自分が怪我などで入院すると、あの男(ひと)は何時も誰よりも早く見舞いにと来てくれる。その事は素直に嬉しかったし、自分があの男に大切に想われていると言う事の何よりの証だと心密かに自惚れてもいた。しかし同時に、困った事もヒトツ。

「どうした、気に入らないのか」

今回は嗜好を変えて、イングリッシュ・ローズをメインに選んでみたのだが。そんな言葉と共に、ベッドに半身を起こしていた自分の胸へと落とされたのは軽く一抱え、本数にしたら恐らく軽く百本近くはありそうな程に大きな薔薇の花束。コレはキャサリン・モーリー、コレはアンブリッジ・ローズ。このピンクが強いのはジェフ・ハミルトン、良い香りがするだろう。いかにも『薔薇』って感じのハイブリッド・ティーも良いが、こういうのも中々に華やかで良い。そうは思わないか?紫龍。そう、長身を屈めて自分の目の高さに目線を合わせつつ、長い指先で順繰りに束ねられた花それぞれを指しながら囁く穏やかな笑みを乗せた横顔。だが花束を受け取った自分はと言えば、そうして満足そうに言葉を掛けて来る相手に対し『ええ』とか『そうですね』とか、硬い表情で曖昧な返事を返すばかり。ちなみに自分の為にあの男が花を選んで持って来てくれると言う事が嫌な訳では決して無い、ソレは断言出来る。しかし如何せん毎回毎回、余りにも量が多い。だがだからと言って意見を言ったり、ましてや断るのはせっかくの厚意に水を差すみたいで気が引ける。そうした胸の内での葛藤が、素直に喜ぶ心に地味な陰を落とし結果として表情が強ばってしまう。ソレでも今日こそはと覚悟を決め、重たい口を開いてみたのだが。

「気に入らないなんてそんな、でもあの、毎回こんなに沢山は、その」
「いらない、・・・って?」

こちらがしどろもどろも良いトコロな調子で何とか紡いだ言葉をあっさりと一蹴した、屈めていた身体を起こしながらのさらりとしたヒトコトに、ぎくりと揺らした背筋の辺り。つられてがさりと騒いだ、腕の中の花束。その様子をベッドサイドから見下ろしつつ、言葉を続けたあの男。お前の言いたい事なんてハナから判っているさ、でもな、敢えて言わせて貰えば俺がお前に花を持って来るのはどんな時だ?入院している時だろう。では入院をすると言うのはどう言う時だ、その答えは病気か怪我をした時で、ついでを言えばお前は身体は丈夫な質(たち)だから、病気で入院なんて事は俺が知る限り、一度もした事は無い。しかしどう言う訳かお前はこうして、下手をすれば俺の横で寝るよりも遥かに多い日数をココ(病院)で過ごしている。ソレが示すのはどう言う意味、事だか判るか?判るなら、利口で礼儀正しくオマケに聡いお前なら、俺のしている事に意見をするだなんて到底出来はしないと思うのだが。ソコまでを、つんと尖った顎先を指で摩りつつ口調こそは穏やかだが要所要所でしっかりと釘を刺して来た、有無を言わせない畳み掛けについつい、伏せた視線。そんな自分に、あの男がまた言う。

「だから良いか、毎回毎回、処分に困る程の花を貰って迷惑だと思うなら」

俺に花を持って来させる様な事はするな、お前が入院をしなければ、俺も花を持っては来ない。どうだ、簡単な事だろうと、この男特有の言葉遊びみたいな囁きと共に、くしゃりと掻き回された頭。その仕草と意外なヒトコトに釣られて視線を上げると、ぶつかったのは何時もはその身に宿す刃みたいに鋭く硬い、でも今は何処となく歪んで鈍く見える光を宿した切れ長の双瞳。その眼差しに、胸で零す。相変わらず、狡い事を言う男だ。今の言い方ではまるで、こちらが全て悪いみたいに聞こえるじゃないか。でも、ソレは強ち間違いじゃない。今の理屈ならば自分が怪我さえしなければ、したとしても入院する程の程度では無いなら、花を貰う事は無い。ならば怪我をしない様に気を配れば良いのだろうが、しかしそうは言われてもこっちにも出来る事と出来ない事がある。自分だって、何も好き好んで手傷を負っている訳では無い。自分の非力さ、無力さは勿論だがやむを得ない状況だってあるのだから、その辺りを汲んでくれても。ってかやっぱり悪いのは、この尋常じゃ無い量の花束を持って馳せ参じて来る相手の方じゃないのか。いやしかし心配を掛けてしまっているのは事実なのだから、彼のやり方に対しての反論の資格なんて、さっき言われた通り無いと言えば無いのだがと、何ともちくちくとした自問自答を繰り返していた時。

「まあとにかくこの先、いや俺としては出来る事ならもう二度とと言いたいトコロだが」

何となく下を向いていた自分の頭に掛かった声に、再び上げた視線。そんな自分に、あの男が優しく言う。でもお前にはソレは無理な約束だろう?何せ俺と初めてやりあった時だって、ハナからそう言う勢いだったし。そんなお前の性根を今更変えろと言ったって、どうにもならないに決まってる。ならば可能な限り、こうした機会と日数を減らせ、ソレくらいは出来るだろう。と、言うかそうしてくれ。

「じゃないと良い加減、ココが痛くて堪らない」

そう、自分と視線を合わせた侭のあの男が、立てた指先で軽く叩いたのは左の胸。その仕草に、あっとなって返した次の言葉なのだが。

「そうですよね、毎回こんなに花を買っていたら幾ら貴男でも懐が辛いですよね・・・」

自分のヒトコトに、あの男は先ずは一瞬きょとんとした顔をした。次いで何時も怜悧なあの男にしては珍しく、声を上げてからからと笑って、そして。

「そうだな、確かに辛いな」

未だ収まらない笑いに歪んだ顔で自分にとキスを送った後、変に機嫌良さ気に『辛い辛い、辛くて堪らない』と繰り返しながら、病室を出て行った。しかしこっちは、あの男がどうしてアソコまで笑っているのかが皆目判らない。何かおかしな事をいってしまったのだろうか、ソレとも余りに単純でヒネリも何も無かった受け答えがツボにでも入ったのだろうかと、例の花束を抱えたままで眉を顰めるばかり。



そんな自分が、あの男が見せた『胸を叩く』サインの本当の意味を知ったのは退院してから数日後。病院のベッドでは無いベッドで、あの男と一緒に素肌で朝日を浴びた時だった。







TRIPLE-balanceの黒木ましろ様から頂きました。

あの男は、シュラでいいですとのこと!!!ブラボー!だよ、ましろさん!ありがとう!

ましろさんの山羊は、どこかなんちゃって紳士のうちの人に比べると、
ちゃんと黒紳士が板についていて、いつ読んでもノーブルな気分に浸れます。

実はコレ、私的にちょっと大変なことが終わった後で、
陣中見舞いとして頂戴したのですが、やっぱり頑張って良かったなと思いました。

そんなわけでこれからもよろしくお願いします。<(_ _)>←あれ??


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