シュラに「お休みなさい」を云いに行く時、紫龍はどっぷりとした湯飲みに、ほうじ茶を煎れて持っていく。10時を過ぎたら、コーヒーでは胃に悪い。だから、ほうじ茶を書類に目を通しているシュラの邪魔にならないようにそっと置くと、ぺこりと頭を下げた。

「それでは、先生、お先に失礼いたします」
 シュラは顔を上げずに云った。
「もう帰るのか?」
「手伝いも終わりましたから。ハイ」と、湯飲みの側に黒いフロッピーディスクを置く。
「3年生と1年生の期末テストを作っておきましたから。ちゃんと確認をお願いします。この前みたいに開く前に削除なんてしないで下さいね」

 だが、紫龍の小一時間ばかりの苦労を感謝の言葉もナシに、男はちょっと口を尖らせた。
「何だ、二年生のは作ってくれないのか?」
「・・・先生、俺、2年生なんですけど・・・、しかも同じ学校の」

「それが?」
「自分のテスト問題、自分で作るワケいかないじゃないですか?」
 ああと、頷きながらもシュラは諦めては居なかった。
「お前なら、問題見なくても百点だろうが」
「世間はそう見てくれませんよ」

 学園長くらいだ。シュラと紫龍が叔父と甥と云うことを知っているのは。マンションはお隣同士であるが、名字が違うので親戚であると気が付いている者は居ない。もちろん、ただの血縁者ということは別に隠す必要も無かったが、成績も良く、教師達の人望も厚い紫龍はとかく皆の話題に上りやすい。

これ以上、目立つ要因と話題を提供をする必要は無い。何よりヒミツはたくさんある方が、本当のヒミツを隠す防衛ラインになる。
「それに、お仕事も為さらないで何をしているんですか、先生」と、
ひょっこり見てしまった机の上には化学の教科書やら副読本の代わりに、数人の年齢がまちまちの男達と女の写真、A4サイズの書類がばさばさ載っかっている。紫龍はミロが来ていたことを思い出した。

「―――又、頼まれたんですか?」今月に入って2度目だ。
「まあな。犯人の確定まで半分以上は人にやらせておいて、その手柄だけで警視庁で管理官で出世街道バリバリまっしぐらなんて笑っちゃうけどな」
「検事って捜査もしていたんですか?」

「フツーはしない。TVじゃないし。まー、特捜になる前は良く警視庁が上げた犯人の無実を証明して、メンツを潰して楽しんだもんだけどな」
「でも、それは正義の追求の為でしょう」
「裁きの大鎌は正しく罪人の所へ落とす。それが俺の仕事だったからな」

「では、今はどうなんですか?」
「うーん、どっちかっていうと趣味かな」
「趣味って・・・」
「ついでに実益も叶えている」

 警視庁の捜査一課の刑事であるミロがシュラの所に捜査の状況を流すのは、何も彼らが大学時代の先輩後輩だからではない。守秘義務を忘れ、服務規程違反を犯し、ばれたら減棒、下手をすれば免職というリスクを犯しても、シュラのプロファイリング能力や、それに付随する推理能力はこのまま埋もれさせておくのは、もったいなかった。

実際、彼が犯人と言い当てた百%が被疑者だった。冤罪も救った。もちろん安楽椅子探偵でもあるシュラも見返りにはある。スピード違反の取りこぼしや、駐禁料金の踏み倒しなぞ数え上げたらきりがない。

「でも、そろそろ気分転換する所だったからな」
「・・・今ので十分、出来たでしょう、あっ、二年生のテスト問題を作るのも忘れないで下さいね、先生。それでは、おやすみなさい」と、立ち去ろうとした紫龍の腕がシュラに捕まれた。デスクワークの時には掛けられている眼鏡のいつのまにか外され、鋭い眼光に射抜かれ、紫龍の心臓は一瞬、高鳴ったが、それでも平静を保って微笑みかける。

「何ですか、先生?」
「いつも云ってるだろ、二人の時は名前を呼んでいいって」
「家でも訓練してないと学校で出ちゃいますから、呼び名って特に」
「教師、呼び捨てにする生意気なクソガキなんて、一杯居るだろうが」
「そんなクソガキ、嫌いなくせに」

「生徒だったらな。―――でも、お前は違うだろ」
「じゃあ、小父さまって呼んで良いんですか?」
「そう、来たか」普段は余り気にして居ないが、10才の年の差の重みがずっしり来た。
「お兄ちゃんって呼んでくれた時もあるのになあ」
「それは俺が小学生の時で、小父さんが高校生の時の話でしょう。おまけに自分でイヤがって止めさせたくせに。27才なんて小父さんで、十分です」

 珍しく悪戯っ子の表情―――クラスの委員長も務める彼がこんな表情を見せるのは自分の前だけだと思うと、もっと虐めたくなる。
「確かめてみるか?」
「何がですか?」
「本当に小父さんかどうか」
「―――えっ?」と、問いかける迄もなかった。
 紫龍の唇はシュラのそれに塞がれ、ねっとりした舌が唇を割り込み、紫龍の中に入って荒らしまくる。ぜーぜーと、苦しくて息もままならないのか、力つきた紫龍が床にへにゃへにゃと座り込んだ。

「なっ、小父さんじゃないって判っただろう。それとももっと、じっくり知りたいか?」
「もう、十分判りました」
 夜の生活の選択権は紫龍に有るが、流石に一月もご無沙汰だとシュラも、すんなり云うことを聞いてられない。
「じゃあ、判った証拠に小父さんじゃなくて、名前で呼んでごらん」

 途端、紫龍が困った顔をする。一瞬だけ、その表情さえ見られるのがイヤなのが、少年は素早く踵を返した。
「部屋に帰ります」
「ホント、意地っ張りだな、お前。可愛くないなあ。―――こんなになっているのに」
「わっ」

 パジャマに着替えているから大丈夫だとタカをくくっていたが、そのパンツごとずり降ろされる。シュラにとっては少し濃いめの接吻くらいで済んだが、刺激に慣れていない若い紫龍の方はしっかり反応してしまった。このまま一人で寝かせるのは可哀想と云うよりはもったいない。そして、シュラは黒板の前で問題を書く教師に早変わりする。

「さあ、どうしますか、紫龍クン」
「一人でちゃんと出来ますから、ケッコウです」
「俺は一人でヤル方法なんて教えてないだろう」

 かあと、改めて自分が云った意味を思い知り、紫龍はただ赤くなる。自分の許容範囲を超えるとヒートして、何も云えなくなる。その泣きそうな顔を可愛いと思いながら、シュラはぽんぽんと頭を叩いた。
小さいときから、何度も繰り返されている仕草だった。シュラにそうして貰うと魔法のように、落ち着きを取り戻せるが、この場合は余り役に立たなかった。二人ですることは何でも愛欲の続きになる。シュラは紫龍の手に唇を寄せながら、問いかける。

「ダメか?」「でも、明日、学校が―――」
「響かないようにするから」
「貴方は準備室で眠れるけど、俺はそうはいかないんです」
「さぼればイーじゃん」
「明後日、期末テストなんですけど」
「普段の勉強だけでコトが足りているだろう」

「先生がそんなことを云って良いんですか?」
「今はお前の小父さん。それとも―――俺とこうゆコトをするのイヤか?」
 抱きしめた紫龍から小さな声が聞こえてくる。
「―――イヤじゃないですけど、でも」
「じゃあ、―――おいで」

 いつも、いつも思う。
                               
 
  同じ学校の教師と生徒。
  血の繋がった叔父と甥。
  同性同士であること。
  

  恋愛の対象となるには
  マイナス要素ばかり。
  未来に誓えるのは、
  増えたり減ったり変わっ
  たりする愛情だけ。


  常識的に照らし合わせ
  ても冷静に考えても、
  たった今でも終わりに
  してしまった方がいい。


  シュラはあの時と同じよ
  うに笑って許してくれる。
  
  それは自分の為では
  無く、大好きな小父さ
  んの為だ。



 
 そんなこと試験問題より
 簡単に判っているのに。
  

  
  どうしてその誘惑の言葉を退くことが出来ないのだろう。
  貴方のコトをヒトリジメに出来るからだろうか。判らない。
  ただ紫龍は目を瞑って、シュラの唇を待った。


一歩も歩けない紫龍を部屋の隅に置いてあるソファに降ろす。上のパジャマだけになった紫龍は、まだ決心が付かないのか唇を固く閉じたままだ。
(往生際が悪いんだから)
 最もそれはいつものことなので、頭の隅に追いやって、紫龍に専念する。

シュラは投げ出されて意志を無くした足を丹念に舌を這わす。まだ、慣れていない紫龍に快楽を植え付けると云うよりは、シュラ自身の欲求から来るものであった。この十も年下の少年の白い裸体を目の前にすると、理性は瞬時に吹き飛ぶ。が、がっつく程、自身をコントロール出来ないわけでもなく、シュラはゆっくりと紫龍を追いつめていく。

 ローションをたっぷり付け、シュラは紫龍の中に指を差し入れる。Hは両手で余るくらいしか致してないが、初めての頃よりは遙かに抵抗無くシュラの指を食い込ませている。が、たった一本、指を増やすだけで急に眉を寄せ、表情に苦悶を浮かべる。

紫龍は最中に声を出すことを好まないし、決して痛いとも云わない。指先を固く握りしめ、爪の跡が赤く付いても、シュラに助けを求めない。ただ苦行のように耐えている。誰にも知られては行けない背徳の関係に陥ったというのに、紫龍の態度は余り変わらなかった。一歩引いて節度ある叔父と甥の関係を貫こうとしている。甘えるのが下手なのも昔からだ。紫龍をシュラは愛しく想い、同時にもっと泣いてよがらせたくなる。

「もう、いいか?」
「あっ、はい」と、紫龍が答える間に激痛が走った。
 ちょっとずつ、ちょっとずつ紫龍の体を気遣って入り込もうとしているが、僅かに動かしただけで、紫龍は全身に力を込める。いつもより大目に擦り込んでいるローションも何の役にも立たないらしく、紫龍はただ涙ばかりを流している。

痛みを快楽で相殺しようと、あちらこちらを触れても、焼け石に水でしかなかった。顔が醜く歪められ、見ているこっちまで痛くなる様子に、シュラが力を抜いて離れようとすると、細い手がポロシャツを掴む。
「だって、痛いんだろ」イヤイヤする小さな子供に説き伏せるように、優しくシュラは囁いた。
「あんまり無理をするな」

「でも、早く大人になりたいから・・・」
 それは紫龍が子供の頃から繰り返している言葉だった。
「一人で誰にも迷惑を掛けないで、生きて行く為にか?」
 紫龍の口癖をまねたつもりだったが少年は、
「ちがぅ」と、頭を振った。
「じゃあ、何でだ?」「・・いわない」
「どうしても?」「ぜったい」

 一度、決心した紫龍は妙にガンコだ。焦らして、自分から腰を振るハメに陥っても、決して口にしない。ましてや、貴方に置いて行かれない為という悲壮な決意は、叔父の重荷になると思っている。優しい男が全部、負ぶってくれることも。だが、それは紫龍のプライドが許さなかった。

その時、栓が抜け、急に体が軽くなった。紫龍は不審げにシュラを見つめる。
「どうかしたんですか、先生。わっ」
 ソファの上で抱きしめられる格好になって、もう一度、口付けが強制される。
 ぎこちなく舌を差し入れしている紫龍は自分の双丘がこじ開けられようとしているシュラに気が付かない。

「!!」
「痛かったら、そう云っても良いんだぞ」男の声はいつも以上に冷たい。
「全部、俺のが入っちゃったったんだからな。それとも、いつもより気持ちがイイ?」
 痛みから反射的に逃げようとする紫龍をシュラはしっかり押さえつけた。腕の中の子供はどうすることも出来ないで、罰のように戒めを受けている。

「知っているか、紫龍。ネコの親って子供可愛さのあまりに食っちゃうんだよ。完璧に自分のモノにするためにな」
「・・・いい」荒い呼吸と混ぜながら、紫龍は答える。
「何がだ?」
「先生だったら、・・・たべても。――アっ」

「じゃあ、遠慮なく、いただきます」
 男の最後の熱を受け取って、紫龍はそのままシュラの胸に果てた。
「―――しゅらあ」と、男の名前で啼いて。



 汗で髪がへばりついた額を撫でて、そのまま黒い髪に指を絡める。疲労の色は濃いが、よく眠っているようだった。あまりにも昔と変わらない寝顔なので、小学生の時の紫龍が其処に居るみたいだった。いや、伸びてしまった髪の長さが時間そのものを体現していた。シュラは煙草を一本、取り出して火を付けた。

―――そういや、出逢って10年か。あのころは愛想笑いしかしなかったっけ。
 子供らしく無い子供だった。シュラに迷惑を掛けることはほとんどなく、むしろずぼらになりがちな家事労働はほとんど、紫龍がまかなってくれた。

「邪魔にならないわよ」と、云った預ける時に義姉が云った言葉はウソではなかった。が、必要以上に面倒を見たくなかったシュラは、子供と馴れ合いのない対等の立場を築くために名前で呼ばせることにした。

彼の“叔父”で有る前に、互いに一個の人間で有ることを尊重させたかったのだ。幼い紫龍がシュラの話を何処まで理解したか判らなかったが、少年は素直に云うことに従った。それが「先生」に変わったのは、転職して高校教師になったからでは無い。紫龍はシュラと決して肩を並べられない自分の身の程を知ったのだ。

 紫龍が早く大人になりたいと願うのは、彼自身のためのみならず、シュラと対等な位置関係を築きたいからだろう。だが、大人になるということは自分の元から巣立つことをも意味している。経済的にも独立できれば共同生活もいつだって解消できる。元々、アメリカへ留学してしまった母親代わり、単なる保護者代行なのだから。

 十代の子供の成長は早い。紫龍はあっという間に初めて子供と出逢って戸惑っていた自分と同じ年齢になった。そして、後十年経った時もこうして、しどけない肢体を自分に晒してくれるのだろうか。

―――こんな手荒いことばかりしていては、嫌われても当然か。
 だが、紫龍を失うことなぞシュラには考えられない。その喪失のキーワードを口にされると不安が露呈するのか、感情の抑えが効かなくなる。食べてしまうまでいかなくても、ずっとこの部屋に閉じこめて、そのままでずっと居たくなる。

―――決心は付いているんだがな。
 シュラは紫龍の恋人である前に、保護者である。彼が大人になりたいと望むなら、見守るのもシュラの役目である。彼が花開いた時、この恋にどんな決着がついてもシュラはあまんじて受け入れるつもりだ。それは保護者としての義務とか、最後の責任だからではない。

恋の始まりを決めたのが紫龍だからだ。何も知らないくせに男を誘ったの14歳の子供だった。真っ黒な大きな瞳で此処に来てと訴えられて、シュラはまんまと捕らわれた。だから、選択権はいつでも紫龍にある。

 そんなとりとめのない考えに憑かれていた時、ぱちりと紫龍の目が開いた。
「せんせい」たどたどしく、唇が動く。シュラはどきどきした。彼の少し潤んだ瞳だけで2回目のスタンバイは十分だったが、あくまで紳士的に振る舞った。
「何だ?」
「先生、2年生のテストって、終わったんですか?」

 忘れていた。ついでに各テストは期末考査の始まる前に、校長室にある金庫にしまわなければならないという、規則もたった今まで、綺麗、さっぱりに。
 時計を見ると2時を廻っているが、まだ間に合わないこともない。学生時代の一夜漬けが思い出される。慰めは大勢のクソガキ共も血眼になっていることである。

その労に応える為にも丸暗記でだけでは解けない受験よりもムズカシイ問題を出してやろう。生意気な子供達には丁度良い仕置きだ。平均点が下がろうとも構うもんか。紫龍が成績が良いことには変わりないのだから。
―――なにせ、個人レッスンだからな。

「んじゃあ、ぱぱっと片づけるから、お茶でも入れ直してくれるか?」と、問い掛けた時には紫龍は再び眠りに付いていた。今度はちゃんと満ち足りた安らかな表情をしている。SEXの時と違って、子供の顔で。

そう、彼はまだ高校生で、未成年で、保護者の庇護を必要としている。その間くらいはヒトリジメしても許される。もしかしたら、それがシュラの叔父としても唯一の特権かもしれなかった。大人になるまでの、それが後少しでも。

 シュラは寝顔に口付けすると、タオルケットをかぶせて遣った。
まだ、目覚めないネムリヒメに。

                         つづく




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