍?」 
「うん、ちょっとな」
「本当、エアコン、ダメだよね。夜はどうしているの?」
「ああ、それは―――」と、云いかけて紫龍は気が付いたようだ。
「しゅーん、それは関係ないだろうが」

「うふふ、今度、じっくり聞かせてね。
―――さあ、ごるびぃは星矢お兄ちゃんに遊んで貰いなね」
「俺は別に聞きたくないけど、ごるモロはお兄ちゃんと遊んでいようなっと」
 実は星矢は待っていたのだ。氷河ほどでは無いにしろ彼も動物の温もりが
好きだった。ただ一輝ほどずーずーしくは無いので、ごるびぃモロゾフ4世に
触れる機会を掴みかねていたのだ。

そして、二大巨頭が居ない今こそ、このでっかい犬と戯れるチャンスだった。
だが、星矢の羽交い締めをはね除けて、ぜーぜーしながらも、紫龍の後を
くっついていくのである。紫龍はいつもと同じ優しい微笑みを浮かべながら、
犬の頭を撫でた。

「ごるびぃモロゾフ4世は氷河、居なくて淋しいの?」
(うん)の返事のようにしっぽが振られ。まっすぐに紫龍が見つめられた。
「そうか、イイコだな、ごるびぃは」
(そうなの。だけど、それだけじゃ無いのよ)



 昼間は何かにつけて騒がしい弟たちの世話に追われて忘れられていたが、
自分の部屋に戻り、ベットの上に横たわると不意に思い出される。
それとも単に忘れていたかったのだろうか。
―――今、この家に氷河が居ないことを。

 コイビトに近い関係に陥ってから、離れて寝泊まりするのは初めてのことだった。
それでなくても城戸邸にいる間、氷河は何かにつけて紫龍につきまとい、
離れず、そして、エアポケットが出来ると、所かまわず悪さをして紫龍に叩かれる。
 アタリマエだと思っていた日常が取り上げられ、少しほっとした自分が
嘘のようだった。もう一人の主が居ないベットはいつも以上に広いような気がした。

もう、三日。そして、後、三日。
 それも場合によっては延長される確率が高いと氷河はひきつり笑いを
浮かべていた。不意に甦る。切る間際の昨日、電話越しの音だけのキス―――。
「―――ごるびぃモロゾフ4世は、氷河が居なくて淋しい?」
(うん、とっても。ご主人様のご主人様は?)と、
云うようにぱたぱたとおっぽが振られる。

「そうだね、淋しいね」
 昼間と同じ質問だった。そして、ごるびぃモロゾフ4世の答えも同じだった。
違うのは、自分だけだった。紫龍は気が付いてしまった、
本当に淋しいのは、自分だと云うことに。思っていた以上に、
氷河のことを好きでいる自分を。本当は見過ごしていたかったのか、
知らないままでいたかったのか。判らない。

が、たまには彼女を見習って素直になってみるのも、いいかもしれない。
氷河の居ない所ぐらいは。
「今日は一緒に寝てくれないか、ごるびぃモロゾフ4世」
(わーい)

 後、三日。今までの三日間より確実に長い時間に、紫龍はもう一度、
カレンダーを見つめてから、目を瞑った。ごるびぃの氷河よりも高い体温が
少しだけ温かかった。



 かちゃっと、静かに開けた扉であったが、ごるびぃモロゾフ4世の耳がピンと立った。
(やーん、お帰りなさいなの)ぱたぱたとしっぽが振られ、
そのままベロキスの嵐が氷河を襲ったが、氷河は犬の好きなようにさせた。
「はいはい、ただ今。イイコにしていたか?」
(うん。ご主人様の云った通りに、ずっと側にいて上げたよ)

「そーか、偉いな、モロゾフ4世は」
(えへへ、誉められちゃった。嬉しいの)
 氷河はモロゾフ4世にイイコイイコと頭を撫でてあげた。ごるびぃは、
うふふとその手の平を一杯、一杯受け止めて、しばらくそうやって、
そして、犬と人間はしばし、見つめ合った。

「・・・・・あのな、ごるびぃ」
(なーに?)
「どいてくれないか、その、ベットから」
 ごるびぃは右目をちょっと動かして、本棚の隣にある一輝の買った
赤いクッションと氷河の用意したバスケットをちろっと見た。

(どーして?)
「お兄ちゃんが紫龍の隣で寝たいから」
 紫龍とごるびぃモロゾフ4世はその巨体をくうと大きく伸ばし、
ついでに後ろ足をびろんと伸ばして、のびのびと紫龍の隣で腹を出して寝ている。
氷河がベット眠るスペースが無い。

「ほら、おみやげ買ってきたからな、肉1キロ。トドの肉だぞ、
日本じゃ食べられないぞ、旨いぞ」
「笑止。こんな真夜中に肉なんぞ食したら、ごるびぃの滑らかな曲線が
崩れるだろうが。お前は何も犬のことが判ってないな」
「なにぃ」

         




もちろん、寝ている紫龍に気を遣って小さな声だが、瞳で十分、
冷凍庫の役割を果たせるクールさを忘れなかった。
「つーか、何処から湧いたんだ、一輝」
「ハハハハハ、入り口からに決まっているだろうが」
「莫迦め、網戸にしてある窓は入り口とは云わん。非常識だぞ、お前」

「ふっ、犬のミヤゲにトドの生肉を持っていくるお前に常識を問われたくないわ」
「ならば、お前は何を買った来たんだ、一輝」
「決まっておろう。ちょっと太り気味の愛犬には、ボール遊びが一番なのだ。
フフ、ごるびぃ、テニスボール囓るの好きだろ。はい」

「フッ、偉そうな能書きばかり垂れているが、肝心なコトは何も知らないようだな、
一輝。テニスボールは何処かの女神のお下がり、
しかも飽きるのが早かったから、
10ダース程、新品同様が残っているではないか」

「フフ、お前こそモノを知らなすぎるな。このテニスボールは
女神のお手つきなボールとはワケが違う。何を隠そう、
あの杉山愛のサイン入りボールなんだぞ」
「なにい!!」と、素直に驚いてしまった時点で氷河も一輝とドングリの
背比べなのだが、しかし、判定者は一匹の愛犬というだけで、

ダメダメな勝負は、まだ終わりが見えなかった。
「しかし、一輝!!日本には花より団子という有り難いことわざがあるんだぞ」
「フフ、そう切り返すとは思わなかったぞ、氷河。こうなったら、
ごるびぃに決着を付けて貰おう!!」

「お前にしては中々、気が利いているな。トド肉とテニスボール、
どっちがモロゾフ4世の寵愛を受け取るか!フフ、勝負だ、一輝!」
「望むところだ、さあ、ごるびぃ。どっちにするんだ!!」
 その答えかのように、ごるびぃモロゾフ4世は大きなあくびをした。

ソレは二人の男のバランスを取るためでも、間で苦労する紫龍の為でも
無かった。彼女は氷河の言い付け通り、一日中、紫龍の面倒を見ていた。
彼が淋しくないように、ずっと側に居て上げた。紫龍は氷河と違って、
ちょこまか動き回るので、お供するのが大変だったが、ごるびぃモロゾフ4世は
忠実にその任務を全うし、そして、彼女の大事なご主人様は漸く帰ってきた。

すなわち任務完了し、漸く重責から解放されたであった。
(だからあたし、もう、ねむねむなの。おやすみなさいして、いい?)
 彼女はその返事が待ってられないほど、疲れ切っていた。
ごるびぃモロゾフ4世は目を瞑た。そして、そのまま深い眠りに落ちてしまった。

「フッ、うい奴め。おやすみ、ごるびぃ。良いユメを」そう云うと、一輝はトゥと、
姿を消してしまった。そして、一人ぽつんと残された氷河の取るべき道は、
モロゾフ4世をベットから移動するか、紫龍を起こすしかなかった。
だが、モロゾフ4世は愛くるしすぎて、
起こすなんて鬼畜なマネは一輝でも出来そうになかった。

「―――紫龍」耳元で囁いて、キスをしても起きる気配はない。
「ただ今」
 パジャマのボタンを一つ、一つ外しても紫龍は眠ったままだった。
無邪気だった。可愛かった。
「・・ひょうがぁ」と、呟いてくれた。

・・・・どうして、起こしたり、無理矢理突っ込んだりなんて、
ヒドイ事が出来るだろうか。(しようとしたけど)仕方なく、でも、
限りない愛しさだけを込めて、もう一度、頬にお休みなさいのキスだけを残すと、
氷河は涙でむせびながら、ソファで眠ることにした。


 さて、仕事を通常の倍以上のスピードで終わらせ、三日分を一日でクリアし、
そして、一輝と死闘を繰り広げた氷河は自分で思っていた以上に、疲れていた。
 だから、翌朝、飛ばしたタオルケットを紫龍がかけ直してくれたことも、
少しだけ素直になった紫龍の口付けも本当に気が付かなかった。




紫龍、なんて、一生懸命いたいけなのかしら。氷河、お仕事よくがんばったね。
と、しなさんの書かれる2人はほんとにイイ子で、素敵カップルですよね(しかもしっかりすることはしている)。なでなでしたくなります。
一輝にいさんの動物好きが毎回ピカリンと光っていますが、今回は壮絶でしたね。はっはっは。
でも今回、一番偉かったのはやっぱりごるびぃかな。なでなで。
面倒かかる連中だけど、宜しくしてやってくださいね。とわたしからも、頭を下げてお願いしますね。▼^?^▼
しなさん、毎回ほんとにありがとうございます。すっかりシベリアのワン子なごるびぃ。次回もめっちゃ楽しみにしておりますー!おつかれさまです!   BY 純子さん

第4話。シベリアノ貴族の純子さんに、夏コミの時にイラスト原稿を似頂いたので、その御礼。そのくせ(彼女のご本のゲストの)代原になるかもしれないという数奇な運命を辿りました。(しなさん、遅筆だから)もう夏に浮かんだ話というのが、モロ判りですね。なんつーか、書くほどに一輝がアホになっていくというか、何処から杉×愛のサインボールを手に入れたんだろう。・・・すいません、聞かれても困りますよね。 えーと、今回初めて見た時から、ごっつう気になっているのをムリに直しました。(^▽^ケケケ その為にぐちゃぐちゃになってなきゃいいんですが、何処直したかというか、なぜ直したかったか、判った貴方はりっぱなシベリアン BY しなしな

                                      
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