突然の訪問にもさして慌てる事無く、手作りのチーズ・ケーキを切り分け、とっておきのティーセットに熱い紅茶を注ぎ、紫龍はいつものようににこやかにこの叔父を招き居れる。

「でも、シュラも男手一つで大変ですけど、黄泉ちゃんと夜叉ちゃんもえらいですよね。小さいのにちゃんとパパの帰りを待っているんですもの。今日は二人は?」

 しかし、その問いに父親は呑気にのびをしただけであった。

「あいつらまだ、保育園。俺だって予定していた手術が中止になって、病院、抜け出してきたんだからな。まあ、お陰でゆっくり過ごせるわ」

と、中止になってくれた人の冥福を祈りながら、薔薇模様の豪奢なティーカップに出された紅茶に口付け、シュラは感嘆を洩らす。

「やっぱり此処の家で飲む紅茶が一番、上手いよな。煎れた奴が美人だからかな」そう云って握られた手をあっさり外しながら、紫龍はくすくすと笑った。

「親子ですね、やっぱり」
「何?」

「黄泉ちゃんと夜叉ちゃんも同じこといいますよ。そして、最後にはお父さんのお嫁さんになってねって。……今度は必ず連れてきてくださいね。二人の好きなバナナ・ケーキを作っておきますから」

「五月蠅くないか?お前にべったりだろ、あいつら」
「そんなことありませんよ」と、紫龍の微笑みは誰にでも優しい。誰にでも平等な淡い光を与える月のようだ。

「黄泉ちゃんも夜叉ちゃんもとてもいい子ですから。聞き分けも良いし」
「じゃあ、あいつらのお母さんにならない?俺の嫁さんになって」

「やだなあ、シュラ」紫龍の笑顔は変わらない。
「叔父と甥は三等だから、結婚できないんですよ」
「流石、東大生だな」

仕事場ではメスの次に鋭いもので通っているシュラの顔が優しく歪む。
「全く、時の移り変りってのは、早いもんだな。お前とこんな話が出来るようになるなんて、思わなかったよ」

 海外留学やら何やらで初めて紫龍に逢ったのは黄泉や夜叉より一つか二つ、大きいくらいであった。母親の死をきちんと受けとめながら、小さな弟達の面倒を看る様子は弔問客の涙を誘った。

 あの頃から、可愛いというより綺麗な子供であった。でも、今は―――、

「まずますべっぴんになったな」
「そうですか、ありがとうございます」
「いや、本当に」

真面目で礼儀正しいのは美点だが、口説き文句まであっさり流されると面白くない。
「初めて逢った時からずっと想っていたよ。大きくなったら、俺のものになればいいと……」

「……シュラ?」
そうして、頬に軽く触れられた手を紫龍は離せないでいる。
「───紫龍」いつもだったら、ここで接吻まで持ち込めるのだが、

「おい、紫龍」と、不遜な声に見ると金髪の三番目が憮然とした様子でシュラを見つめていた。

「どうした、氷河?」
「話があるんだけど……」と、ちろりとシュラの方を見て、そこで初めて彼に気が付いたというように、

「こんにちは」と、頭を下げた。
「よぉ、元気でピアノ弾いているか?どうでもいいが、ジャズバーに女の子、引きづり込むなんて百万年、早いぞ」

「───紫龍」これ以上、下手なことを云われる前に慌てて紫龍をひっぱり上げる。
「急用なんだ」

「えっ、あっ、沙織」と、氷河の力強い腕に引きずられながら、二階で宿題をしている妹の名を呼ぶ。

「沙織、お客さまだから。お茶、お代わり頼むね」
「はーい」と、不請不請ながら聞こえてきた声に、
紫龍は漸く氷河のなすがままになる。

 そして、誰も来ないだろう音楽室まで来ると、
「……金、くれ」哀しき学生はその言葉しか思いつかなかった。

 突然のその言葉に紫龍はちょっと驚いたようだが、
「それ位だったら、お客様の前で、わざわざ云わなくても………」、
「売り切れると困る」

「何に使うんだ?」笑顔だが、ぴしゃりと口調はしっかりしている。
 その辺は恋仲になったとはいえ、いや、だからこそ厳しい。

新しい楽譜が欲しいと、云うと、
「デートする費用じゃなないのか?」と、にこやかに返された。
「おっさんが云っていること気にしているのか。あれはなあ、クラスの女の子が───」    

「じゃあ、本当に行ったんだ」
 人、これを墓穴掘りと云う。いや、ジャズバーの件は純粋にピアノを聞きに行っただけなのだから、やましいことはないのだが、こうなると、此処に連込んだ理由が、あのおっさんから引き離したいなんて云えない。

 大体、紫龍が鈍すぎるのだ。確かに常識的に彼にとって、実の叔父がモーションかけると云う事実が信じられないのかもしれないが、弟とできている人間と考えれば鈍すぎるっ。

そもそも奴が家の兄弟できちんと名前を呼んでいるのは紫龍だけなのだ。判っていないというしかなかった。それがどんな意味を持つか。が、きちんと説明したところで、あの特殊な耳は肝心な所をどこかに忘れさるだろう。

大体、そこに惚れ込みもしたのだから。だが、当面の予防策はそうしようかと、考え込んでいると、紫龍が小さくちゅっと頬に音をたてた。
「ウソだよ。本当はちゃんと信じているから。でも、今度は俺をそこに連れていくこと。一度、行ってみたかったんだ、ジャズバーって」

 そう屈託なく笑う紫龍に何も感じるなと云う方が、失礼と云うものであろう。恋人ならば。いきなり塞がれた唇に紫龍は慌てふためく。

「ちょっと、お客さまがいるんだよ」
「沙織が居るだろう」
「楽譜、買うんじゃなかったのか?」
「終わったら、買いに行く」

「……そうじゃなくて、だって、昼間だし……」
 しかし、その小さな抵抗は氷河の唇に吸い込まれていった。
 そして、新しいお茶を注ぎ入れる妹に、シュラは優しく問い掛ける。

「何?あの二人、出来ちゃったの?」
「あっ、やっぱ判ります?」
「判らいでか」と、カップに口を付けながら、シュラ。

「三番は昔から紫龍の側をべったりくっついていたが、―――紫龍がな、下半身も何となく安定している感じがするし、何よりこのダンディでイカスな叔父さまを置いて、あいつと行っちまう何て、こんな日が来るとは思わなかったぞ」

 目下のライバルは自分の家のステレオ・ミニ台風どもだけだと思っていただけに、足元からいきなり救われた感じである。

 ダンディでイカスはともかく、来客を沙織にさりげなくまかせたのは、もう一つ理由があるのだが、目の付け所は間違っていない。その叔父に沙織はゲームの提案をする。

「叔父さまも加わりませんか、これ」
「何?」
「あの二人がこの三ヵ月の間に、このままか、別れるか、それとも私たちにばれていることに気が付くかのカケなんですけど」

「まさかと思っていけど、気が付いてないの、あの二人」
「氷河の方はともかく紫龍にあたしたちにおおぴらで近親そーかん家庭内恋愛をする度胸はないでしょう。それは叔父さまもよくご存じのはずですわ。それでどうします?」

と、沙織が見せた表にシュラは堂々と別れる所に丸を付ける。
「叔父さま。そうゆう希望的観測で賭事をすると何もかも失ってしまいますわよ」
「希望じゃないよ。俺が紫龍の次の恋人になるから、あの二人は終わっちゃうの」

「───叔父さま。そんなに紫龍のこと、好きなんですか?」
「うん」と、ダンディを売り物にする男が子供のように無邪気に微笑む。

「あいつ、だって紗織姉さまと同じ顔しているんだぜ。同じ髪、同じ顔、同じ手……。あいつとやるってことはつまり、姉さまとやったってことだろうが」
「それって激しく紫龍の人格が無視されてません?」

「やりたいのはね、下半身の欲求だから。でも、ヨメに欲しいのは本当だぞ。やっぱり結婚するんだったら、あーゆー素直で可愛いくて、情が深いのが一番だからな」

「でも、三等親じゃ結婚出来なくてよ。叔父さま」
「いいんだよ、男同志なんだから。俺、もう子供は要らないし」

「叔父さま、ケダモノの発想よ、それ」
「欲望に忠実といってよ。君だって人のこと、云えないだろう」
メスを握り締めたように叔父さまの目がきらりと光った。

「このカケの目的はお前の小遣い稼ぎよりも一のお兄さまへの防波堤かい?まあ、確かに金銭が絡んでいれば君ら兄弟、あの二人を大人しく見守るしかないからな。その間、あの二人は蜜月のように愛を確かめられるって寸法だな」

「だから、叔父さまって好きよ。ちゃんと知っていて私の悪巧みに清々堂々と勝負してくれるんですもの」
「俺も大好きだよ、沙織ちゃん」と、男は共犯者のように微笑んだ。

「巧妙でずる賢くて、度胸があって目的の為なら手段選ばない所なんて、
紗織姉さまくりそつだからな」
「叔父さまの奥様だった緑さんともね」

 披露宴には行かなかったが、お葬式にはちゃんと行ったので緑の顔は知っている。遺影はいい写真を選ぶというひいき目を抜かしても、黒い長い髪の勝ち気な美人が幸福そうに微笑んでいた。

「その名を出すなって」傷は癒えた理由ではないのだ。
「気が萎える」
「あたしだって、こんな呪文は使いたくないんだけど、それ位しないと紫龍のことを守れそうにないだもん。使えるものは利用しないと」

「お前、本当に姉貴そっくりな」
 最愛の人と引き替えに命を得た、あんなに小さかった子供が今ではすっかりあの頃の姉貴になっている。後、もう少し胸が大きくなれば完璧と云ったところだろう。そう云うと少女は笑って答えた。

「だって、お母さんが死んでから、ずっと紫龍がお母さんの代わりをしてきたのよ。だから、今度はあたしがお母さんになって、あの人を守ってあげるの。ちゃんと幸福になれるように。だって、紫龍だけなんですもの」

「お前をちゃんと妹扱いして可愛いがってくれるのがか?」

「それもそうですけど、あの人だけがあたしの好きな人、ちゃんと判っていて応援してくれるから。だから、私も応援するの。もちろん、あの二人がぴたっと対で生まれてきたみたいなのに、正反対を映す鏡のようでいて、二人で居るのが何か、自然で当たり前で。

―――理想のカップルだもん。それに、二人がくっついてくれたら、紫龍は余所に行かないでしょう。もう一つ肝心なことがね」

 それは姉が結婚を告げた時の、緑がプロポーズを承諾した時の表情と同じだった。艶やかで明るくて、そのくせ、取りつく暇がないとびっきりの笑顔で少女は云った。

「───あの人がちゃんと好きな人とくっついていないと私の好きな人がふらふらちゃうから」
「って、お前、もしかして五番が好きなのか。いかんぞ、近親相姦は。猿でもしないんだぞ」

「叔父さまだけに云われたくないわ」 
 恋愛ごとに疎い紫龍とて気が付いていることが、気付かないような、鈍感なドン・ファンには。紫龍が云ったことなぞ教えて上げない。

『だって、シュラだけでしょう。うちの叔父さま達の中で沙織がちゃんと『叔父さま』って呼んでいるのって』

 恋敵しか知らないヒミツに溜め息が漏れる。自分でも判らないのは13才も年上で、子持ちのしかも、自分の実の姉が初恋で、彼女そっくりな自分の甥をおっかけまわすような、近親相姦変態野郎が何でこんなに好きなのか。
 
もしかしたら、これも血という奴かもと、少女の口から人知れず溜め息が漏れた。



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