ごるモロの正しい呼称は「ごるびぃ・モロゾフ4世」という。

なぜ、たかだかシベリアンハスキー、しかも拾った為に血統書も付いてない、雑種扱いの犬に、そんなご大層な前が付いているかというと、それには城戸邸に住む住人の様々な思惑と陰謀が隠されていた。

 そもそもこの般若のような顔のくせに、人なつっこく、しかも女の子の犬の命名権を与えられたのは、この館の女主人であり、彼らの奉じる沙織であった。

「モロゾフ4世にしましょう」
 
彼女の愛用のチーズケーキのメーカーの名前だった。ちなみに4世はこの家の4番目のペットということであった。3世は庭で放たれてしまったオウム、2世は庭で迷子になったニシキヘビ、では名誉ある一世はというと、

「ウマよ」きっぱりと。微笑ましくも楽しく無いエピソードが紹介されたが、それはさておいて、彼女の名前は「モロゾフ4世」に決まった。ここまでは変則的ではあるが家族といって差し支えない枠組みへ、認知されるはずだった。

 そこへ一輝の登場である。彼は男の浪漫に付いては詳しかったが、一般常識が少々というか大分、苦手であった。彼はシベリアンハスキーという名前を知らずに、あの系統の犬は全て、「ごるびぃ」と思いこんでいた。

普通ならば認識はごるびぃであっても、個体には名前が付くはずなのだが、彼は理解しなかった。ムシと云ってもいい。ともかく「ごるびぃ」とインプットされたものは、天地天命、何が起ころうと「ごるびぃ」なのである。

そして、不幸な、有る意味、幸福なことに彼は意外と犬が好きだった。「ごるびぃ」と、いう新しい家族にめろめろになった。比較対象をするなら、自我を覚え、小うるさくなった弟より遙かに愛らしい存在だと気が付いたのだ。

 そして、そのことを誰よりも最初に知ったのは、何を隠そう「モロゾフ4世」であった。彼女は自分が「モロゾフ4世」であり、「ごるびぃ」であることを了承したのである。賢い犬である。

 んが、しかし、人間の方はそれ程、賢く、否、大人では無かった。ごるびぃの緒主人様である氷河は、沙織に名付け親を頼んだというより、一輝とそりが合わなかった。故に犬をモロゾフ4世と呼んだ。沙織は当然、自分の付けた名前で可愛がった。

一輝は妥協を恥ずべき行為の一つに数えていた。瞬は兄に倣った。そして、星矢は間を取って「ごるモロ」と呼んでいた。一番下の弟はバランス感覚が優れていた。

ので、氷河も一輝も彼のこの中途半端な物言いには異議を唱えなかったし、(と、いうか言い負かしたのだが)沙織はハナから、星矢に期待はしていない。故に運命の選択は紫龍に委ねられた。

この家の住人達は紫龍の本気には逆らわない。ごはんが抜きになるからだ。だからこそ彼は慎重に見極めなくてはならなかった。正義の女神が持つ天秤のように、公平に推し量らなくてはいけなかった。

城戸邸の暴君は沙織で、一輝は暴れん坊将軍だった。瞬は影の統治者で、そして、紫龍は氷河と特別な関係だった。
 というよりは一つを選んでしまえば、誰かが傷つくというのは判っていた。ああ見えても、沙織も一輝も瞬も、氷河でさえ、繊細でナイーブで壊れやすいガラスの十代であった。

 この全てのコトと折り合いを付けるためには、紫龍は舌を縺れさせながらも、全部の名前を呼ぶという道を選ぶことにした。「ごるびぃ・モロゾフ4世」と、はっきりと。だが、犬の名前にしては長すぎるソレは、彼女の世話を氷河に注いで行っている身には不便なことが多かった。

有り体に言えば、―――。
「面倒くさくなか?」
 氷河の代わりにごるびぃ・モロゾフ4世にブラッシングを掛ける紫龍に、星矢は問いかけた。

「ごるモロって、呼べばいいじゃん。簡単に」
 この少年は時折、紫龍の心の闇を払いのける太陽の剣を持っている。
「いーのかな?」

「いーのかなって、犬の名前じゃん。でーじょーぶだよ。そもそも、たかが犬ころにご大層な名前を付けたから、ややこしいことになったんじゃん」
 彼の論理で云えば正しい犬の名前はシロか、クロかポチかハチである。

「本当はさ、ごモちゃんにしようかなと思ったんだけど、試した途端、一輝と氷河(五十音順)がギロリってこっちを振り向くんだぜ。あいつら、仲は悪いけど遣ることはクリソツだな。そのくせ単なるツマラナイ意地の張り合いを俺達に意志付けるしさ」

 確かにそうかも……と、紫龍は否定が出来なかった。
「それにさー、紫龍がごるモロって呼べば、奴らも少しは反省するんじゃないか?」
そうかな、と答えた紫龍は正しい。

が、星矢のヨミもあたらずも遠からずといった所であった。二人の対立はそんな次元をとっくに超えているが、その一因に紫龍もしっかり含まれていることを本人以外の誰もが知っていた。

「ま、いいきっかけになるんじゃないのか?どのみちこれ以上、悪くなることはないんだし。それとも紫龍はごるびぃ・モロゾフ4世に愛着でもあるの?」
「いや、そーゆーわけでもないんだが・・・」

「じゃあ、いいじゃん。俺が付けた愛くるしいあだ名を使ってみても。お揃いになるし」
「―――もしかして、俺を引き込もうとしているのか?」

「えへへ、当たり。まーね、風当たりは強いのはいつものことなだけどさ、やっぱ数の原理で負けているってのはいただけないじゃん。これで紫龍が『ごるモロ』にしてくれたらさ、旨くいけば最大政党になるんだぜ」

 もちろん、紫龍は星矢ほど単純なおつむはしてなかったが、この年下の弟のお強請りにはめっきり弱かった。それに、これは恐らく誰にも思いつかないことであったが、紫龍は今まで、誰かを省略したり、渾名で読んだりしたことが無かった。

皆の名前がはっきりしすぎていて、渾名の必要性が無かったりしたこともあるが、もし、そうじゃなかったとしても、やはり同じように渾名で呼んだり、そんな風に呼ばれたりは無かっただろう。そして、優等生は案外とこういったことにささやかな憧れを抱くものである。

とにかく、チャンスであることに間違いは無かった。紫龍はちょっとドキドキしながら、―――何せ、犬とはいえ初めてのことであった、その名前を呼んでみることにした。

「ごるモロ、―――お座り」
 だが、しかし、彼女はごはん、頂戴の時よりもつぶらな瞳で紫龍を見つめるだけで、いつものように、素直に腰を下ろそうともせずに、ただ哀しげに紫龍を見つめている。絶望的な青い空の瞳で紫龍を見つめている。

「―――ごるびぃ・モロゾフ4世、ごめんね」
 “ごるびぃ”と、名付けたのは人間だった。“モロゾフ4世”と、名付けたのも(神様だけど)人間だった。そして、人間の思惑に振り回されるのは、いつでも罪のない人間以外なものである。

「お前が自分でその名前を呼んだことを忘れていた」
「えへっ、判ってくれて嬉しいの」と、云うようにおっぽをふりふりする彼女を紫龍はきゅっと抱きしめる。一匹と一人の種別を超えた友情にアホらしいと思いつつも、星矢の目頭が熱くなった。

だが、彼たちは想いは通じていたが、心まで通じているのでは無かった。もちろん、彼女は高貴な感じのする自分の名前を気に入っていたが、紫龍が思う程のこだわりは無かった。

 氷河にしても一輝にしても星矢にしても自分を呼んでくれているので、返事を返しているだけである。ゆえに本来なら、紫龍だって、どう呼ばれても構わないのだが、―――犬にもその律儀さを発揮する優しいご主人様のご主人様が、ごるびぃ・モロゾフ4世は大好きなのである。

そして、大好きな人の声はたくさん、たくさん聞きたいのであった。
「いいな、モロゾフ4世は。紫龍にたくさん名前を呼んで貰えて」
 大好きなご主人さまが羨むくらいに。だから、

「ごるびぃ・モロゾフ4世」

 貴方だけが呼んでくれる、その名前で、私はちゃんとお返事するの。



第5話というか、再び命名編。単なる4世由来編なんだけど、最後がしっかり氷河紫龍になっていて、すごいや、俺様。
月並みですが、ご主人様のご主人様というフレーズは気に入ってます。
余談ですが、おっ、こりゃあイイ泣かせ所だぞと自画自賛していたら、
純子さんは、違う所萌えちゃって・・・で、マンガになるのでした。

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