見事なカード捌き見惚れているうちにゲームが終わってしまうことが多々あるので、めったに気が付かれないが、彼の本当の武器は目に見えない所にあった。微笑みの裏に隠された大胆な駆け引きは、決して外れたことがない。なぜなら彼は判っているからだ。

柔らかな物腰に隠された、鋭いナイフの視線は全てを見透かし記憶する。次のカードの行方を。言うなれば明晰な頭脳と冷静な判断力こそが彼のディーラーとしての最大の武器なのだ。だが、裸になった紫龍はまるで違っていた。正反対といっても良かった。

自由で奔放で、淫らさえあった。打算もなく、素直に男に身を任せていた。シュラの与える愛撫に全てに声を上げる。愛しすぎる肉体。男が紫龍とベットを共にする理由の一つであった。自分が最初から仕込んだ黄金律のカラダ。ルーレットの目が出るより簡単にシュラの思う様になる。

 アタッシュケース二個分の金貨が聖域の金庫に消えたのが合図かのように、恋人達の睦み合いが始まる。神聖な緑色のラシャ盤の上で唇が縺れ合い、ゲーム上ではボタン一つ外せなかったが、今では簡単にはだかれ、綺麗な裸になっていた。

 そのまま後ろから一回。シュラを銜え込んで一回。ソファに押し倒して、もう一回。
 そして、やっと一息つくことを許されたシュラは傍らで息を弾ませたままの紫龍に優しく問いかけた。

「―――お前、父親の残した借金があるんだってな」
「誰からそんなツマラナイ話を聞いたんですか?」
「俺が知らないコトなんてないのさ」
 なんと云っても自分でやたことなのだ。忘れてしまうには早すぎる。

「―――俺が肩代わりしてやろうか。いや、初めから、そのツモリなんだろ」
「なぜ、そんなことを仰るんです?」
 起き上がった紫龍はバーボンのロックをシュラに手渡し、自分はミネラルウォーターを口に含んだ。そう云えば、酒を飲んだ所を見たことがないと男は思いかえす。

「地道にディーラーするより愛人の方が儲かるだろ」
「そうかもしれないが、ご心配には及びません。父の形見だから自分で返します。それに……貴方とそんなつもりで寝ていたんじゃありませんから」

「ではなぜだ?」
 改めて当たり前のことを聞かれ、考え込んだが、やはり答えは一つしかないようだった。
「好きだから……では、いけませんか?」
「………お前の父に似ているからか?」

「それもあるが……」
「どうせお前、でも他の奴にも同じこと云っているんじゃないのか?」
「誘われますけど……カードで勝ったらタダにして上げるって云うと皆乗ってくるな。俺が負けるはずないのに」

はっ、大した自信だな。目の前のその、自尊に満ちた綺麗な顔を鼻で笑う。
全く、何処までも母親に似てやがる。この高慢さ、このプライド。
「残念だが、俺はそこまで自惚れ屋じゃない」
俺を好きだって言うなら、証拠を見せろよ。

 ベットともカジノとでも違う、柔らかな笑顔が返る。
「……俺が持っているのはこの腕だけですが……」
紫龍はちょっと考えていたようだが、やがて腕をテーブルの端に乗せると、そのまま護身用に持っていたナイフの塚を勢い良く振り下ろした。鈍い音がした。

シュラの目の前で右腕がだらりと垂れ下がった。
「一ヶ月は使えないでしょうね」ヒトゴトのように紫龍は云った。
「これで勝てると?」
「プロですから」と紫龍は微笑んだ。

それは紫龍にとっては、正に切り札だった。平気な訳がない。商売道具の手を、自ら潰したのだ。カードを切れないディーラーなんて、走れない競争馬と同じ。存在にナンの意味も、ナイ。だからこれは正に、捨て身のアピール。しかし、

「随分、安いな」
オトコは、もっと過剰に要求する。いつかは癒えて消える証に、価値なんかないさ。
俺が見たいのは、キエナイ証だ。

「何を恐れているんですか?」
だが、返ってきたのはシュラが予想にもしない言葉であった。
「キエナイものなんてないのに、目に見えるモノしか信じられないなんて、子供のようですよ」

だんと瞬間ナイフが飛んだ。
紫龍は身動ぎもしなかった。
頬から血が流れる。男はそれを拭うと命令した。

「勝て。俺が次に来るまでそのままでいろ」
「仰せのままに」紫龍は恭しく一礼をした。

 一度の敗北も許さない。その手で、その顔で勝ち続けろ。勝ちますよ。
頬の血をぐっと拭い、吐き捨てる。そして、
「そして俺が勝ち続けたならば、アナタは俺に何を与えてくれますか」

それは以前、自分が紫龍に言った言葉。君は何を与えてくれる?
与えられたのは、身が焦げる程の悋気。そして今度は、自分が紫龍に与える番だ。
「何だってくれてやるさ」

「何でもですね」
「お前が勝てたらな」そう云ってシュラは出ていった。

「無茶をするな……」自室に戻ると氷河が居た。ファーストエイドを持っている。
「大丈夫だよ、これ位」
「バカ、腕の方だ……って」
 氷河の目が丸くなる。垂れ下がっていたはずの右腕で紫龍は頬の傷に触れていた。
「特技」紫龍は涼しい顔している。
「昔、父に習った。……目に見えるモノだって信じちゃいけないのにな」

 氷河は溜息を付いた。
「お前が腕がいいディーラーだって忘れてたよ。で、どうするんだ」
「まあ、欲しいモノはあるからな。ナイショだが」
 紫龍は微笑んだ。それこそが先の読めないカードのように。
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