「犬、飼ったんだってな」と、いう突拍子も脈絡もない、おまけに死の仮面と名前が付いている男には相応しくない言動だったが、予想に反して紫龍は笑顔で応えた。

「ええ、シベリアンハスキーなんですけど。やっぱり触りにいらっしゃったんですか?」
「あっ、まー、そんな所」

「へぇー、そーなんだ」と、合いの手を入れるカプリコーンの黄金聖闘士の向こうずねをケリ上げたのは、余計なことを云うなという合図ではなく、むしろ会話を進めて欲しいという願いを込めてだった。デスマスクは紫龍が苦手だった。

だが、それは関わりたくないと云うより、どう接して良いか判らないからだ。彼はというか、ほとんどの黄金聖闘士は相当、どさくさまぎれに生き返ったが、デスマスクは決して自分の主義主張を曲げたワケではなかった。

現在、この地上で一番強いのは女神、アテナ=城戸沙織。故にアテナの聖闘士をしている。理には適っている。だから、後ろめたいことは何もないのだが、不思議と紫龍の前に出るとその自信が揺らぐ。

紫龍は何も云わなかった。むしろ、あの時が無かったみたいに接してくる。他の黄金聖闘士に対するように敬意すら持って。だが、自分に刃向かってくる小僧は知っていても、それ以外の穏やかに微笑む紫龍をデスマスクは知らなかった。

その笑顔がかえってデスマスクを落ち着かなくさせる。そんな彼の複雑な心情をムシし、シュラと紫龍は会話を弾ませていた。
「・・・と、云うワケで、そのごるびぃモロゾフ4世ちゃんに逢いたいんだけど・・・。悪いな、忙しいところ」

「今、一輝番なんで時間が掛かるんですが、ともかく呼んできます」
「何?その一輝番って」
「ごるびぃモロゾフ4世って、氷河の犬だから、一輝も遠慮しているところがあるんです。控えめで、氷河には判りにくいんですけど。ですから、氷河が居ない時は思い切りごるびぃモロゾフ4世との憩いの時間を過ごしているんです」

「・・・一輝って、あの眉間にキズが付いている目つきの悪いお兄ちゃんだろ」
 微かな記憶を辿ってもあの強面が犬を溺愛している図は想像できない。だが、紫龍の柔らかい微笑みはそのことを事実であると告げていた。

「ごるびぃモロゾフ4世は賢くて、可愛くてイイコなんです。ちゃんと氷河と一輝の間を潤滑油してくれますし・・・、ああ、すいません。余計なことまで。今、連れてきます。もう少々、お待ち下さい」

 そう云って紫龍は来た時と同じように丁寧に頭を下げると、リビングを出ていき、後には男達だけが残された。
「やっぱイイコだな、マジで」

 チャイムを突然、慣らしただけの急な来客であったはずであるが、紫龍は笑顔だけで迎えて、お茶と手作りケーキで歓待してくれた。だが、その甘さ控えめのケーキをぱくつきながらも、デスマスクの顔は浮かなかった。

「何で、お前、一人で喋っているんだ?」
「お前が頼んだからだろ」
「にしてはスムーズに会話をしていたな」

「俺、あいつの命の恩人だもん。エクスカリバーのことで話があるといって、何回が食事に行ったし」
 初耳である。
「えっ?もうヤっちまったのか?」

 シュラはニヤリと笑った。そのような既成事実があるのなら、休日にわざわざ日本に訪れるはずも無かった。実際の所、チャンスがないワケでは無かった。戦闘から離れた紫龍はほんわかとスキだらけであった。又、人のモノはやたらに旨そうに見えた。

が、その雰囲気とは裏腹に、全ての攻撃が見極められたかのように、寸前でかわされていた。ぼけらっとした微笑みで、肩に手を置こうとしただけで振り向かれてしまった。

あるいは電話で呼び出され早々に、帰宅の途に付いた、余程、鍛えられているのか、それでなければ恐るべき守護天使が付いているのか。
―――だが、そんなハジをぺらぺら喋るほど、愚かではないので話を逸らした。

「まあーー、お前にしてはまっとうなやり方だな」
「へっ?」
「犬でワンクッション置くことによりケモノ好きなイイヒトをさりげにPRして警戒心を解かせて、ついには自分がケダモノになって本人に乗っちゃう作戦だろ。いやあ、りっぱ、りっぱ」

「それよりもっとウマイ方法があるんだ」
「ほう、余り期待はしないが聞いてやろう。ヒマ潰しに!!」
「犬はな、紫龍の寝室で寝泊まりしているそうだ」

「それで、着ぐるみを着て犬になりすまして、デバガメするのか?」
「・・・そうか、その手もあったぞ」と、真面目に頷かれた時は縁を切ろうと思ったが、
「もちろん、そんな一過性の快楽に身を委ねる俺様じゃないわ」

 ワハハと、腰に手を当てながら、デスマスクは手の平の小さな機械
―――盗聴器を見せた。
「これを犬の首輪にしかけるんだ。フフ、誰もカワイイ愛犬に、自分をワナにはめ、恐怖のどんぞこに陥れるモノが仕込まれているとは思うまい」

「それで?あえぎ声でもオカズにするのか?紫龍だけじゃなくて、相手のヤロウのも入っているぞ。そうか、編集するのか」
「ちげえよ!!そのテープを元に強請るに決まっているだろ」
 シュラは飲んでいたティーカップを落としそうになった。

「・・・・強請るって」
 そもそも、強請れるのか?という疑問をシュラは呑み込んだ。何せ氷河と紫龍、二人は相思相愛の仲である。ラブラブである。片方が相手の声では無かったら問題になるだろうが、自分たちの愛の記録である。

換えって喜ばれるかもしれない。聖域というか女神は同性交遊を禁じている所か、せっせと推奨しているかのようであるから、こちらも対象にはならない。

氷河と紫龍に未だ影響力を及ぼしている老師とカミュにも、すっかりバレバレなので、二人の心中はどうであろうと脅迫までには至らないだろう。そもそも紫龍の方がデスマスクより強い。氷河ももしかしたら、強いかもしれない。強請った途端に返り討ちに合う可能性の方が高い。

しかし、強請である。無理強いである。紫龍は逆らえない。微笑みが消えて、瞳だけは抵抗の意志を示しても、体は思うがままである。そのシツエーションは確かに男の心を燃やすモノがあった。

「判った、俺とお前は友達だな」
「ありがとう、お前なら判ってくれると思っていたよ」
 そうやって男達がなけなしの友情を確かめ合っていると、鴨が葱を背負ってやてきた。

「すいません、遅くなりまして。さあ、ごるびぃモロゾフ4世、挨拶をして」
「わん」ごるびぃモロゾフ4世は紫龍が云った通りイイコだった。部屋の中に入った途端、淀んだ空気が敏感な彼女の鼻梁を刺激したが、それでも健気にしっぽを振って、来客を歓待した。

「おお、なんてカワイイかたぶとりなんだろうねえ」
「きゃん」と、コワイ顔をしたお兄ちゃんがいきなり抱きついてきて思わず悲鳴を上げそうになったが、外国人の挨拶なんてどれも同じ、と耐え忍んだ。

・・・かたぶとりはちょっとヒドイと思ったが、愛想は忘れなかった。
でも、ぎゅっとが長いの。くるしのぃと、思っていると、息もつかせぬ抱擁を楽しんでいたはずのデスマスクが、そのまま彼女を抱きしめながら、急に紫龍を睨み付けた。

「おいっっ!!」
「何でしょうか?」
「お前、何でココに居るの?」
「はっ?」

「お前が居たら、かたぶとりちゃんに触りにくいじゃないか」
「・・・そうなんですか?」
「決まっているだろう!少しはモノを考えろよ。タコが」
「あっ、すいません」

 穴だらけとはいえ『紫龍を思うがママらぶらぶ』大作戦でなかったら、デスマスクをタコなぐりにして、紫龍の心で流した涙を拭っている所だ。しかし、その代わりにシュラはスマートに紫龍に退出を願うことにした。
「あー、紫龍、申し訳ないけど、紅茶のお代わり貰えるかな?熱いのを」

「はい。・・・じゃあ、ごるびぃモロゾフ4世、イイコにしているんだぞ」
「わん」恐いよおと思ったが、紫龍の面目を潰さないようにと、ごるびぃモロゾフ4世は良いお返事をして、おっぽをぷりぷりした途端、その自慢のしっぽがぎゅっと捕まれた。

「わおん!?」
「後はうまくやれよ」
「フフ、任せておけって!!」
 そのままぶっとい足を引っ張っられて、横に倒しにされる。

「わぉぉぉーん、きゃん」
「ウルセイィ、静かにしろって云うんだ」
 悲鳴を上げる犬に対して、デスマスクは戦場以上の非常さを見せた。
「大人しくしれていれば、イイメ見させてやるからよ」
「俺はそーゆー台詞、人間に云いたいよ」

「うおん、、、きゃわん」
「じゃっかまし、俺だって、そうだ」暴れる犬の四肢を押さえながら、男は叫ぶ。

「だが、しかーし、千里の道も一歩から。首輪を見せて見ろって云っているんだ」
「ぅぉん、わおーん」
「だー、食いやしないって云っているじゃないか!!あっ、何すんでぃ」

 ごるびぃモロゾフ4世はただやられっぱなしの女の子ではなかった。一瞬の隙を見て、がじっと男の手を噛んだ。
「イタイ、こいつぅ。積尸気冥界覇をお見舞いするぞぉ」と、拳が振り上げられ、ごるびぃモロゾフ4世の悲鳴が最高潮に達した瞬間だった。

「どうしたんだ、ごるびぃモロゾフ4世!!」
「やーん、このおじちゃんがなでなでして、気持ち悪いのぉ。セクハラだよお」もちろん、犬だから文句は云わないが、きりりと誇り高い彼女にしては珍しく、一直線に紫龍の元に逃げ込んだ。

「コワイよ、犯されるよおぉぉ、助けてよぉぉ」
「デスマスク!!」
 右手でぎゅっと彼女を抱きかかえながら、紫龍は先程までの笑顔をかなぐり捨て、黄金聖闘士を睨み付けた。

「ごるびぃモロゾフ4世に何をしたんですか?」
「って、噛まれたんだぞ、俺は」
「ごるびぃモロゾフ4世は謂われもなく、そんなことをする子じゃありませんっ」

 紫龍は一歩も引く様子はなかった。先刻までの麗しのヤマトナデシコは何処にいってしまったのだろうか。だが、ゾクゾクした。今の紫龍は先刻の彼よりもずっと話がしやすかった。
「そりゃあ、単なるバカいヌシなだけだ!!大体、犬に首輪を付けないなんて常識あるのか、こりゃあ」

「氷河が嫌いなんですよ。拘束しているみたいだって。それに、この屋敷で放し飼いですから必要ないでしょう」
「お前ら、それでも愛犬家か!!万が一、迷子になったら、どうするんだ?」

「衛星探知機のチップがしっぽに内蔵されてますから、その心配は要りません。そんなことより、俺の質問に答えて頂けません。何故、ごるびぃモロゾフ4世をいじめるんですか?」

「いじめちゃいねーよ!!」
「では、何でこんなに怯えているんですか?」
「何故って―――?そりゃあ」

 盗聴器を仕掛けるために身体をなで回した、からなんて答えられるはずもなかった。なぜなら、デスマスクは心奪われてしまっていた。頬を上気させ、自分だけをきりりとした眼差しで睨み付ける紫龍に。
(そーだ、その顔だ、紫龍!!)

 己の正義だけを信じ、相手を射抜く相手を射抜く破邪の瞳。微笑みなんて要らないのだ。
 デスマスクの思惑も知らずに紫龍の糾弾は続く。

「本当に、ごるびぃモロゾフ4世を虐めたりしたら、どうなると思っているんですか?」
「・・・・どうなるんだよ、紫龍」

 ああ、そうなんだと彼はやっと判った。これが自分の待っていた瞬間だった。デスマスクはやっと自分の欲望を知る。紫龍の魂の籠もった拳を受ける。その痛みこそが喜び。その歪んだ欲望が叶おうとしたまさに瞬間、

「こうなるんだ!!!!!!」と、デスマスクは空高く掲げられた。
「あーれー!!」
「この俺様とごるびぃの数少ない貴重な〜ぎゅっと包容したり、ボールで追いかけっこをしたり、フリスビーで走ってキャッチはごるびぃはちょっと太り気味だから難しいが、そのうちチャレンジさせる、代わり今年の冬はばっちり犬ぞりをやったるぜぃ〜の愛の時間を取り上げた上に、いたいけなごるびぃを泣かせる奴はマヌケな白鳥が許しても、この眉間のキズが黙っちゃいまい。地獄で念仏でも唱えていろ。鳳翼天翔!!」

「―――って、あのお兄ちゃん、口上を述べる前にワザしかけなかった?」
「一輝の得意技なんです。だから、云おうとしたのに・・・」紫龍は大きな溜息を付いた。
「でも、今日はまだマシな方なんです。氷河も居ると氷付けにされますから」
「ああ、そうなんだ」

 漸くシュラは初めからくすぶっていた疑問を投げつけた。
「お前、俺達が来た時、『やっぱり』って云ったが・・・、俺達だけじゃないのか?ごるびぃモロゾフ4世に逢いに来たのって?」
「ええ、皆さん、いらっしゃましたよ。カミュとミロは真っ先。ムウも老師、それから・・・」

「皆、首輪が無いって云っていたのか?」
「いえ、それはミロだけですけど・・・、あの、何か?」
 それには答えないで、シュラはいつのまにか紫龍と自分の間に入り込んだ犬を見た。

「・・・もしかして、電話を入れさせていたのって、キミ?」
「わん!!」
「そうか」
 シュラは敬意を込めて、ごるびぃモロゾフ4世の頭を撫でた。

「君は世界で一番のボディガードだね。恐れ入ったよ」
「えへへ、誉められちゃったの」

 だが、しかし、城戸邸のクロコダイルが放し飼いになっている池に落ちた位で全てを諦めるデスマスクで無かった。そして、犬に噛まれたくらいで弟子のような(自分気分)氷河の、大人になった記念写真(嫌がらせ)を諦めるミロではなく、微笑み対決で負けた位で、紫龍を諦めるムウではなかった。つまり真の闘いはこれから。まだ、始まったばかりなのであった。

 ガンバレ、ごるびぃ、負けるな、モロゾフ4世!紫龍を悪の手から守れるのは君だけだ。 
        つーか、氷河は?


 
     デスマスク登場編。常識がある人は出番が少なくなるシリーズですが、
      今回、氷河が居ないのは単に収拾が付かなくなるからです。
      ギャグの基本です。(笑)でも、氷河居ないのにシュラに勝っている。
      すごいわ、氷河。まー飼い犬のおかげなんだけど。


           シュラがひたすらスマートでかっこいいことに、ひとすじの光明を見い出してしまう、
           作品です。さすがしなっち。
           高嶺の花を手折ると凄いリスクをおう、というお話ですね。
           がんばれ氷河。心強い味方に恵まれているのも、運がいい証拠だ!

         所で、高嶺のはなって、、、紫龍?ごるびぃモロゾフ4世?(笑)


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