「夕飯の買物に行くけど、何かリクエストない?」と、云う紫龍の声に小さな妹、沙織の手が高々と上げられる。
「はい。AYAのアイス。ティ・オレね」
それは夕飯のリクエストではありません。

「俺、茄子とビーフのカレーでいいんだけど」昨日はポーク・カレーだった気がするが、他にリクエストがないのならしょうがない。
「ごめんなさい。ワープロのリボンが切れちゃって・・・」
「スポーツ新聞と煙草」双方とも銘柄を云わないのは、暗黙の了解という奴である。 

兄弟のリクエストを丁寧にメモ書きした紫龍は最後にすぐ下の金髪の弟の方に振り向いた。
「―――で、氷河は?」           
「いい」そっけないほど短い答えだった。
家族と居る間は徹底的に無口な彼である。

「俺も一緒に出る。手紙を出したいんだ」
「じゃあ、俺がついでに出してくるよ」
「ついでに散歩もしたい」
「じゃあ、ついでにお願いね」女王さまが紫龍から取り上げたメモを渡す。

「このくそ暑いのに、紫龍がわざわざ出掛けることないわよ」
「・・・・・」

「だって、氷河はお出かけしたいんでしょう」何だか物凄く理不尽なことを云われている気がするが反論できないのはなぜだろう。
そして、止めの駄目押し。

「紫龍には宿題で教えてもらいたい所があるのよ。・・・ねえ、駄目?」
語尾が甘ったるく持ち上がると、この話に決着はついてしまった。
 そんな理由で財布を片手に氷河は蝉が鳴き止まぬ道を
とぼとぼ歩くはめに陥る。

 夏は苦手でクーラーがよく効いた防音効果ばっちしのピアノ室から、
出たくないのにあえて散歩を志願したのは・・・・。
「―――氷河」誰よりも優しく自分の名を呼んでくれるその声に振り替えれば、長い髪を乱しながら、紫龍がぱたぱたと走ってくる。
「お前、結構、歩くの早いな」

「どうしたんだ?」「忘れ物があるって、抜け出して来た」
「沙織の宿題は?」
「一輝に任せてきた。数学、得意じゃないから」は、東大IIIの首席で合格者とは思えないほど謙虚な物言いであった。

「あっ」と、過ぎ行くポストに紫龍が氷河を引っ張る。
「どうした?」
「だって、ポストがあったから」「何?」
「手紙出しに来たんじゃないのか?」
「あれ、口実」と、自然に氷河の手が紫龍に重ねられてきた。

「お前と一緒に歩きたかったから」
「―――氷河」              
 別におかしなことはないと思う。手を繋いだって兄弟で、
そして秘密の伴侶なのだから。

 兄弟なのは事実であった。何度も何度も戸籍抄本を見た。
血は繋がっていた。だけど、こうして手を繋いで同じ夕日を見るだけで幸福が満ち足りていくのは、多分、これが恋というものだからだろう。
 
だが、体温が低く手が冷たい人は心が優しい(但し、紫龍だけ)を地で行っている氷河にしてはその手は何処か生温かった。
「もしかして、お前、相当、参っているのか」

「仕方がなかろう」もう息が弾んでいる。
「だって、こうでもしないとお前と二人限りになれないのだから」
 その突っ張った云い方に紫龍の口から微笑みが漏れる。

「どっかで休んでいこうか?折角だから」
「―――そうしよう」と、何処からそんなパワーが残っていたのだろうか。
 紫龍を抱き上げるとホテルに向かって一直線であった。
「―――ちょっと。氷河」
此処らってご近所だから、あんまし入りたくないのだが。

「何だ?」額に汗、一杯の彼を見ると何も云えなくなってしまう。
「―――ううん、何でもない。でも、なるべく手身近にな。
皆、待っているから」「うん」

そう頷く氷河の髪に触れながら、珍しく紫龍からの口付けがあった。


 時計を見るのも莫迦らしいが、あえて確認したくなってしまう。
「遅すぎるわね」
 まあ、紫龍が氷河の後を追っ掛けていった時から、
こうなることは想像できていたのだが。

「まさか、へろった氷河を心配した紫龍の休んで行こうかって言葉を真に受けちゃって、いきなり二時間ご休息なんてしてないでしょうね」
「まさかあ」
「ありえるかもね、あの二人なら」

「って、笑い事じゃないだろうが」
逆さ新聞を読み続けるのももう、限界であった。
「俺達はな、兄弟なんだぞ。血が繋がっているんだぞ。
どうして、もーほーの上に近親相姦なんだ!!原罪なんだぞ」

「いいじゃん、愛し合っているんだから」
「お前は自分の趣味で世界を構成するんじゃない」
「お兄ちゃんもいい加減、俺の兄弟だけはまともなんだって幻想、捨てたら?絶対、紫兄ちゃん、足腰立たなくなって帰ってくるんだから」

「・・・ただ今」そうして、居間に現われたのは
コンビニの袋を律儀にぶらさげた氷河だけであった。
「何か紫龍が具合悪くしちゃったんで、寿司はな館で、
寿司を買ってきたが……」

「足りないっ」と、間髪入れずに星矢が叫ぶ。
「沙織、お前、女の子なんだから、蕎くらい茹でられるだろうが」
「いやあよ」と、長女な末の妹はきっぱり、はっきり云いきる。

「どうして、私が氷河の尻拭いなんてしなくちゃいけないのよ」
「尻拭いって・・・」
「一緒にいたのに、具合悪くさせたじゃない。違うの?」
 この暴君に云われるとその気になるから不思議である。
前世で何か有ったのだろうか。
それに尻拭い。不思議を字面もあっている気がする。

―――やっぱり、ばれているのか。     
 氷河は別に隠すつもりはないが、紫龍が相当、気にしているので、
協力はしているが、いかんせん、紫龍本人の態度がもろばれなので、
全て時間の問題だと思っていたのだが・・・。

―――まあ、もうしばらく、このままでもいいかもと、思う。
たった二人限りの秘密というのも悪くない。

そして、先程の一時の常時の甘さを胸に、
1リットルの熱湯の前で悪戦苦闘する氷河であった。


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